今、じんわりとこの言葉をかみしめています。
ふと、友達が何気なく自分に投げてくれたこの言葉。。
自分にとってこの言葉は本当に嬉しいものでした。
あんまり信じてはもらえないんですけど
昔の自分ってほとんど友達がいなかったんですよね。
仲良くない友達と一緒にいるのは嫌だから
遊ぶ時はいつも同じ友達ばっかり。
しかもそのくせ自分から遊びに誘うようなことも全くせず
休みの日にすることといえば家で延々とゲーム(笑)
(ちなみにおれの当時のあだ名は「ファミコン男」でした)
しびれを切らした母親に
普通の男の子なら一生心に傷が残るぐらいの汚い言葉で罵倒されて
ようやく外に出かけるような子供でした。
今思えば
そんな人と接することが苦手な自分だったからか
「真面目」っていうキャラクターでいることで
自分の存在価値を保っていたんだと思います。
いい成績を取れば周りから「すごい」って言われる。
よいこでいれば先生からも親からも認めてもらえる。
ずっと、そうしてきました。
でも
本当は
どんなに成績が悪くても
どんなに先生から注意されても
みんなの輪の真ん中にいる友達のことが
うらやましくてたまらなかったんですよね。
ずっとそうしたかったのに
思いっきりふざけたり、バカみたいなことをしたかったのに
それが、出来なかった。
「真面目」というキャラクターが崩れて
人から認められなくなってしまうのが怖かったから…。
自分の存在価値が無くなってしまうのが怖かったから…。
あれから時が経って。。
今、こうして人と一緒にいられていること。
当時の自分からしてみたら
本当に奇跡的なことです。
今のように友達と、たくさんの人と、このような関わりを持たせていただいていることを
当たり前のことだなんて思ったことは一度だってなくて。。
「皆の源」
という、今の自分を表現してくれるこの言葉。
もう
「真面目」を演じていたあの頃とは違うんだもんな。
本当の、ありのままの今の自分の姿の価値を認めていただけることに
心から感謝します。
きっと
人の中にいる時のそんな自分の姿は
無邪気な子供のように見えているのかもしれません。
思いっきりふざけてて、バカみたいに見えているのかもしれません。
でも、それでもいいんです。
その姿は
小さいころに自分が追い求めてやまなかった
本来の自分の姿だって。
そう、思うんです。
きっと、この姿が、ずっと自分が追い続けていたBeingの正体なんだと思います。
ようやく、見つけだすことが出来ました。
子供の時から自分の中にあったBeing。
これからも、ずっとずっと大切にしていくね。
このことに気付かせてくれた友達に
感謝の気持ちを伝えます。
本当にありがとう。
…って、思ってブログを書いていたら
なかなか風呂に入らないおれに対してしびれを切らした母親に
一般男性なら発狂してしまうほどの汚い言葉で罵倒されました。
あれから時が経って、
汚い言葉がよりいっそう汚くなっていました。
風呂が冷めることに対しての怒りをおれにぶつけている時の母親は
殺し屋みたいな顔してました。
なんだかんだ言っても結局おれは
母親からしてみたらいつまでも変わらず子供のままらしいです(´∀`)あーあ