「さすがに今日は賑わってますね、伽耶さん」 

「そうね何処もみんな大忙しだわ」

 伽耶達は城周辺の市場を見て回っていると、そこら中に飾りや垂れ幕などを準備する人々の姿が見られた。いよいよ明日はソードリングのプロリーグ開幕戦、そして、預言者がグリーニア王国を訪れる日である。

 そしてもちろん、城の中でも皆は準備で大忙しだったので、伽耶達は気を遣って、外へ散歩に出たのであった。 

「ねえ、あれを見てヒロシ『預言者さんようこそ 』だって」

「彼は皆から親しみをこめてこう呼ばれているんですよ。つまり、この世界に住む人々にとって、仲の良い友達みたいな存在でもある訳です」

「そうなんだ。私はてっきり神様みたいな人なのかと思っていたけど、意外とフレンドリーなのね」

「そうですね。まあこの世界にはそもそも神様って概念は存在しないので、頼りになる人とか、尊敬出来る人というイメージだけど、それよりもっと身近な存在といった所でしょうかね」

 そんなヒロシの話を聞いて、伽耶は預言者という人間に対する期待や関心が、徐々に高まっていくのを感じた。

 そして、二人が市場の賑やかな様子を見物しながら歩いていると、偶然にも青果店の前で買い物をしているサラに出会った。

「あら、サラじゃない。ごきげんよう。」

「伽耶さんこんにちは。昨日はありがとう」

「うん。こちらこそ楽しかったわ。また今度一緒に出掛けましょうね。ところで、今日は一体何を買いにきたの?」

「実は、今夜のデザートに使う『マジックフルーツ』を切らしてしまったから、お使いを頼まれたのよ」

「マジックフルーツ!?一体それはどんな果物なの?」

 するとその話を聞いたヒロシがこう言った。

「マジックフルーツ、それはとても栄養豊富な果物で丸くて赤い色をしていますが、皮を剥くと、黄色い果肉が顔を出します。とても甘くて程よい酸味があり、美味しい果物ですよ」

「そうなんだ。是非一度食べてみたいものね。」

「今夜のデザートに出る予定だから、伽耶さんも是非召し上がって下さいね」 

サラはそう言って伽耶達と分かれると、青果店の中へと入って行った。

 それから伽耶達は、市場のある通りを抜けて、その先にある住宅街を訪れた。緑の屋根に煉瓦のような素材で建てられた家々や自然豊かな景色、それはまるで絵画のようで、誰もがその美しさに圧倒されてしまう。そして、グリーニアを訪れた者達はその美しい風景を心に刻み、口々にこう歌うのである。

(ああこの穏やかな都 美しきエメラルド 見渡す限り癒しの世界 ああこの穏やかな街並み

皆この景色を心に刻め) 

「本当におしゃれな家ばかりだわ。ねえヒロシ、家の壁に使われているのは煉瓦なのかしら」

「はい、その通りです。しかし、正確にはマジックの力によって作られたとても丈夫な煉瓦 なので、耐震性も高いんですよ」

「それは安全で良いわね。私も、家を建てるならこんな丈夫で美しい家にしたいわ」

 そんな美しい 風景を眺めながら歩いていると、ちょうど家と家の間にある細い道に、二人の女性がおり、何やら会話をしているのが見えた。そして2人の前を通り過ぎようとしたその時、偶然会話を耳にした伽耶は思わず立ち止まった。

「だけど、城の中にスパイがいるなんて事、本当にあるのかしらね」 

「私は、きっとあの城で働く悪魔が怪しいと思うわ」

「でも、彼なら前に会ったけど、とても親切で優しい男だったわよ。いくら悪魔だからって、決め付けるのは良くないと思うけど」

 きっと仲が良いのだろう。2人は色違いでお揃いのワンピースを着ており、同じように髪を一つに束ねている。伽耶は思わず彼女達に近づくとこう尋ねた。

「すみません、その話、良かったら詳しく聞かせていただけませんか」

 しかし、女性達は突然話しかけられたので驚き、片方の女性が警戒した様子で答えた。

「なんだい急に、あんた、見ない顔だね」

「私は伽耶と言います。訳あって異国から来た者で、今、城の方でお世話になっているんですが」

「あんた!もしかして、噂になってる便利屋のシュンの恋人かい?」

「いいえ、それは誤解なんです。私はシュンさんの彼女ではありません。それより今のお話詳しく教えていただけませんか?お金ならありますので」

 そう言って伽耶は、ポケットから金貨を取り出すと、女性は急に態度を変えて笑顔で話し始めた。 

「やあ、すまなかったねお嬢さん。私はこの国で一番と呼び声が高い情報屋のクリスって言うんだ。それから…」 

「私は妹のセレスと言います。よろしく。あなたは運がいいわ。だって姉さんは色々な情報を知っているのよ。とても物知りなんだから。だから、知りたい事があるなら姉さんに尋ねるのが正解よ」 

「なる程、そうなんですね!それは私も幸運でした。ところで、城にスパイがいるって、一体どういう事でしょうか」

 伽耶がそう聞くとクリスは真剣な表情を浮かべて、話を始めた。

「実はね、最近城の内部情報が外部にもれたらしいんだ。それは城の中でもごく一部の人間、例えば軍の幹部クラスぐらいしか知らない情報だって噂なんだ。つまり、城の誰かが、情報を外に流したって事なのさ」

「なる程、それはたいへな事ですね。でも、一体誰がそんな事をしたんでしょうか。先ほどのお話では、城で働く悪魔が怪しいとか…」

 伽耶がそう尋ねると、クリスは真剣な表情を浮かべ、こう答えた。

「そうさ、あいつに決まってる。なんせ悪魔だからね。だって悪魔が城で働いているなんて怪しいじゃないか」

「姉さん、彼を疑うのは良くないと思うわ。だって何の証拠も無いじゃないの」

 たしかにセレスの言う事通りで、確たる証拠も無しに人を疑うものではない。しかし、悪魔といえば、森でちょっかいを出された2人組や食堂で喧嘩をしていた奴らが頭に浮かび、これといって良い印象はない。伽耶は2人の言い争う様子を見て気まずくなり、その場を立ち去ろうとしてこう言った。

「そうですか…。大体の事は分かりました。ありがとうございます」

「ちょっと待って!ところで、さっきも姉さんの話を聞きに来た女がいたけど貴方達の仲間?」

「いいえ、知りません。どんな女性でしたか?」

「金髪の長い髪で、とてもスタイルの良い女性だったわ。てっきりあなたの仲間だと思ったけど」

 伽耶達は姉妹に礼を言って別れると、情報を集める為に城へと戻る事にした。

「おそらくサラは、王様の命令で私達の様子を探っていたのね。私と友達になりたいなんて事も、きっと嘘だったんだわ」

「伽耶さん、それはたぶん嘘ではないと思いますよ。だってサラさんはあの時、あんなに嬉しそうだったじゃないですか」

「あら、ヒロシにしては優しい事言うのね。もちろんそうよ。だからまずは、城で働く人達に話を聞いてみましょう」


 それから二人は城に戻ると、ちょうど門の前に立つラルクの姿があったので、伽耶は彼に声をかけた。

「ラルクさんお疲れ様です」

「やあ伽耶さん。もうお散歩は終わりかな」

「はい、ところで、先ほどある二人の姉妹に会って、城で働く悪魔の話を聞きました。その方はどちらにいらっしゃいますか?」

 するとラルクは伽耶の話を聞いて突然暗い表情を浮かべるとこう言った。 

「君はクリスに会ったんだね。彼女から何を聞いたかは大体見当がつくよ。分かった。それじゃあ彼に会ってもらう事にしよう」

 そして伽耶達は、ラルクの案内で城の中央に位置する中庭へと向かった。

「王様には言わないでくれよ。客人が城を訪れる時、彼は出来るだけ身を隠すように言われているんだ。でも、今回だけは特別に許す。どうか話を聞いてやってほしいんだ」

「ラルクさんはその方の事を疑ってはいないようですね」

「そうなんだ。実は彼とは仲が良くてね。城にある食堂でよく食事をするんだ。彼は気のいい奴でとても謙虚で仕事も真面目にやっているし、第一この城で働ける事にすごく感謝している。それに、悪魔にとって不利な情報でさえも我々に提供してくれているんだ」

「なるほど。つまり、彼は国にとっても重要な存在という訳ですね。もちろん、私も悪魔だからって疑うのは良くない事くらい分かっているんです。でも、お察しの通り外で色々聞いたのものですから、一度会ってお話しを伺いたいと思ったんです」

「そうだろうね、でも、伽耶さんが聞いたであろう話も城にいる誰もが知っているばかりではなく、もはや町中の噂になってるんだよ。」

「なんだ、そうだったのね」

 伽耶は2人の姉妹にお金を渡してしまった事を少し後悔したが、彼女らが街の情報筋だと分かった事で、また何かあれば頼りになるかも知れないとも思った。

 程なくして、伽耶達は茶色い扉の前まで来ると、ラルクがその扉を開けて伽耶達を招き入れた。



 中に入ると、そこには沢山の花が咲き誇り、中央には噴水が湧き出ていて、その周りに水が流れていた。そしておしゃれな花のアーチの周辺には、真っ白で可愛いらしい机と椅子が並べてあり、そこに座ってお茶をしたり、仲間達と他愛もないひと時を過ごしたりする姿が想像出来た。

「わあ!とても綺麗な場所ですね。お花が沢山咲いていて、それに水の音がとても癒されるわ。」

 伽耶が辺りを眺めていると、上の方からなんとも美しい鳴き声が聞こえてきた。

「ねえ、この鳴き声は何かしら。」

「ああこの鳴き声は『レインビー』だよ。この中庭で飼われている虹色の鳥でね。よく人に慣れていて、とても可愛いやつなんだ」

 すると突然、後方で高いホイッスルのような音がしたので、伽耶が振り向くと美しい虹色の鳥が飛んで来て、男性の手に留まった。鳥はどうやら手の上にある餌を食べているようだ。

「やあ、ギギ。レインビーの訓練をしていたのか」

 ラルクがの呼びかけに男はこちらを振り向いた。すると伽耶達がいるのに気付き、驚いた様子でこう言った。

「ラルクさん!もしかして彼女は…ああ、王様に一体何と言えばいいのでしょう。」

「ギギすまない。実は今日、伽耶さん達が街で君の噂を聞いて不安になり、是非話を聞かせて貰いたいそうなんだ。だから、今回は特別に僕の判断で彼女を連れて来たという訳でね」

「なるほど、そうだったんですか…。余計なご心配をおかけしまして、申し訳ございませんでした。はじめまして、私は『マルク族』のギギという者です。元々魔族の出身ですが、訳あって今は城に勤めております」

「こちらこそはじめまして、ところで貴方は城でどんな仕事を?」

「私は現在、庭師の見習いとして働いています。この城で働く庭師に弟子入りさせてもらっているのです。師匠は奥の方で花の手入れをしていますよ」

「まあ、貴方は師匠が働いているのに鳥さんと遊んでいたのね」

「いいえ、それは違うんです。鳥の訓練も庭師の大事な仕事なんですよ。実はこの中庭では定期的に『バードショー』が行われているて、その主役がレインビーなんです」

「始めまして。私はレインビーです」 

「ねえ見てヒロシ、鳥が喋ったわ!」 

「伽耶さん、この世界の動物たちはマジックの力で人間と会話をする事が出来るくらい頭が良いんですよ」 

「そうなの?じゃあ私がシュンと乗って来た馬たちとも、お話しが出来るのかしら」

「もちろん出来ますとも。ここは魔法の世界ですからね。そればかりか、この世界には『魔法動物』といって、魔法の力で人間に姿を変える事が出来る動物もいるんですよ。」 

「それは凄いわ。一度会ってみたいものね」

 話を聞いていたギギは、伽耶がこの世界の事をあまりにも知らないので大変驚いたが、やはり彼女が外の世界から来たという噂は、本当なんだろうと思った。 

 そしてラルクは伽耶達が話し終えたのを見て本題を切り出した。 

「ところでギギ、伽耶さんは街で君の噂を聞いて、是非話を聞きたいと言うんだ。2日程城で過ごしてもらったけど、彼女は信頼出来る人だと思うよ。なんせ、あのシュン君だって彼女を信頼しているみたいだし。辛い事もあるとは思うけど、彼女なら君の身の潔白を証明するため力を貸してくれると思うんだが…」

 伽耶はラルクの話を聞いて、彼が何故自分をすんなりギギに会わせたのかという事が何となく分かった気がした。

「ギギさん、そういう訳ですので、何とかお話しを伺いたいのですが」

 するとギギは重い口を開いて話を始めた。

「分かりました。では伽耶さん、とりあえず何からお話しすればいいでしょうか」 

「そうね、まず貴方はどういった経緯でこの城で働く事になったのでしょうか」

「はい、まず私はこのグリニアのずっと北側に位置する小さな村の出身でして。そこには私の故郷である、「サーランド』という村があります。そして私の一族『キリ族』はこの地に古くから住んでいて、魚を釣ったり、狩猟をしたりしながら生活をしていたんです」

 伽耶はギギの話を聞いて、自然豊かな地での平和な暮らしを想像し、そこには一見何の隔たりもないように感じた。

「実はキリ族にはちょっとした秘密がありまして…村の先にある峡谷を流れる川を隔てた場所に人間が暮らす村があるんですが、我々はそこに住む村人と交流を持っていたのです」

「じゃあそれってつまり、人間と悪魔が仲良くしていたって事かしら」

「まあそんな所です。最初は我々が釣った魚や獣の肉などを売る代わりに、人間から米や野菜を買っていただけだったのですが、ある時、人間の子供と悪魔の子供が一緒に遊ぶようになったんです。もちろん私にも仲が良い人間の友達がいました。そして、それがきっかけで親同士も交流を持つようになり、ついには皆で祭りを開催するまでになったのです」

「それは素晴らしい事ね。きっとみんながそうやって仲良くなれば、争いなんて起きないと思うわ」

「そうです。実際、我々の種族も人間達と長年良い関係だったんです。奴が村を訪れるまでは…」

 そう言ってギギは一旦空を見上げると、深く息を吸って吐き出し、再び話し始めた。

「ある日の朝、私が朝の支度を済ませて村にある学校に向かっていると、複数の男達が私の家へと向かって歩いて行くのが見えました。しかし私はそれを気にもせずに、そのまま学校へと向かいました。それから学校が終わり家へと帰ると、家に両親の姿はありませんでした。そこで私が2人の事を探していると、近くに住む老人が慌ててやって来てこう言ったのです。両親が『上級悪魔』達に連れて行かれたと」

「上級悪魔、それってすごい悪魔なの?」

 するとヒロシがこう答えた。

「上級悪魔、それは悪魔の中でも凄まじい力を持っている位の高い悪魔です。伽耶さんが今までに見てきた悪魔は所詮下級悪魔ですから、彼らとは比べ物にならないくらい強いんですよ」

「それで、その悪魔達がギギさんの両親を連れ去った訳ですね。でも、何で…」

「はい、両親は尋ねて来た上級悪魔に、人間達との関係について聞かれたようです。何故なら悪魔の間では、必要以上に人間と関係を持ってはいけないという掟があります」

「でも、この国にいる悪魔崇拝者達は悪魔と凄く仲が良いわ」

 伽耶が疑問を投げかけると、ヒロシが代わりにこう答えた。

「伽耶さんそれは例外です。奴らは悪魔と密約を交わしていて、一致団結しているんです。だから特別に掟が適用されないんですよ」

 すると、ギギはヒロシの話を聞いて続けざまにこう言った。

「でqwも実はそれだけじゃなかったんです。私の両親は人間に悪魔軍の機密情報をもらしたという罪にも問われたんです」

「一体それはどういう事?貴方の両親が何で軍の情報なんて知っているの?」

「実は私の父は昔、悪魔軍で働いていた事があるのですが、訳あって軍を辞めて、それから漁師をしていたんです」

「つまりそれで、お父さんは真っ先に疑われた」

「そうです。そして、上級悪魔達は安全保障上の関係で村人を1人残らず死刑にすると言ってきたのです。なんせ悪魔の社会では、裏切り者は全て死刑ですから」

「酷いわ。悪魔ってやっぱり凄く残酷なのね。」

「そうですね。特に『悪魔の王国』に住む位の高い悪魔や、その手下達がそうなんです。しかし、中には優しい悪魔達もいて…もちろん、私の両親は優しい人達でしたよ」

「そうなんですね。それで貴方はどうしたんですか」

「私は村人達に逃げるように言われたのです。本当は両親を置いていきたくなかったのですが、仕方なく…。それから、村人達の助けでなんとか脱出した私は、逃げる道中、村が燃えているのを見ました。私は泣きながらもう1人の仲間と共に命からがら逃げて来たんです。それからこの国にたどり着き、幸運にも城で働かせて貰う事になったという訳です」

「そうだったんですか。ごめんなさい、とても辛い事を聞いてしまって」

「いいえ、私もかえって話しを聞いて貰う事が出来て良かったです。仮にこのまま死刑になったとしても、せめて実の潔白が証明されたら嬉しいですからね」

「死刑ってどういう事?」

 伽耶が驚いてそう言うと、ラルクがすかさずこう答えた。

「伽耶さん、彼がスパイ容疑で疑われている事は知っての通りだと思うけど、それが原因で彼の事を悪く言う人たちもいるんだ。そしてこの前行われた会議で、彼を死刑にするかどうかという話まで出たんだよ」

「それは大変だわ!早く真犯人を見つけ出さないと。ラルクさん私に何が出来るかしら」

「ありがとう。やっぱり君は僕の思った通りの人だ。とりあえず伽耶さん、貴方には明日の食事会の時点でその話が出た場合に、反対して欲しいんだ。死刑の決定は城の全ての人が賛成してかつ、国民の一定数の賛成を得られないといけないから」

「分かったわ、私も明日までに少しでも情報を集めてみる」

 こうして伽耶達は、スパイを見つけてギギの疑惑を晴らす為に、彼の力になる事にしたのである。