熊本、九州には、知人友人が居て

多分東京に来てから出会ったり関わった人達の5割は九州の人だろうというくらい


そしてその人達に、5年前、支えて貰ったので


今度は私達が動く番です


出来る事から、始めていきましょうか



あの時のご恩は、忘れてません!!


東北を頼れ!熊本!
震災一年を過ぎるまで


地震や津波の夢はよくみてたけど、それは飽くまでも、現実に沿った、ただ地震や津波を見てるだけ、ニュースを観てるだけとか、そういったモノだったのに



11日以降、自分が津波に巻き込まれる夢をよく見るようになった



建物の中だったり、高台だったり


大丈夫だと言われる所にいて、必ず「想定外」の津波に襲われる


高い波に襲われて、水の中で苦しくてもがいて、でも最終的には私は必ず助かるのだけど、辺りを見回すと、苦しそうな顔で、手も足も硬直したままの、見ず知らずの人達が沢山横になっていて


ああ、もう、なんでこんなことが


そう思って目が覚める




当たり前だけど、寝覚めは全く良くない





でもあんな波に飲まれて、あんな楽勝に生き残れないよな、現実は


皆、どれだけ苦しくて辛かったか


夢なんかで、疑似体験なんかできない




でも目覚めて、夢で良かったとも思えない


半分くらいは現実だから





一年


だそうだ


今振り返っても、あの日の事は、本当に昨日のことのように、行動もセリフも感情も覚えているのに


366日


関わった人のほとんどがそうだと思うけど、毎日毎日毎日、1日たりともあの日を忘れた事はない


励ますことも共感することも伝えることもできないから、せめて何があったか、今何が問題か、どんな事を思っている人がいるか、皆が何をしているのか、震災と原発関連のテレビは録画して、新聞もネットニュースも震災の記事から、そして東北の物産展などがあれば足を運ぶようにして、なんとか自分なりの「その後」を過ごしてきた


理由は明確じゃなかったけど、
3月11日を、覚えているし、覚えていようと思ってそうしてきて


先日、「忘れない」は、なんのためか、と書いたばかりだけど、今日、思いがけずに、おそらくこれが答えだと思う理由を、戴いた気がする





築地本願寺で今日行われた、東日本大震災一周忌法要に参加した

その時に、住職さんの話の中に、とある記事を引用した言葉があった






震災で亡くなった人達にとって、忘れられるということは、二度死ぬということだ



彼等を二度も死なせてはいけない
だから私達は忘れてはいけない






そう

だから、覚えていよう



可愛いかったおばさんを
優しかった兄さんを
慕ってくれた女の子を
自分が育った町を
皆が皆、見知らぬ人の命の無事を祈った、日本の、3月11日を






この震災で傷ついた人達皆に、1日でも早く、少しずつでも、平穏と、笑顔が戻る事を祈ります





2012年3月11日