一昨年冬のある早朝のこと、
隣の棟から、金切声が響きました。
僕はドーナツ化を生んだ象徴とも言えそうなまさに”団地”といった集合住宅に住んでいて、南隣の棟、〇〇(知り合い)の棟だな、とすぐにわかりました。
覚醒後飛び起き、気づいたら寝巻きの上からダウンジャケットを着てサンダルを履き家の扉に手をかけていました。
母がなんなのどうしたのと声をかけたそうですが、うん、ちょっと行ってくる、とだけ言って出て行ったそうです。寝起きのその瞬間はよく覚えていません。





既に大人が数人集まっていたので、その四階の扉まで小走りに、階段をこぎみよく登り到着すると、まず自分よりはふた回りくらい年上の女性が震えているのが目に入りました。寒いわけではなく、しきりに、「中で、中で、、。」と繰り返していました。首を、と続けようとするも嗚咽が邪魔をしているようでした。



大人の男が二人。片方は知り合いの父で驚いた様子で僕を見ました。僕が目で質問すると、「中で、うん、、、。」と血の気の引いた表情で応えました。


「まだいけるんじゃないですかね。」


確かこう言ったと思います。助かるかもしれませんよ、と続け扉に手をかけました。
自宅のそれと同じ、変哲のない白い扉。
しかし触れてすぐに、この人達がここでただ狼狽えていた理由が分かりました。
重い。



開けて中に入ると、詳細はこういうところなので書きませんが、テーブルの上にコップが置いてありました。汗をかいてる。暖かい。
左手が水回り、女性曰くそこに、、、。
確かにその通りでした。老年の男性が浮いていました。


この時どうしてあんなにも冷静だったのか今でも不思議なのですが。瞬間、
朝灯りも暖房もつけた。
水を飲んだ。
つまりは衝動的。
本気でやるなら夜だ。
コップは細かい汗をかいてるんだから、長くて半時間。いける。いける。
と考えながら、知り合いの父に切るものを要求していました。


男と僕で男性を支え、父は金属ヤスリを見つけて天井を走る水道管に縛られた硬いビニールの紐を削り切りました。
テーブルのあるリビングに運び、心臓マッサージを繰り返しました。




あとは略してしまいます。つまり長々書きましたが、救急の現場に初めて居合わせたんです。
そして結果、男性は助かりました。


直後にその知り合いの父の言葉を聞いて衝撃を受けました。
「〇〇くん、なんでニヤけるというか、笑ってたの?笑。前にもこういうことあったの?」




これが、僕が医師を目指している現在の理由です。
多分そう。最悪だった唇の色がうっすら改善していくのが、心臓を押すたび希望を感じるのがたまらなかったんだと思います。医療は、僕の正義感を完全に満たす唯一の方法なんです。
小学生の頃から気づいていました。
けど、家がとか。以前に発症していた持病がとか。あれこれこじつけにして見て見ぬ振りしていた。でも後日挨拶に来た男性の家族の表情を見て、僕はもうこれしかできない人間なんだと確信しました。