最近
色々と動きが活発でよろしい。
どうやら今年も戦史研は生き延びたようです。サークルオリまでに5人も来れば、1人くらいは定着するだろう…などと考えていてはすぐに逆戻りのような気はしますが。
また久々の城郭班員誕生の予感もあり、大変結構なことです。
さて今日は夕飯後に教義の検討を行いつつ超越者の存在を主観的に規定することを拒否した訳ですが、エリアーデっぽいところはそのままスルーすることにしました。我が家に今後来る人に注意事項。「神様が居ると思うなら居るんだよ」みたいなことを言った奴は教義違反です。そんな中、早大戦史研との間で動きが。
ゴールデンウィークないしその前後に早大戦史研と会合を持つかもしれません。何をするかは知りません。
それから防衛庁に闖入したい人を募集。単に見学するだけでも、防秘を暴きに行くんでも可。
どうやら今年も戦史研は生き延びたようです。サークルオリまでに5人も来れば、1人くらいは定着するだろう…などと考えていてはすぐに逆戻りのような気はしますが。
また久々の城郭班員誕生の予感もあり、大変結構なことです。
さて今日は夕飯後に教義の検討を行いつつ超越者の存在を主観的に規定することを拒否した訳ですが、エリアーデっぽいところはそのままスルーすることにしました。我が家に今後来る人に注意事項。「神様が居ると思うなら居るんだよ」みたいなことを言った奴は教義違反です。そんな中、早大戦史研との間で動きが。
ゴールデンウィークないしその前後に早大戦史研と会合を持つかもしれません。何をするかは知りません。
それから防衛庁に闖入したい人を募集。単に見学するだけでも、防秘を暴きに行くんでも可。
読書会
ナイの国際紛争をやるってのは大変結構なんですがね。一つ気になることが。
ツキディディス(Thucydides)の『戦史』を読まなくてもまあいいのかな、ということですね。
『戦史』はヨーロッパの知識人の間では一種の教養になってるようです(日本で言えば「漢文の素養」みたいなもんか)。しかしいざ本を目の前にすると一度読んでおきたいという気もするし、余計なことという気もするし、何とも言い難い感覚に襲われる。
ナイ『国際紛争』第4版16p「ペロポネソス戦争」より抜粋
『リアリストのロバート・ギルピンは、(中略)自らこう答えている。「究極的に言えば、国際政治は依然としてツキュディディスが特徴づけた通りのものなのだ」。もちろん、これには議論の余地が残る。しかし、議論をするためには、まずツキュディディスの議論を知らなければならない。そしてリアリズム理論への入門として、最も偉大な歴史物語の1つを読む事以上の入門があるであろうか。』
これに続けてペロポネソス戦争の要約が始まります。要約だけ読めば事足りると言えばそうなのかもしれませんが、何かこう「お前『戦史』も読んでないのかよ」と言われているような気もする訳でして…
まあいいでしょう。気になるなら自分で読めば良いだけですからね。ただ、ナイの『国際紛争』を読み、かつ「リアリズム」云々と偉そうに言いたいのであれば『戦史』は避けて通れないのかもしれないなあと思ってしまうのです。
それはともかく、Thucydidesは今なんと読む事になっているのでしょうか。トゥキュディデスって発音しづらくありませんか。私は昔からツキディディスと発音しているのですが、今はあまり一般的な読み方ではなくなっているようです。ツキュディディス(ナイ『国際紛争』の日本語訳における表記)に至ってはググっても何も出てこない有様。
Goetheをギョエテと読む人もそうは居ませんが、Thucydidesをトゥキュディデスと発音している人はもっと見た事がありません。昨今の教科書ではどのように表記されているのかが知りたい所です。
あ、そうだ。それから一つ。
私はあまり「イラク戦争」について話したがりませんが、その理由は「その他の戦争の一つに過ぎない」と思っているからです。例えば「第二次世界大戦」だって何時かは「その他の戦争(群)」になるかもしれませんが、少なくとも現時点においてはイラク戦争よりも二次大戦の方が遥かに重大だと思っています。もちろんこれは私が日本人であるということに大きく起因しているでしょうが、逆に言えば私はイラク人でもアラブ人でもムスリムでも(イスラムについては比較的好感を持っているものの)ないのです。
極論してしまえば、私の目は「次の、より重大な戦争」にしか向かっていないとも言えますが、それではちょっと私の立場をうまく伝えているとは言えません。それにイラク戦争にまったく興味が無い訳でもありません。私はイラク戦争について常に「兆し」を発見しようとしています。それは日露戦争に一次大戦の兆しがあったというような意味です。
それでは皆さん。次の戦争で会いましょう。
ツキディディス(Thucydides)の『戦史』を読まなくてもまあいいのかな、ということですね。
『戦史』はヨーロッパの知識人の間では一種の教養になってるようです(日本で言えば「漢文の素養」みたいなもんか)。しかしいざ本を目の前にすると一度読んでおきたいという気もするし、余計なことという気もするし、何とも言い難い感覚に襲われる。
ナイ『国際紛争』第4版16p「ペロポネソス戦争」より抜粋
『リアリストのロバート・ギルピンは、(中略)自らこう答えている。「究極的に言えば、国際政治は依然としてツキュディディスが特徴づけた通りのものなのだ」。もちろん、これには議論の余地が残る。しかし、議論をするためには、まずツキュディディスの議論を知らなければならない。そしてリアリズム理論への入門として、最も偉大な歴史物語の1つを読む事以上の入門があるであろうか。』
これに続けてペロポネソス戦争の要約が始まります。要約だけ読めば事足りると言えばそうなのかもしれませんが、何かこう「お前『戦史』も読んでないのかよ」と言われているような気もする訳でして…
まあいいでしょう。気になるなら自分で読めば良いだけですからね。ただ、ナイの『国際紛争』を読み、かつ「リアリズム」云々と偉そうに言いたいのであれば『戦史』は避けて通れないのかもしれないなあと思ってしまうのです。
それはともかく、Thucydidesは今なんと読む事になっているのでしょうか。トゥキュディデスって発音しづらくありませんか。私は昔からツキディディスと発音しているのですが、今はあまり一般的な読み方ではなくなっているようです。ツキュディディス(ナイ『国際紛争』の日本語訳における表記)に至ってはググっても何も出てこない有様。
Goetheをギョエテと読む人もそうは居ませんが、Thucydidesをトゥキュディデスと発音している人はもっと見た事がありません。昨今の教科書ではどのように表記されているのかが知りたい所です。
あ、そうだ。それから一つ。
私はあまり「イラク戦争」について話したがりませんが、その理由は「その他の戦争の一つに過ぎない」と思っているからです。例えば「第二次世界大戦」だって何時かは「その他の戦争(群)」になるかもしれませんが、少なくとも現時点においてはイラク戦争よりも二次大戦の方が遥かに重大だと思っています。もちろんこれは私が日本人であるということに大きく起因しているでしょうが、逆に言えば私はイラク人でもアラブ人でもムスリムでも(イスラムについては比較的好感を持っているものの)ないのです。
極論してしまえば、私の目は「次の、より重大な戦争」にしか向かっていないとも言えますが、それではちょっと私の立場をうまく伝えているとは言えません。それにイラク戦争にまったく興味が無い訳でもありません。私はイラク戦争について常に「兆し」を発見しようとしています。それは日露戦争に一次大戦の兆しがあったというような意味です。
それでは皆さん。次の戦争で会いましょう。
悲しい事実
数学科は駒場にあるのに理学部なので4月6日から授業が始まるそうです。
ちなみに授業の日程。
月 幾何学Ⅰ+演習(1000-1215、1300-1430)
火 解析学Ⅳ+演習(〃)
水 複素解析学Ⅱ+演習(〃)
木 総合演習(0830-1000、本郷←ふざけんな) 代数学Ⅰ+演習(1300-1515、1525-1655)
金 計算数理Ⅰ+演習 計算数学Ⅰ(2、3、4限)
オリに出られないんですよ。まさに天啓。
金曜日のは必修じゃないっぽいのでサボれると言えばそうなのですが、これをサボると数学科の計算機システムのアカウントが貰えないらしい。それは困るような気がする。
じゃあ皆さん後はよろしく。
ちなみに授業の日程。
月 幾何学Ⅰ+演習(1000-1215、1300-1430)
火 解析学Ⅳ+演習(〃)
水 複素解析学Ⅱ+演習(〃)
木 総合演習(0830-1000、本郷←ふざけんな) 代数学Ⅰ+演習(1300-1515、1525-1655)
金 計算数理Ⅰ+演習 計算数学Ⅰ(2、3、4限)
オリに出られないんですよ。まさに天啓。
金曜日のは必修じゃないっぽいのでサボれると言えばそうなのですが、これをサボると数学科の計算機システムのアカウントが貰えないらしい。それは困るような気がする。
じゃあ皆さん後はよろしく。