ぽにゅと申します。2006年10月に小さな神社で結婚式を挙げました。
詳しくはこちらの記事をご覧下さい↓
モニター募集(終了)&アルバムサンプル&連絡先(→コチラ
)
モニターQ&A(→コチラ
)
和婚用表紙サンプル(→コチラ
)
モニターさんアルバム公開
第1弾(→コチラ ) ご感想(→コチラ )
第2弾(→コチラ ) ご感想(→コチラ )
第3弾(→コチラ ) ご感想(→コチラ )

アルバム製作のご依頼、お問合せはこちらまで↓
料金など、詳細をご案内させていただきます。

wantique
gmail.com
(お手数ですが、「
」を「@」に変えてくださいm(_ _ )m)
お問い合わせお待ちしてます
アンティーク着物好きが高じて、自分の結婚式でもアンティーク黒引きを着てしまいました。
アンティークな花嫁衣裳での挙式に興味のある方、小さな神社で式をしたい方、あんまり情報がありませんよね!
自分のときも相当ネットや情報誌で調べましたが、ほとんどなかったです。(泣)
これから結婚式をされる方の手助けに少しでもなれれば、と自分の思い出も兼ねて、まとめていきたいとおもいます。
データと体験談でつづる、「ちょっと役に立つ」ブログを目指します!

ウェディングアルバム(結婚式アルバム)の製作もしています♪
ただいまプレオープン価格で承り中。(価格・詳細はお問い合わせください)


詳しくはこちらの記事をご覧下さい↓
モニター募集(終了)&アルバムサンプル&連絡先(→コチラ
)
モニターQ&A(→コチラ
)
和婚用表紙サンプル(→コチラ
)
モニターさんアルバム公開
第1弾(→コチラ ) ご感想(→コチラ )
第2弾(→コチラ ) ご感想(→コチラ )
第3弾(→コチラ ) ご感想(→コチラ )


アルバム製作のご依頼、お問合せはこちらまで↓
料金など、詳細をご案内させていただきます。

wantique
gmail.com(お手数ですが、「
」を「@」に変えてくださいm(_ _ )m)お問い合わせお待ちしてます

どうか
大学に入った翌年の5月、私は生まれて初めて一人で旅をしました。
北海道から津軽海峡を越えて、東北へ。
奥入瀬、古牧温泉、小岩井農場、花巻の賢治記念館・・・予定の日数が過ぎましたが、初めての自由な旅にすっかり夢中になった私は、旅先で会った人の「三陸はいいよ~」という言葉にいてもたってもいられなくなりました。
もともと見たかったリアス式海岸。
1日くらい学校に行かなくてもいいじゃない!と三陸に向かったものの、当初の予定より延びたため、財布にはその日の宿代もない状態でした。
おりしもゴールデンウィークの最中で、当時は郵便貯金は引き出せなかったんです。
花巻から釜石線で釜石へ。
山田線に乗り換えてリアス式海岸沿いを走る列車に。
山と海とトンネルとが交互に現れる車窓に、教科書で想像した通りだ~と感激しながら宮古に着きました。
「明日になれば郵便局が開くので、そうしたら必ず払います。なんとか泊めていただけませんか」
ユースホステルとしても営業している宮古の宿屋のおかみさんにそう相談すると、少し考える顔をしたものの、結局快く了承してくれました。
バス代を節約しようと、浄土ヶ浜までリアス式の斜面をうねうねとめぐる車道を歩いたこと。
道端にホヤが落ちていて、さすが三陸!と妙な感心をしたこと。
浄土ヶ浜の遊覧船、むらがるカモメ。
真っ青な海、岩を伝って覗き込むとゆらゆらと海草がゆれるのが見えました。
陸地からすぐにこんなに深くなっているなんて、そしてなんて透明度の高い海!
海の上で漂っているような感覚がうれしくて、岩場で昼寝を決め込んでいた私に、潮が満ちるから戻ってこないと危ないよ、と声をかけてくれた地元の人。
そして飛び起きた私に、岩ガキの取り方と食べ方を教えてくれたその家族。
市場にならぶ海の幸。
でも生ものだからとあきらめて、これならなんとか、と買ったますのすじこ。
全てが初めての体験で、親も友人も一緒じゃない、自分一人だけの体験で。
20年経った今でも、あの時の風景を忘れることができません。
斜面にそった車道から見下ろしたあの海を。
あの東北への旅がなければ、きっと違う私になっていた。
そして3月11日。
その同じ街が津波に飲まれるさまを、私は目を見開いたまま見ていることしかできませんでした。
どうか、どうか一人でも多くの人が助かりますように。
行方不明の方が、他の避難所にいるだけで連絡が取れていない、ということでありますように。
祈るばかりです。
日に日にむなしくなっていく数字を見ながら、ただ祈っています。
北海道から津軽海峡を越えて、東北へ。
奥入瀬、古牧温泉、小岩井農場、花巻の賢治記念館・・・予定の日数が過ぎましたが、初めての自由な旅にすっかり夢中になった私は、旅先で会った人の「三陸はいいよ~」という言葉にいてもたってもいられなくなりました。
もともと見たかったリアス式海岸。
1日くらい学校に行かなくてもいいじゃない!と三陸に向かったものの、当初の予定より延びたため、財布にはその日の宿代もない状態でした。
おりしもゴールデンウィークの最中で、当時は郵便貯金は引き出せなかったんです。
花巻から釜石線で釜石へ。
山田線に乗り換えてリアス式海岸沿いを走る列車に。
山と海とトンネルとが交互に現れる車窓に、教科書で想像した通りだ~と感激しながら宮古に着きました。
「明日になれば郵便局が開くので、そうしたら必ず払います。なんとか泊めていただけませんか」
ユースホステルとしても営業している宮古の宿屋のおかみさんにそう相談すると、少し考える顔をしたものの、結局快く了承してくれました。
バス代を節約しようと、浄土ヶ浜までリアス式の斜面をうねうねとめぐる車道を歩いたこと。
道端にホヤが落ちていて、さすが三陸!と妙な感心をしたこと。
浄土ヶ浜の遊覧船、むらがるカモメ。
真っ青な海、岩を伝って覗き込むとゆらゆらと海草がゆれるのが見えました。
陸地からすぐにこんなに深くなっているなんて、そしてなんて透明度の高い海!
海の上で漂っているような感覚がうれしくて、岩場で昼寝を決め込んでいた私に、潮が満ちるから戻ってこないと危ないよ、と声をかけてくれた地元の人。
そして飛び起きた私に、岩ガキの取り方と食べ方を教えてくれたその家族。
市場にならぶ海の幸。
でも生ものだからとあきらめて、これならなんとか、と買ったますのすじこ。
全てが初めての体験で、親も友人も一緒じゃない、自分一人だけの体験で。
20年経った今でも、あの時の風景を忘れることができません。
斜面にそった車道から見下ろしたあの海を。
あの東北への旅がなければ、きっと違う私になっていた。
そして3月11日。
その同じ街が津波に飲まれるさまを、私は目を見開いたまま見ていることしかできませんでした。
どうか、どうか一人でも多くの人が助かりますように。
行方不明の方が、他の避難所にいるだけで連絡が取れていない、ということでありますように。
祈るばかりです。
日に日にむなしくなっていく数字を見ながら、ただ祈っています。
