Study Hard -66ページ目

 こいつら本当に放校になって良かった。

ДДГ@live.jp の発言: (22:19:06)
風呂入ってくるからアークライト作戦をエロゲかする際のプロットでも作っといてくれたまえ
mein_fuhrer_is_still@live.jp の発言: (22:19:18)
いいよ
mein_fuhrer_is_still@live.jp の発言: (22:30:18)
「補給部隊を叩いてやろうと思った。誰でもよかった。有名なホー・チ・ミン・ルートが思い浮かんだ。」
ДДГ@live.jp の発言: (22:31:47)
「今は反戦している」

最古の非モテ話

 pediaの紅楼夢の記述があまりにアレなので苦笑しながらふと思ったのだが、「西施の顰みに倣う」という成句はあまりにも直球な笑話(?)だ。
 もちろんこれは猿真似を諌める逸話なのだが、口性ない連中なら「駄目な奴は何をやっても駄目」というような意味で(この場合は容姿についてだが)使うだろう。書記長も「非モテは何をやっても非モテ」というようなジョークを飛ばしていたので関連して思い出した。

【体制の経済的解釈】
 思うに、現代では「傾城の美女」が存在する余地がない。これを単に政治の進歩として片付けるのは容易いが、なぜそのような「体制」に変化したのかということを思えば、経済的事由を無視することは困難だろう。
 そこで、私は人間の価値が相対的に低下した(例えば、腕力や繰り返し動作で人間は機械に勝てないというようなこと)からだと仮説を立ててみた。つまり傾城の美女がかつて担っていた役割は、現代の技術によって大幅に補佐可能であるということだ。
 この前提と結論を結ぶには3つほどステップが必要な気がする。面倒なので考察はしない。

 ここまで思ってみて、社会的に売春や姦淫が推奨されていないのには、歴史の教訓があるのではないかと感じた。つまりは売春や姦淫それ自体が問題なのではなく、それらが一定の事象と結びついて惹起される別の問題こそが社会的影響を及ぼす可能性があるということだ。
 結局は人間が繰り返して来た事象であり、すべてはコストの問題である。

【エロブンガク】
 エロゲは儀式であるという結論に達しているので、その文学的側面についてはあまり興味がない。
 しかし、金瓶梅でも紅楼夢でも良いのだが、主人公格の登場人物の特徴や性癖は時代を超えて大差がない。特に、紅楼夢は近代エロゲヒロイン十二景と評しても良いぐらいの出来である。脇役たちもそれっぽい良い味を出している。
 もちろん小説は性質の良い部分だけを切り取れば良いものだから、小説が現実の複雑さを示していないのは確かだが、それを非難するには当たらない。また、ステレオタイプなヒロイン像は人間の変らなさ加減を示しているとも言えるし、人間がある程度は分類可能であることをも意味している。
 また、紅楼夢はエロゲ概念上のブンガクにおける「断片の綜合」という側面を良く表している。現代エロゲにありがちなストーリーテリングに重点を置いた手法(通称ライターのオナニー)とは一線を画し、史料的価値から鑑みても細部の宝庫と言って言い過ぎではないだろう。

 これらの作品が近代ないしそれ以前に存在したことは示唆的で、現代エロゲに残された安易な道がストーリーテリングと「トリストラム・シャンディ」にしかないことは哀しくも愉快な事実である。

【ぼくがほんとうにつたえたかったナントカ】
 結局、最も面白いのは文学作品ではなく、それを取り巻く状況である。私が紅楼夢を知ったのも本屋ではなく紅楼夢論争からであった。
 多くを語る必要はないが、声優より声オタ、紅楼夢より紅楼夢論争の方が面白いのは私にとって紛れも無い真実である。世の中すべてに渡ってこの有様ではなかろうか。

 先日、友人とストリップ観劇に行って、そこで常連客があまりにも素晴らしいので興奮がおさまらなかった。
 常連のあの仕草、あの表情、嗚呼、夢のような出来事だった。なにより何時でもそこに彼らは居るだろうと期待させてくれる所が良い。声優イベントに行って声オタに興奮するのも良いが、ストリップは落選の心配がないのが素晴らしい。私にとってストリップは声優イベントの代替財である。
 観客とは常に最上の存在である。彼らは見られていることを意識しないからだ。この辺りを含めてストリップ(の観客の)観劇については、また後日書くことになるだろう。

新しい歴史を作る会

その1:秋葉原で通り魔事件など存在しなかった。
その2:秋葉原で通り魔事件が在ったのは確かなようだが、せいぜい数名の死者を二重、三重に数えたのではないか。
その3:秋葉原で通り魔事件が在ったのは確かなようだが、公式発表は信用できないので実際の死者は不明である。
その4:秋葉原で起こった事件は、実は通り魔などではない。
その5:秋葉原の群衆が強制的に解散させられたらしい。銃声を聞いた者もいる。
その6:秋葉原で起こった通り魔事件の混乱に乗じて朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだらしい。
その7:防災専門図書館の分類に戦災があり、その中に流言蜚語の項がある。ある日、誰も来ないその図書館に突如三つの影が現れた。

 この中には正しい情報が少なくとも1つ紛れ込んでいるのだが、果たして300年後の人間が正しい情報を見抜けるかどうかは不明である。

【プロレタリアート・ケータイ・ブンガク】
 Takijiのカニ光線は面白くない。読んだことがある人間ならまず薦めたりはしないだろう。父は、カニ光線を読む位ならまずはソルジェニーツィンでも読んだらどうかと言っていた。確かにそうだが、それにしてもソルジェニーツィンも大袈裟さばかりが目につく。そもそも露西亜の地名など出されてもスパイか戦史マニア以外わかりそうもない。
 そう言いながらベルモットにジンの変わりに焼酎を試しに混ぜつつ、また父子は宗教上の対立=団欒に花を咲かせるのであった。この世で確かなのは、ノイリーよりドランの方が旨いということだけのようである。