キムジェファン「allure3月号・インタビュー日本語訳」 | Wanna Oneのお家とご近所さん

Wanna Oneのお家とご近所さん

2017.8.7にデビューし、決まっていた活動期間である1年半。惜しまれつつも、その活動を終えて解散した伝説のグループWanna Oneとメンバーのその後の活動やその周辺で気になる、プデュ関係、KPOPアイドルたちをゆるーく追うブログです。

アンニョン~アップアップアップ

余り音沙汰ない方がもう一人…タラー

そう!ウリウォン、ジェファンキラキラカぺ作ったり、FC募集、ファンダム名公募…そこまでは良かった花火

仕事ができるMAROOさんやC9さんくらいにお仕事早かった!…が。その後の音沙汰がぷっつり…。

96ラインに何があったんだ!!って思うくらい。呼応しすぎ(笑)

でも、系列が同じだからか、ダニエルとのなんかコラボっぽい物を考えていたからなのか、ジェファンもどうも、止まっている様に見えます…。だとしたら、ジェファンも可哀想タラー←あ。私の勝手な憶測ですよ(笑)

さて。そんな音沙汰がない中でも、雑誌のグラビアは精力的キラキラ

4月は「THESTAR」マガジンのグラビアが発売控えておりますが、その前に3月ももう終わるのでこちらのインタビューからUPしたいと思います~アップアップ

ジェファン流のお答えの詰まった、面白可笑しいインタビューをどうぞドキドキ

 

 

aullre3月号より

「人生は続くのさ!」

 
キムジェファンが再び人生の、出発点に立った。他のメンバーたちのように独り立ちするべく準備をしている。最も関心のあることは勿論、音楽だ。その考えは一度と変わった事がない。

 
Wanna Oneの公式日程を終えて、今はどの様に過ごしていますか?
 
「最近はただ、作業しています。なんと言っても内容が重要だと思います。もっと蓄積したいことがあるので、その事を準備している段階です。」
 
何を蓄積したいのですか?
 
「実力もそうですし、肌もそうですし、色々。ハハハ。すべての面で欲があります。プライベートでも友達とか家族とかの人々との関係、その中で感じる幸福感を埋めるために努力します。」
 
最近、一人でいる時は何を考えていることが多いですか?
 
「何と言っても音楽です。僕の人生は音楽が占めている部分が大きいと思います。
寝ても覚めても、音楽。歌、ダンスの考えしかないですね。」
 
 
あなたと出会って、時間がとても早く感じます。サバイバル番組で奮闘していた姿が昨日の様ですが、一人前のソロアーティストとして出る準備をしているんですね。
 
「時間がすごく早く過ぎました。大変なことも多かったですが、それと同じくらい幸せだったんです。
時間はそんな風に過ぎて行きました。」
 
非常に長く、4日間のコンサートをしましたよね?どうでしたか?
 
「ただ、注ぎ込みました。3日目の公演をした後、体力的にとても辛かったです。たくさん泣いて感情的にも体力的にも本当に辛くて、最後のコンサートをどうやってしたのか。僕たちはみんな一緒にすべての事を注ぎ込んだんです。」
 
 
アーティストは観客からも物凄いエネルギーを貰うんですってね?いっぱい、いっぱいいらっしゃったのでどの日が一番記憶に残っていますか?
 
「いつも、受けてきたので最後はみんな注ぎ込もうと努力したと思います。最後だから…。僕は3日目。
僕が泣いて。一度、涙が流れた位からが力が抜けて…最後の前日なので、みんなそうだったと思います。我慢してたんですけど、わっと込み上げてくるんですよ。ファンの方々が前に立っていると、色々思いだされて。爆発してしまって、歌も歌えなかったと思います。」
 
最後の日まで泣かないようにしよう。と言ったと、言っていましたけど、普段も涙を我慢する方ですか?
 
「大きくなるうちに我慢する方法を憶えたみたいです。ステージの上では歌手の本分を尽くそうといつも思って来たので、そのために泣かないように努力します。」
 
最後の日、終わりの挨拶でワナブルを3回呼ばれていました。
 
「ハハ…!意味なく呼んでみました。最後なので。あの日が過ぎたら呼べないじゃないですか。
長い話は必要ないんですよ。ただ、その3文字、一生懸命。」
 
 
全てのメンバーが言う言葉がありますね。受けたことが多いという言葉。

 

「そうですね。みんなデビューが夢でしたし、ものすごくたくさんの人から愛されたデビューなのでより、そうだと思います。ステージに立ったら、ファンのペンライトを持って応援して下さるので、ステージに立つたびに信じられなかったです。僕がなぜ、ここに立っているのか?人がなぜ、こんなに多いのか?

(これが)当たり前だと思ったことは1度もありません。上がったら、いつも不思議に思っていました。」

 

スペシャルステージを通じて歌とダンスを同時に見せて下さったんですが、なぜその曲を選択したのですか?歌だけでも良かったじゃないですか?

 

「活動をしながら、ダンスを踊ることが面白くなったんですよ。以前とは異なり。」

 

サバイバル番組の序盤には振り付けに付いていけなくて、涙を流したりもしたのに変わったんですね?

 

「ブーメラン」の時、振り付け組んで下さる方に強くしてほしいと言いました。最近、僕がダンスえを必要(とする時が)来たので難しくしてほしいとちゃんとついていけると言ったんですが、いざ!振り付けがとても難しかしいんです。ダンスが得意なウジニも1回ではできなかったんですよ。だから、僕はどれほどやるんだ?と、一人、静かに非常口から出てしゃがんで座って考えました。あ、また練習生が始まるんだな。そう思って本当に一生懸命しました。今回コンサートでは始めと違う姿をお見せしたかったんです。皆さんが下さった愛のお陰で、こんなに育ったという事をお見せしたくて、決めた曲です。」

 

もっとも見せたい成長が「ダンス」だったんですか?

 

「腹筋をあきらめてそれを1つにしたんです(笑)今もお腹に2パックまではあるんですよ。その時は4パックまでは作ったんです。ダンスパフォーマンスの振り付けが少し、難しく上がってきたんですが、一生懸命練習していったら先生が物凄く、驚いて下さったんですよ。マネージャー兄と一緒に行き、車の中で泣きそうになりました。活動しながら、振り付けの習得は確実に早くなりました。みんな僕に(実力が)上がったと話してくれたんですよ。ですが、上手くなったという考えは有りません。僕はまだまだです。続けて一生懸命やらないと。」

 

WORLDTOURの様な事がデビューしたアイドルには夢みたいな経験をたくさんしました。後で、振り返って見て、どのように思いますか?

 

「とても光栄な思い出です。すごく分かりきった答えですが。行ったら行って、乗ったら乗って。それほど早く過ぎました。いつでもまたそう見えます。すべての事に感謝するばかりです。」

 

Wanna Oneになる前に着実に色々な番組の門をたたいたじゃないですか。どんな夢を見ていましたか?

 

「幼い頃から歌手になりたかったです。ボーカルスターが夢だったんですが、出来ることが歌しかなかったのでそんな風に話したので、実は多方面のエンターティナーになることが夢でした。子供の頃にもブルーノ・マーズとかパフォーマンスをするアーティストが好きでした。」

 

けれどもその過程が順調なだけではないじゃないですか。夢がなかなか叶わない時、何が一番辛かったですか?

 

「前が見えない事です。周囲の人たちに歌手になるぞと練習していたんですが、結果が伴っていなかったので。4年練習生生活をしたんですが、ギターを担いで防火大から宣陵まで通いました。

毎日、地下鉄に乗って、朝10時に行って夜10時に乗って帰りました。いざ、会社に行ったら何もなくて、知っている人も一人もいなくても、一生懸命練習しました。学生なのでお金もないじゃないですか。

おにぎり、ラーメン、即席カレーで間に合わせていたら胃炎、腸炎に掛かってという、悲しい出来事が多い時でもいつも肯定的に考えようとしていました。まだ、思い出すのは店に行ったら、僕が持っているおにぎりがいつか、ステーキに変わる日が来るだろう…だったんですよ。そして、その日が来たんですよ」

 

 
 まだ、昨日の様に覚えていますよね?どんな財産になったと思いますか?
 
「とても鮮明です。僕は歌を歌えるならどんなことでも、チャンスだと考えました。選ばずに奉仕活動や区で行う青年歌大会にも行きました。
なので、アキラメルの事はできなかったです。誰に聞かれても、僕はこんなふうに努力したと僕は本当に切実だったと、話すことが出来ます。僕、自らにも一寸の疑いもなくどこに行っても堂々と話せるのが良いです。Wanna Oneになっていなくても、一生懸命生きたと話せることが重要だと思います。」
 
デビュー前、ジェファンさんについて知られているのが「大聖堂の奉仕をよくする少年」「サッカーが上手な少年」というのがありますが、それ以外にどのような面がありましたか?
 
「楽器を扱うことが好きでした。色々な楽器を習いに通う事が面白かったです。芸術、体育に対しての情熱がたくさんありました。サッカーと球技が好きでした。」
 
すぐに芸能人サッカーチームの提案が入ってくるのではないですか?
 
「提案があったんですがまだ今ではないと思ったので、入りませんでした。ハハ。」
 
Wanna Oneデビュー後に個人的にもっとも変わったことは何ですか?
 
「どうやら周辺に僕を自慢して歩いたみたいなので、それでしょうか?両親に小さな親孝行を出来たと思います。」
 
リアリティー番組を見ていて特にハイト―ンも笑い声があったんですけど、最近そのように爆笑する時は有りましたか?
 
「それは本当に楽しいと出ます。アドレナリンが分泌されていいイメージで蓋が開くとその笑いが出ます。最近はそんな風に笑ったことはないですね。なので、楽しみです。果たして誰が僕を笑わせてくれるのか?ハハハ。笑ったのはコンサート会場。生まれてから一番、笑ったと思います。」
 
11人の宿舎生活が終わって以後は一人で過ごしますか?
 
「一人で暮らしています。寂しいですね。特に夜に何かを頼んで食べる時ですね。僕はじゃんけんが強くて元々宿舎でも3番目に大きい部屋を一人で使っていました。グァンリンが一番大きい部屋を使っていました。」
 
 
今、人々が一番、気になるのはキムジェファンがこれからどんな歌を聞かせてくれるのか。ではないでしょうか?」
 
「それは僕も気になります。なぜなら、作業していて曲がずっと変わります。今はバラードを作っているんですが、もっといい曲があればミディアムテンポの曲やダンス曲になっているんですよ。音楽的な事は全て開いています。」
 
それでも1つ位は原則があるのでは?
 
「共感することのできるメッセージ、ファンの方も大衆も共感することの出来る歌手になりたいと思ってるんですよ。」
 
作業過程を教えて下さいますか?
 
作業室にこもってするタイプです。旅行に行ってインスピレーションを受けることもできると言いますが、本当にして見たら曲が出てきますか?」
 
Wanna One活動と<覆面歌王>などで多様な曲を消化することが出来るという事を見せて下さいました。キムジェファンが歌えない歌というのはありますか?
 
ハハハ…!だから、作業することはがきりがないんです。音楽ごと、一言、一言が感じが違うからです。
死ぬ時まで一生懸命、やるつもりですよ。音楽を楽しむことはステージの上でしても、下に降りればいつも未熟で、終わりなく努力しなくてはと思います。
                                
今はどんな努力をしていますか?
 
最近、ガイ・セバスチャンというアーティストのアルバムが突き刺さりました。
彼の歌唱法です。様々なミュージシャンの歌を聞きながら彼の様な様々な姿をお見せしたいです。
(声の)トーンにしても、歌い方にしても。
 
 
これから公演をたくさんすると思いますが小劇場コンサート(ライブ)についてどう思いますか?
 
「どんな所でも、僕の歌を聞いて下さる方が10名でも30名でも300名、3000名になっても聞いて下さるなら僕は良いです。小劇場、すごくいいですね。好きなアーティストの1人であるIU先輩の小劇場コンサートがとても好きでよく見ます。1人1人を見ながらみんな一緒に共感して疎通して共有できたら、とても幸せだと思います。」
 
 
 
(1部抜粋)
                                 
 
とても長いインタビューで、訳すのに時間もかかったけれど、ラストコンサートの所やWanna Oneの時の事など、ファンにとっては嬉しいお話も満載でしたドキドキ
一生懸命、曲作りに励んでいるジェファン。
早くその歌声を堪能したい物ですねてへぺろ