一年
だそうだ
今振り返っても、あの日の事は、本当に昨日のことのように、行動もセリフも感情も覚えているのに
366日
関わった人のほとんどがそうだと思うけど、毎日毎日毎日、1日たりともあの日を忘れた事はない
励ますことも共感することも伝えることもできないから、せめて何があったか、今何が問題か、どんな事を思っている人がいるか、皆が何をしているのか、震災と原発関連のテレビは録画して、新聞もネットニュースも震災の記事から、そして東北の物産展などがあれば足を運ぶようにして、なんとか自分なりの「その後」を過ごしてきた
理由は明確じゃなかったけど、
3月11日を、覚えているし、覚えていようと思ってそうしてきて
先日、「忘れない」は、なんのためか、と書いたばかりだけど、今日、思いがけずに、おそらくこれが答えだと思う理由を、戴いた気がする
築地本願寺で今日行われた、東日本大震災一周忌法要に参加した
その時に、住職さんの話の中に、とある記事を引用した言葉があった
震災で亡くなった人達にとって、忘れられるということは、二度死ぬということだ
彼等を二度も死なせてはいけない
だから私達は忘れてはいけない
そう
だから、覚えていよう
可愛いかったおばさんを
優しかった兄さんを
慕ってくれた女の子を
自分が育った町を
皆が皆、見知らぬ人の命の無事を祈った、日本の、3月11日を
この震災で傷ついた人達皆に、1日でも早く、少しずつでも、平穏と、笑顔が戻る事を祈ります
2012年3月11日