キング・オブ・レジェンド
巨人一筋の22年間(1959~1980)、常に中心選手であり続けたプロ野球史上最強のバッター。美しい一本足打法で積み上げた868本塁打をはじめ、不倒不滅のNPB記録を数多く保持する、言わずと知れた世界のホームラン王である。
ミスター・プロ野球
17年間(1958~1974)、ジャイアンツ一筋で活躍した国民的スーパースターであり、唯一無二の野球人。4番サードを定位置に、数々の記録と記憶をファンの心に刻み続けた、野球史に残る偉大な背番号3である。
怪童と呼ばれた最強打者
1952年から18年間、西鉄ライオンズで活躍し、多くの伝説を残した強打者。入団1年目で新人王獲得、2年目でトリプルスリーを達成したほか、7年目までに首位打者2回、本塁打王5回、打点王3回のタイトルを獲得した、まさしく怪童である。
横浜史上最強助っ人
1993~2000年にかけ、ベイスターズで活躍した球団史上最強の助っ人。8年間ほぼフル出場を果たし、通算打率.325という高打率をマーク。チャンスに強く、数々のタイトルも獲得した。巧打攻守の名内野手である。
芸術的バットコントロール
1977~1994年までの18シーズン、ジャイアンツの中心選手として活躍した稀代のアベレージヒッター。打球を自在にコントロールするシュアなバッティングと堅守で、チームの一時代を支えた名二塁手である。
華麗なコンタクトヒッター
19年間(1966~1984)、タイガース一筋で活躍した巧打堅守の内野手。208打席連続無三振という当時の日本記録を樹立するなど、天才的なバットコントロールを誇り、華麗な打撃フォームでヒットを量産した、球界屈指の打撃職人である。
今牛若丸
1953~1969年にかけてタイガースのショートを守り続けた守備の達人。軽やかで華麗な堅守と、三振が極端に少ない粘りのバッティング、盗塁王も獲得した俊足でファンを魅了し、現在でも球界最高の遊撃手にその名が挙がる名選手である。
史上最高の二塁手
21年間(1960~1980)、ドラゴンズ一筋で活躍した、2代目「ミスタードラゴンズ」。その俊足巧打もさることながら、巧みなポジショニングと華麗なバックトスによる強固な守備力で、史上最高の二塁手との呼び声も高い名選手である。
ミスターツーベース
22年間(1988~2009)、ドラゴンズ一筋で活躍した3代目「ミスタードラゴンズ」。俊足巧打堅守にユーティリティ性と勝負強さ、人気まで併せ持ち、通算487二塁打の日本記録も打ち立てた、完全型の名内野手である。
ダンディなチームリーダー
1970~1986年まで、ドラゴンズ一筋で活躍した中距離ヒッター。選手生命が危ぶまれるほどのアキレス腱痛から奇跡の復活を果たし、長年、主軸打者としてチームを牽引。2000本安打と3割を超える生涯通算打率を残した不屈の名選手である。
無冠の強打者
1962~1981年にかけ、主にホエールズ(現ベイスターズ)で活躍したスラッガー。好成績を残しながら打撃三冠などのタイトルと無縁だった無冠の帝王ながら、タコ足キャッチと呼ばれる開脚捕球でも名を馳せる、堅守強打の名内野手である。
赤ヘル機動力野球の申し子
1976~1992年にかけて、主に広島で活躍した俊足スイッチヒッター。並外れた猛特訓で会得した両打ちで33試合連続安打の日本記録を打ち立てるなど、長年、切り込み隊長としてチームを牽引。理想の一番打者と呼ばれた名選手である。
鉄人
カープ一筋23年(1965~1987)のフランチャイズプレイヤーにして、連続試合出場の世界記録(当時)を樹立した不屈の鉄人。フルスイングから生まれる長打力に加え、俊足堅守を兼ね備えた、球史に名を刻む名内野手である。
赤ヘルの核弾頭
1989~2005年にかけてカープで活躍した俊足巧打のリードオフマン。卓越したミートセンスと走塁技術に加え、地道なトレーニングで身に着けたパワーを併せ持つ、チームメイトからの信頼も厚い名プレイヤーである。
史上最高のスイッチヒッター
1981~1997年にかけ、主にブレーブス/ブルーウェーブで活躍した名三塁手。類まれな野球センスと俊足に加えて長打力まで兼ね備え、2回のサイクルヒットや、6回の両打席本塁打など、印象的な記録をいくつも打ち立てた偉大な選手である。
豪打の快男児
1965~1983年にかけ、フライヤーズ/ファイターズとスワローズで活躍した豪快スラッガー。入団テストでプロ入り後、長打力を武器に球界屈指の大打者にまで這い上がった苦労人であり、多くのファンに愛されたスター選手である。
ミスター・ロッテ
1969~1986年にかけてオリオンズ(現マリーンズ)で活躍し、監督時代を含めて21年間、球団一筋を貫いた「ミスター・ロッテ」。走攻守すべてに優れ、高い身体能力を生かしたダイナミックなプレーでファンを沸かせた名選手である。
いてまえ打線の起爆剤
1981~1997年にかけ、近鉄バファローズ一筋で活躍した俊足強打好守の名二塁手。福本豊選手の14年連続盗塁王を阻止するなど、驚異の俊足を武器に、強力いてまえ打線のリードオフマンとして名を馳せたスピードスターである。
熱血漢の大砲
1971~1994年にかけ、主にドラゴンズで活躍した熱血スラッガー。掬い上げるような豪快な打撃で本塁打を量産した強打者であり、シーズン代打本塁打7本の日本記録が示す通り、類まれな勝負強さを誇るクラッチヒッターである。
一瞬に生きるミスターホークス
1994~2012年にかけ、主にホークスで活躍した稀代のスラッガー。一本足打法から放たれる滞空時間の長い美しいホームランが魅力の強打者であり、抜群のリーダーシップを備えた、球界屈指の"キャプテン"である。
飽くなき大砲
1992~2014年にかけ、近鉄バファローズをはじめ、MLB含めて6球団で活躍した堅守豪打のスラッガー。通算2000本安打と400本塁打をクリアしてなお、生涯現役にこだわり続け、常に進化を求め続ける誇り高き名選手である。
熱いハートのライオン丸
1972~1980年にかけてホエールズ(現ベイスターズ)、ジャイアンツで活躍した強打好守強肩の助っ人内野手。毎年3割30本近くをマークする安定した打撃力に華麗な守備、その独特の風貌や言動は、未だファンの記憶に色濃く残っている。
永遠の若大将
1981~1995年にかけてジャイアンツで活躍したスラッガー。抜群の長打力と勝負強さで長年チームの主軸を担い、爽やかな風貌と人当たりの良さでファンから絶大な人気を集めた、永遠のスター選手である。
巧打堅守のスーパーカー
1981年から13年間、ホエールズ/ベイスターズで活躍した俊足巧打の名内野手。スーパーカートリオの一番手として、史上屈指の超機動力野球を牽引したスピードスターである。
練習の鬼
1985~1998年の14年間、広島で活躍した名二塁手。猛練習と努力で、プロ入り後に両打ちを会得し、スイッチヒッターでは史上初めて首位打者タイトルを獲得。走攻守で広島機動力野球の要であり続け、その後の礎ともなった選手である。
ミスターレオ
1981~1996年にかけ、主にライオンズで活躍した堅守強打の内野手。走攻守に優れ、どんな戦術や役目もこなすオールラウンダーであり、抜群のリーダーシップでもって常勝チームの黄金時代を支えた名プレイヤーである。
勝負強き満塁男
1983~2000年にかけて、ジャイアンツ、ベイスターズで活躍した大型内野手。史上初となる初打席満塁弾を放って以来、満塁打席で無類の勝負強さを見せる生粋の満塁男であり、明るいキャラクターでファン人気も高いスター選手である。
絶好調男
1977~1989年にかけ、ジャイアンツ一筋で活躍したムードメーカー。巧打と堅守で長年チームの中軸を担い、どんな時でも「絶好調!」と答える明るい人柄で多くのファンを魅了したスター選手である。
猛虎打線最高の5番打者
1980~1995年にかけて主にタイガースで活躍、球団史上最強と謳われた猛虎打線のクリーンナップを担い続けた右の長距離砲。伝説のバックスクリーン3連弾目を狙って打つなど、高度な打撃理論と勝負強さを併せ持つ選手である。
稀有な強打の遊撃手
1977~1994年にかけて、主にドラゴンズで活躍した強打強肩の遊撃手。2リーグ制以降では唯一となる、遊撃手での本塁打王獲得など、攻走守すべてでスケールの大きなプレーを見せ、多くのファンに愛された選手である。
晩成型フィジカルモンスター
25年(1989~2013年)の長きにわたり、主にドラゴンズ、ゴールデンイーグルスで活躍した豪打の内野手。入団10年目に本格化して以降、その長打力は衰えることなく発揮され続け、39歳にして本塁打王を獲得した型破りな大砲である。
俊足巧打のゴリさん
1968~1982年にかけ、ホエールズ(現ベイスターズ)で活躍したリードオフマン。相手の"中塚シフト"にも構わず、徹底した流し打ちと俊足でチャンスメイクに徹する献身的プレーと軽妙な話術で、長年ファンに親しまれた名選手である。
優勝を招く主砲
1985~2003年にかけて主にスワローズで活躍した天性のスラッガーにして、所属した3球団全てで4番打者とリーグ優勝を経験し、サイクルヒットも達成した"持ってる"主砲。
逃がさないスラッガー
1973~1988年にかけ、ファイターズほか3球団で活躍した豪打の内野手。敬遠球を大根切りでスタンドに叩き込むなど、ここ一番の集中力で、チャンスに滅法強い打撃を見せる名スラッガーである。
センス輝くいぶし銀
1965~1984年にかけ、主にオリオンズで活躍した不動の二塁手。堅実な守備と、どんな状況や戦術にも対応する抜群の野球センスで、攻守にわたり長らくチームの要をつとめた名選手である。
妙技「ウッドペッカー」
1967~1984年にかけ、ライオンズ、ホエールズで活躍した名二塁手。独特のトス技術"ウッドペッカー"に象徴される卓越した守備能力に加え、勝負強いバッティングと走塁技術を併せ持つ、優れたトータルプレイヤーである。
キケンなスラッガー
1989~2007年にかけ、主にライオンズで活躍した強打の内野手。非凡な打撃センスと優れた選球眼、長打力と勝負強さを併せ持った主砲として、世代交代を果たしたばかりの新生チームを優勝に導いた天才スラッガーである。
球団最高の安打製造機
1954~1969年にかけ、主に近鉄(パールス/バファロー/バファローズ)で活躍した巧打の名内野手。高校を中退してプロ入りし、2年目でレギュラーを獲得すると、瞬く間に全国区のスター選手となった天才打者である。
奇跡の走塁
14年間(1965~1978)、ジャイアンツ一筋で活躍した、V9時代不動の二塁手。チームバッティングと堅守、1969年の日本シリーズで見せた奇跡の本塁突入に代表される抜群の走塁技術で、長年チームを支え続けた名選手である。
反骨の野武士
1953~1969年にかけ主にライオンズ(~1962)で活躍した俊足強打の遊撃手。守備力と小技優先がセオリーだった2番打者像を覆し、豪快な打撃で西鉄黄金時代を支えた、史上屈指の攻撃型ショートである。
世界一のバント技術を持つ守備職人
スワローズ一筋19年(1995~2013)、巧打堅守の名内野手。ひたむきな努力で身に着けた世界最高のバント技術と、史上屈指の守備力、野球に対する真摯な姿勢で長年チームを引っ張ってきた、偉大なキャプテンである。
有言実行の理論派
1996~2009年にかけて、主にジャイアンツで活躍した俊足強打の切り込み隊長。入団前年に引退した原辰徳選手から8番を受け継ぎ、期待に応えて見事に新人王を獲得するなど、有言実行を体現してきた選手である。
ミスター・マリーンズ
17年間(1989~2005)、オリオンズ/マリーンズ一筋で活躍した強打の内野手。"幕張のファンタジスタ"、"初芝神"の異名を取るキャラクター性と勝負強さでファンを魅了し続けた人気選手である。
相手惑わすクセ者
14年間(1992~2005)、ジャイアンツ一筋で活躍した内野手。類まれな野球センスと、どこでも守れるユーティリティ性で長年チームを下支え、そのユニークなキャラクターでファンに愛された、記憶に残る名選手である。
恐怖のポイントゲッター
1982~1996年にかけてジャイアンツで活躍した好守の内野手。内野であればどこでもこなすユーティリティ性と堅実な守備、チャンスに強いバッティングがウリの名選手である。
球場を沸かせる代打の神様
18年間(1987~2004)、タイガース一筋で活躍した右の長距離砲。キャリア後半はここ一番という場面での代打起用が増え、いつしか"代打の神様"と呼ばれるようになった、勝負強さとユーティリティ性が魅力の名選手である。
美しいフォームの仕事人
1979~1997年にかけてドラゴンズで活躍した強打の内外野手。代打本塁打16本という記録が示す高い打撃力と勝負強さで、主に左の代打の切り札として勝利に寄与してきた、美しいフォームが印象的な名選手である。
いつも笑顔の守備職人
14年間(1974~1987)、ホエールズで活躍した守備の名手。遊撃手連続守備機会無失策記録(当時)樹立、8年連続のダイヤモンドグラブ賞受賞など華麗な守備を誇り、明るいキャラクターでファンから絶大な人気を集めた名選手である。
耐えて勝つ静かな熱血漢
1958~1971年にかけて、主にカープで活躍した俊足の内野手。引退後は指導者、監督として広島の黄金期を築き、球団史上初のリーグ優勝、日本一に導いた名将としても有名である。
勝利に導く哲学者
19年間(1987~2006)、スワローズ一筋で活躍した、いぶし銀のユーティリティプレイヤー。玄人好みの粘り強いバッティングに代表される堅実で献身的なプレースタイルで、攻守両面にわたりチームを支え続けてきた名選手である。
全力疾走!
ホークスで15年間(1975~1989)活躍した巧打の内野手。兄はジャイアンツで活躍した正和選手で、兄弟揃って1000本安打を達成したのは日本人野手ではこの兄弟のみ。攻守交代時の全力疾走も印象的な名選手である。
つちのこバットの先駆者
1969~1982年にかけてホークスで活躍した俊足巧打の内野手。野村克也選手兼任監督(当時)の教えで「つちのこバット」と自慢の足を生かしたゴロヒッティングに徹し、打撃開眼。他の俊足選手たちにも大きな影響を与えた名選手である。
豪打のいてまえ大将
1982~1999年にかけて、主に近鉄バファローズで活躍した豪打の三塁手。持ち前の強打と非凡な打撃センスで"いてまえ打線"の中軸を担い、豪快奔放、明るいキャラクターで人気を集めた名選手である。
不屈のユーティリティプレーヤー
現役17年(1984~2001)のうち、16年を近鉄バファローズで過ごした強打強肩の内外野手。入団後すぐに投手からショートに、その後も外野手、内野手と度々コンバートされたが、そのすべてのポジションで結果を残した勝負強い選手である。
名将の秘蔵っ子
1973~1989年にかけて近鉄バファローズ一筋で活躍したフランチャイズプレイヤー。入団2年目に三塁手のレギュラーを獲得し、抜群のパンチ力で永くチームの主軸として活躍した強打の名内野手である。
赤い核弾頭
1962~1981年にかけ、ジャイアンツのリードオフマンとして活躍した俊足スイッチヒッター。6度の盗塁王獲得、セ・リーグ記録の通算579盗塁など、足でV9を牽引した、赤い手袋がトレードマークのスピードスターである。
V9の頭脳
20年間(1955~1974)、ジャイアンツ一筋で活躍した鉄壁の頭脳派捕手。驚異的な記憶力と研究に裏打ちされた球界随一のリードと、優れた捕球技術を備え、永きにわたり扇の要としてチームの黄金期を支え続けた名捕手である。
孤高のヒットメーカー
1996年から13年間、ジャイアンツで活躍した強打のヒットメーカー。1年目から外野のレギュラーに定着し、安定した打撃力と俊足を武器に仁志選手と超攻撃的1・2番コンビを組むなど、数々のチャンスを演出した切り込み隊長である。
長打を刈り取る壁際の魔術師
1968~1980年にかけ、ジャイアンツ一筋で活躍した俊足強打堅守の内外野手。広い守備範囲、抜群のクッションボール処理と素早い送球で、数々の長打を単打に変えてきた、史上屈指の名左翼手である。
不屈の天才打者
1982~1998年にかけてジャイアンツで活躍した左の強打者。チームの主軸として打棒を振るっていた最中、試合中の不運で交通事故レベルの怪我を負うも、不屈の闘志で復帰。その後もチームに貢献し続けた天才スラッガーである。
意外性の男
13年間(1978~1990)、ジャイアンツ一筋で活躍した強打堅守のキャッチャー。投手の良さを引き出す柔軟なリードと、まさかの場面で放つ一発長打で名を馳せた、'80年代を代表する名捕手である。
青い稲妻
ジャイアンツで10シーズン(1977~1987)活躍した両打ちの快足リードオフマン。トレードマークである青い手袋をはめ、塁間を稲妻のように駆け抜けて積み上げたシーズン76盗塁は、今もセ・リーグ記録である(2016年現在)。
天性のホームランアーチスト
1969~1984年にかけ、タイガース、ライオンズで活躍した強打の捕手。虹のように美しい本塁打を放つ天性のホームランバッターでありながら、高い捕手能力まで備え、ファンからの人気も絶大な、球史に残る天才打者である。
球界の赤い彗星
2001~2009年にタイガースで活躍した球界屈指のスピードスター。新人王や5年連続の盗塁王など、いくつもの栄冠を手にし、9年間の現役生活を、彗星の如く強烈な印象を残して駆け抜けていった選手である。
史上最強の一番打者
1973年プロ入り、1979年にタイガースへ移籍すると、以後17年にわたり虎の核弾頭として活躍した俊足好打、強打堅守のユーティリティプレーヤー。史上最強の一番打者として福本豊選手と並び称される名選手である。
恐怖のバイプレイヤー
タイガースで14年間(1983~1996)活躍したキャッチャー。巧みなリードと強肩、持ち前のキャプテンシーで長年投手陣を引っ張り、球団初の日本一にも大きく貢献した名捕手である。
ファンに愛された浪花の代打職人
タイガース一筋19年(1968~1986)、ファンに深く愛され続けた名プレイヤー。アキレス腱断裂の大怪我に見舞われるも、強烈なプロ魂でもって長きにわたり代打の切り札として活躍した、球史に残る不屈の代打職人である。
物静かな勝負師
1974~1989年の16年間、タイガース一筋で活躍した中距離打者。全球場のフェンスにラバーを張るきっかけとなった激突事故の際もボールを離さず、頭蓋骨陥没からの復帰戦では本塁打を放つなど、恐るべき精神力を持った名選手である。
継続する力が生んだ"代打の神様"
タイガース一筋22年(1992~2013)、ファンに愛された強打の外野手。誰よりも多い練習量で長くチームの主軸として活躍し、レギュラーを離れたキャリア後半は、"代打の神様"として勝利に貢献し続けた。
泥まみれのファイター
1959~1976年にかけて、主にドラゴンズで活躍した強打強肩のスラッガー。長打と巧打を併せ持ち、豪快なスイングや果敢なヘッドスライディングなど、闘志溢れる全力プレーで"闘将"と呼ばれた名選手である。
マサカリパンチ
1964~1982年の19年間、ドラゴンズのホームを守り続けた強打の捕手。高い捕手能力に加え、独自のトレーニングと研究で編み出したマサカリ打法でクリーンナップとしても活躍。長年、攻守両面の要としてチームを支えた名捕手である。
頭脳派野球人
ドラゴンズで18年間(1955~1972)中堅レギュラーの座を守った俊足巧打の外野手。打撃では"ちょうちん打法"や卓越したバント技術を生かして高打率を残し、守っては広大な守備範囲で多くの長打をアウトカウントに変えた名選手である。
甘いマスクのヒットメーカー
1976~1991年にかけ、ドラゴンズほか3球団で活躍した安打製造機。構えの際にバットをくるりと回す円月打法から広角に打球を打ち分けてヒットを量産、甘いマスクと華麗なプレーでファンを虜にした生粋のスター選手である。
抜群のインサイドワーク
1987~2005年にかけ、主にドラゴンズで活躍した強肩捕手。投手を立てる好リードと高い盗塁阻止率、体を張った捕球やブロックで、投手陣から絶大な信頼を得た、球団屈指の名捕手である。
強打の竜頭
1985~1998年にかけてドラゴンズで活躍した、強打強肩の外野手。入団後に投手から外野手に転向し、5年目でレギュラーに定着。長打力のある1番打者としてリーグ優勝にも貢献した、チーム史上屈指の核弾頭である。
電光石火のスナイパー
1981~1996年にかけ、ドラゴンズ、ライオンズほか全3球団で活躍した強肩好守の外野手。球界屈指の守備力と送球技術を誇り、通算451犠打を記録したバント技術と高い走塁能力を持つ、走攻守3拍子そろった名選手である。
最強の司令塔
1989~2015年まで、27年もの長きにわたりホエールズ/ベイスターズ、ドラゴンズの扇の要として活躍し、3021試合出場の日本記録を打ち立てた鉄人捕手。攻撃的なリードと強肩、巧打と強打で投手陣を支え続けた名キャッチャーである。
勝負強きハマのスラッガー
1991~2008年にかけ、横浜一筋で活躍した左のスラッガー。2年連続の首位打者に輝くなど、卓越したバットコントロールと抜群の勝負強さを持ち、永く横浜マシンガン打線の中心選手として活躍した名選手である。
和製ミッキー・マントル
1973~1987年にかけ、主にホエールズで活躍した俊足巧打のアベレージヒッター。力みのない独特の構えから、鋭いスイングで打球を飛ばす中距離打者で、堅実な守備も魅力の名外野手である。
足のスペシャリスト
1978~1995年にかけ、主にホエールズ/ベイスターズで活躍した俊足好守の外野手。1985年に結成された"スーパーカートリオ"の一角となり、3年連続の盗塁王を取るなど、走塁と守備でファンを魅了した足のスペシャリストである。
巧打のパフォーマー
1993~2011年にかけ、主にベイスターズで活躍した左の巧打者。シュアなバッティングと勝負強さでチームを牽引する傍ら、そのキャラクター性とパフォーマンスでファンを熱狂させた稀代のムードメーカーである。
ミスター赤ヘル
18年間(1969~1986)、カープ一筋で活躍したプロ野球史上最高の5ツールプレイヤー。
30歳を過ぎて長打に開眼、5年連続の40本塁打を記録したほか、ほとんどのタイトルをキャリア後半に獲得した大器晩成の大砲である。
孤高の天才打者
1990~2013年にかけ、22シーズンをカープ一筋で過ごした、美しいフォームと類まれな打撃センスを持つ天才打者。アキレス腱断裂という大怪我に屈することなく、ひたすらに理想の打撃を追い求めた、不屈の求道者である。
心堅石穿の復活劇
1978~1993年の15シーズン、カープで活躍した赤ヘル野球の申し子。選手生命さえ危ぶまれる右膝の大怪我を乗り越え、復活後に6年連続フル出場や200個以上の盗塁を重ねた、不撓不屈のリードオフマンである。
豪打のポイントゲッター
1966~1985年にかけ、主にカープで活躍したスラッガー。類まれな勝負勘で球種を読み切り、一打必殺の豪快なスイングで打点を量産する、無類の勝負強さを誇ったポイントゲッターである。
強打の鯉女房
1989年~2005年にかけ、主にカープで活躍した巧打の捕手。規定打席に到達して打率3割を達成した球団史上唯一の捕手であり、キャッチング技術と正確なスローイングにも定評がある名キャッチャーである。
もっとも信頼できる捕手
2000~2014年の15シーズン、マリーンズ一筋で活躍した強肩捕手。強気のリードと高い盗塁阻止率、1018試合でわずか19捕逸という最高の捕球技術を誇る、投手陣の信頼厚い屈指の名捕手である。
世界の盗塁王
ブレーブスで20年間(1968~1988)、不動のリードオフマンとして活躍した超足巧打の外野手。
日本記録であるシーズン106盗塁、通算1065盗塁、115三塁打など、足にまつわる数々の記録を持つ、伝説の韋駄天選手である。
ミスターブレーブス
1966~1979年までの14年間、ブレーブス一筋で活躍した強打の外野手。苦手だった内角攻めを青田昇コーチとの猛練習で克服、絶品と言われるほどの内角捌きに昇華させて、長きに渡りチームの4番を担った名選手である。
球界屈指のオールラウンダー
1976~1990年にかけ、主にブレーブスで活躍した巧打堅守の名外野手。1983年には、中西太選手以来30年ぶりとなるトリプルスリーを達成するなど、走攻守すべてを高レベルで兼ね備えた5ツールプレイヤーである。
内角打ちのスペシャリスト
1981~1996年にかけ、主にブレーブス/ブルーウェーブで活躍したスラッガー。膝の故障を抱えながらも、類稀な打撃センスと長打力でもって、超重量級ブルーサンダー打線の中軸を担った打撃職人である。
華麗な流し打ち
1997~2015年にかけ、主にブルーウェーブ/バファローズで活躍した俊足巧打好守の外野手。巧みなバットコントロールと、球界でも屈指と言われた流し打ちで、安定してハイアベレージをマークする名選手である。
不惑の大砲
1970~1992年にかけ、主にホークスで活躍したスラッガー。全打席本塁打狙いのフルスイングで40歳を過ぎてからもホームランを量産し、歴代3位の通算本塁打と打点を積み重ねた、史上屈指のパワーヒッターである。