きのうは某工場の地下ピットに潜って掃除をしてきた。
塗料の粉にまみれて塗料の粉を掃き集めては土嚢に入れていく。
年に数回の仕事なんやが、とにかくほこりと粉がひどい。が、ワシは決してこの仕事がイヤではない。
昔から、というか社会人になってからずっと半分現場半分事務職みたいな感じで生きてきた。まあ最初の職場での配属(新卒・ワシだけ現場)が基になっているのか。
いや、それだけではない、と思っている。
基本的に現場が好きなんやな。
ワシのオヤジは営業マンだった。途中で転職した時、現場にも出ていたが、あんまりって感じだった。学卒で現場に出るっていうのをあまり良しとしない世代?だったのかも知れない。
ワシにはずっと尊敬している母方のじいちゃんがいた。もう亡くなって24年かなあ。阪神淡路大震災の次の年に亡くなった。四国で馬車引きをしていたが、大阪へ出てきて沖仲仕(いまは港湾労働者ってせなあかんのかな?)をしていた。いまでこそスタイリッシュ?なUSJなんかがあるが、此花は港湾の街だった。港湾の仕事を経てガスの関連の仕事(定年後も同じ会社で違う部署にいた)をずっとやっていた。
無口であまり軽口を叩くこともない。家にいても黙々と片付けたりとにかく身体を動かしていた。ちょっとぶっきらぼうな感じだがやさしかった。
とにかく身体を動かさないとガマンできない、っていうのは全くワシもそう。だから机に座って、背広着て働いて、っていうのが辛抱できない。といいながら、そういう時期もあったし、いまも机に座って仕事もしてはいるが。
ワシはあのように渋かったじいちゃんになれるやろうか?と思いながら働いている。まあワシは無口で黙々タイプではないけれど、仕事ぶりはじいちゃんのようになれたらなあ。
それと、あまのじゃくなのも同じく。
じいちゃんはエライさんが現場見に来るとわざとタバコ吸ってサボりに行ったりしてたらしい。そのくせいつもは真面目にやっていたとか。エライさんが来た時だけ、みたいなんがイヤなんやな。ワシも実はあまのじゃくである。みんながイイと言うたら反対したり、みんなが嫌がることをわざと推してみたり。
じいちゃんのことを思い出した地下作業でした。