先週、3/17に私の大好きな祖父が亡くなりました。
心不全だそう。
一昨日の月曜日、23日に葬式があってたくさんの人に見送られながら祖父は旅立ちました。
燃やされる最期まで寝ているように安らかで、触れたら温もりさえ感じられそうな程綺麗な顔をしてたな。
私が「じいちゃん」って呼んだら、目をこすりながら起きて私の名前を呼び返してくれるような、そんな気がして、祖父の顔を見る度名前をたくさん呼び続けた。
本当に、燃やしちゃうのが勿体ないぐらいに、綺麗でした。
志望校へ合格したことを電話越しに告げ、私も祖父も大好きなお寿司を一緒に食べようね、って約束した数日後に、ふっと居なくなってしまいました。
人はいつ自分の前から、誰かの前から居なくなってしまうか分かりません。
私も、これを見ているあなたも、私の大切な人も、あなたの大切な人も、いつかは帰るべき所に帰らなければならない時が来るのです。
どういう形であれ、人間は死を迎えないと帰れません。
昨日まで元気だったのに、いきなり何か病にかかってしまったり、帰り道誰かに襲われたり、不注意で事故に遭ったり、自ら生涯を閉じたり。
生き方が何万とある様に、死に方にも何万とあるのだと思います。
本当に人生は一度きりだと思います。
そんな、輪廻とかあるのでしょうかね。
回転寿司みたいに、ずっと同じお寿司が何回もグルグルグルグルと、干からびてるのに、誰も食べれやしないのに、食べられる状態じゃないのに回り続けてって、そんなの無いでしょう。
回転寿司自体を人間の輪廻、私たち人間を生死を司る神、お寿司を私たち人間だとしたら。
新鮮なものでも、少し時間の経ったものでもやっぱり誰かはその輪からそれをとって食べ、消化されて消える。回り続けて、干からびた物は店の人に処分される。
結果的に行き着く先は皆同じ。
それなら、どうせ最後はそうなるんだから。
もうやることやろうよ。
何言ってんだろ。