今さっき、コーチングのコースリーダーとお話をして気付いたことがありました。


自分は、今までずっと同じパターンをぐるぐるしていたんだって。




コーチングにしても、普段の生活にしても、人との関わり方にしても。。


基礎、応用コース中でさえもずっと同じパターンの中でぐるぐる。。。


悲しいことに上級コースが完了してからようやく気付きましたよ。




このパターンを抜け出さない限り、


自分は先に進めないんだなーと思いました。



それと同時に、


このままだとまわりの人たちに飽きられてしまうなぁとも(笑)





今まではそんな周りの人たちの優しさに甘えていた気がしています。


この間のCTIの練成会でそんな自分のパターンを見せつけられました。



自分が自分を見せつけられるっておかしな言い回しかもしれないけど


今はその言い回しが一番しっくりきます。





だからね、そろそろこんな自分のパターンを本気で変えていきたいって思ったんです。


もう周りの人たちの優しさに甘えるのはやめよう。


自分の足で立って歩いていこうってね。



練成会のときには消化出来ていなかったことが


今ようやく消化出来始めている気がしています。



今はまだ自分の本来の姿はよくわかっていないけど


きっとがむしゃらに行動していきながら見えてくるんだと思う。


今はそれを信じて進んでいこう。




100時間のコーチングもまだまだ先は長いですが


もう一度今日からリスタート。



気合いを入れて頑張っていこうと思います。

何度同じ失敗をすれば気が済むんだろう。


なんでいつまでたっても成長しないんだろう。



今になっていくら悔んでも、


失ったものはもう帰ってこない。



こんな自分が本当に嫌になる。


こんなことをここに書いている行為自体バカみたいだし情けなくなる。







もう、辞めるよ。











お酒…。







…昨日ね、


ひさしぶりに高校の友達と一緒に飲んでたんですよ。




『本当にひさしぶりの再会。。


 少しでも成長した自分を見せられたらいいな。。。』




と、そんな思いを胸に秘め、


再会を果たしたわけです。




大学時代のおれとは違う。



もう、酒に飲まれて終電を無くし



成仏できない自縛霊のように秋葉原の街を深夜に徘徊していたあの時のおれではない。




ほら見ろ、健康にも人一倍気を遣うようになった。



頼むお酒も



「韃靼(だったん)そば茶割り」



あぁ、ビールの誘惑に負けず健康サワーを頼むおれって



お と な









…それから間もなく、記憶を無くしました。






死んでしまえ。



おれ。






起きて気がついたら家のリビングの床でしたよ。



もうね、会計とか帰り道の記憶とか一切無し。




とにかくもう頭真っ白。



アタックで毎日驚きの白さ。





弟の話を聞いたところ



家に帰ってくるなり床に寝転がり



フレッツ・テプコ光みたいな速さで眠りについたと思いきや



ビクンッ、ビクンッと



痙攣を起こしていたそうです。





まな板の上のコイかおれは。






しかもね



しかもね



あろうことか一晩中エアコンつけっぱなしだったんですよ。


我が家では殺人と同等レベルの罪に問われるれっきとした犯罪行為です。




家にいる鬼に知られたら殺される。。




おれはその事実を闇に葬ることを決意し



微妙な温度の変化を鬼に悟られないようリビングのドアをすべて開放し



逃げるように家を出ました。





しかし、



その直後、



弟の起床という、



おれの人生に終止符を打つ出来事が起こりました。





弟と鬼はホワイトハウス並のネットワークで繋がっていまして



自宅に帰宅した時にはもう



時すでに遅し。



おれは弟にかかと落とし。





鬼に



過去に子供を4度は食べてそうな形相で激怒されました。








極めつけに



初任給で買ったメガネを



無くしました。





居酒屋に忘れたものかと思って次の日に取りに行ったら無いの。



まさに



青天の霹靂



寝耳に水



足元から鳥



おれから涙





焦って友達に電話して聞いてみる。





……。





ウフフ。


店から出るとき


なぜかかけずに手で持ってったんですって。





とりあえず


これを機にメガネの使用方法から勉強し直してください。






高校の友達との飲み会で記憶を無くす。 アン



鬼に鼓膜が破れるほど説教される。 デュ



メガネを無くして視力を奪われる。 トロワ




何なんやこのアンデュトロワのリズムのいい不幸は!!



何が健康サワーだ!!!



何も知らない消費者のことを騙しやがって!!!!



次の日2回も吐いて逆に高水準で不健康だわ!!!!!





あぁ、悲しすぎてもはや涙も出ません…。


もう、お酒辞めます。。




真面目なことばっかりじゃなくて


たまには、こういうこと書いてもいいよね(´・ω・`)

今、じんわりとこの言葉をかみしめています。


ふと、友達が何気なく自分に投げてくれたこの言葉。。


自分にとってこの言葉は本当に嬉しいものでした。






あんまり信じてはもらえないんですけど


昔の自分ってほとんど友達がいなかったんですよね。




仲良くない友達と一緒にいるのは嫌だから


遊ぶ時はいつも同じ友達ばっかり。



しかもそのくせ自分から遊びに誘うようなことも全くせず


休みの日にすることといえば家で延々とゲーム(笑)


(ちなみにおれの当時のあだ名は「ファミコン男」でした)




しびれを切らした母親に


普通の男の子なら一生心に傷が残るぐらいの汚い言葉で罵倒されて


ようやく外に出かけるような子供でした。






今思えば


そんな人と接することが苦手な自分だったからか


「真面目」っていうキャラクターでいることで


自分の存在価値を保っていたんだと思います。





いい成績を取れば周りから「すごい」って言われる。


よいこでいれば先生からも親からも認めてもらえる。


ずっと、そうしてきました。





でも


本当は



どんなに成績が悪くても


どんなに先生から注意されても



みんなの輪の真ん中にいる友達のことが


うらやましくてたまらなかったんですよね。





ずっとそうしたかったのに


思いっきりふざけたり、バカみたいなことをしたかったのに


それが、出来なかった。





「真面目」というキャラクターが崩れて


人から認められなくなってしまうのが怖かったから…。


自分の存在価値が無くなってしまうのが怖かったから…。







あれから時が経って。。


今、こうして人と一緒にいられていること。



当時の自分からしてみたら


本当に奇跡的なことです。



今のように友達と、たくさんの人と、このような関わりを持たせていただいていることを


当たり前のことだなんて思ったことは一度だってなくて。。







「皆の源」


という、今の自分を表現してくれるこの言葉。




もう


「真面目」を演じていたあの頃とは違うんだもんな。



本当の、ありのままの今の自分の姿の価値を認めていただけることに


心から感謝します。






きっと


人の中にいる時のそんな自分の姿は


無邪気な子供のように見えているのかもしれません。


思いっきりふざけてて、バカみたいに見えているのかもしれません。





でも、それでもいいんです。




その姿は


小さいころに自分が追い求めてやまなかった


本来の自分の姿だって。


そう、思うんです。






きっと、この姿が、ずっと自分が追い続けていたBeingの正体なんだと思います。


ようやく、見つけだすことが出来ました。




子供の時から自分の中にあったBeing。


これからも、ずっとずっと大切にしていくね。




このことに気付かせてくれた友達に


感謝の気持ちを伝えます。


本当にありがとう。








…って、思ってブログを書いていたら


なかなか風呂に入らないおれに対してしびれを切らした母親に


一般男性なら発狂してしまうほどの汚い言葉で罵倒されました。



あれから時が経って、


汚い言葉がよりいっそう汚くなっていました。



風呂が冷めることに対しての怒りをおれにぶつけている時の母親は


殺し屋みたいな顔してました。




なんだかんだ言っても結局おれは


母親からしてみたらいつまでも変わらず子供のままらしいです(´∀`)あーあ

生まれて初めてかもしれない。


ここまで負けたくないと思うものが出来たのは。




生まれてから今まで


おれは別にそこまで負けず嫌いな性格じゃありませんでした。




学校の勉強とか、球技以外のスポーツとか、歌とか。。


今までも、まぁ人並み以上には出来ていたし


別にそのままでいいのかなと思っていました。




今だってそうです。


別に今の仕事に対して競争心とか全然ないし


最低限のことさえ出来てさえいればそれでいいのかなと思ってます。





けど


いつからか


今自分が勉強していることに対してだけは


誰にも負けたくないと思うようになりました。





チームのメンバーは肩書きだけ見てみたら雲の上にいるような人たちばかり。




それに引き換えおれは、


一緒に学んでいるチームの仲間の中で年齢は1番下だし


社会人としての在り方とか


社会人としての自我の確立なんかも


まったく出来てはいないけど。。




でも


そんなの関係無い。



ただ、


純粋にコーチングでは負けたくないと


そう思ったんだ。







昨日


同じチームのメンバーからコーチングセッションを受けました。


その人はおれと1番年齢が近いメンバーです。




正直


その人のコーチングは本当に上手だった。




今まで一緒に同じ学習のプロセスを歩んできたはずなのに


ここまで差がついていることが


本当に本当に悔しかった。


今出来ないでいる自分が心から許せなかった。





今、こうして、


「悔しい」


とか


「許せない」


とか


そんな怒りの感情が言葉となって出てくるのは


きっと生まれて初めて自分がひとつの物事に対して本気で取り組んでいるからなのでしょう。




本気で取り組んでいるからこそ


毎日毎日同じことで悩んで、落ち込んで、


ちょっとでもいい結果が出たらバカみたいに喜ぶのでしょう。





それが


自分が生きている「今」なのかな。


自分が歩いている「プロセス」なのかな。



毎日毎日ことあるごとに一喜一憂して、


ぐちゃぐちゃした感情の中に身を置いているけど


もう少しで答えが見えそうな気がするんだ。






こんな状況でも


今、ひとつだけ言えることがあるとしたら。。



人と自分に負けないように、まずは出来ない自分と向き合おう。



出来ない自分を見るのは本当に嫌だし逃げたくもなるけど


もう、逃げるのはやめにしよう。



今の出来ない自分を認めて


そこからどうしていくかをしっかりと考えていこう。


そして、それを実行していこう。




それが、今の自分に出来るたったひとつのことだから。

今日、とてつもないほどの不安の中、3日ぶりに行ったセッション。。


ようやく以前の感覚をつかむことができました!


もらったフィードバックの内容も自分の中で消化することができた!!




自分の感情に正直でいること。


自分の感情120%でコーチングをすること。


それだけで、セッションの場はエネルギーに満ち溢れたものになる。


答えはこんなにシンプルなものだったんだ。。



たとえそれがプラスの感情であってもマイナスの感情であっても、


その感情を出すこと無しにクライアントの生き生きとした姿を見ることは出来ない。


だからこそコーチは勇気を出して、クライアントの感情に踏み込んでいくんだ。


それが、結果としてインパクトのあるコーチングになるんだ。


自分の中で、ひとつの答えが見えた感じがしています。




自分の中のBeingの正体はまだまだ明確には見えていないけど、


今自分が持っている感情をセッションの中で握り続けていこう。



「クライアントさんの生き生きした姿を見たい」


その思いと、そこから来る好奇心を持ち続けていこう。



がむしゃらだけど、それが今の自分ができる最大限のセッションです。


別にいいコーチである必要なんかない。


それが嘘の無い今の自分なんだから。



そんな自分のことも認めていこう。


今の自分を認めて地に足をつけて歩いていけば、


きっと今よりもっと前に進んでいけるはず。




今日は、いい気分で寝られそうです(´∀`)