萎縮が更なる萎縮を呼び

回復を促すはずが
苛立ちを増幅させる。




恩人が言った。


「大好きになることだよ」



形だけでも笑顔をつくることで
ストレスが軽減するように
自分に言い聞かすことで
何かが変わっていく。



非がない自分の行動により

どうしようもない現実に諦めもつく。




でもね
恩人。


あなたはその言葉を残して去っていったけど、それはとても難しい。



ただ
その言葉を残してくれたあなたに
私は感謝して進みます。


とてもとても難しいけれど
大好きなあなたが教えてくれたことを
無駄にしないように。




ほんの少しだけでも
頑張ってみようと思います。




認めてくれる人はあなたばかりじゃないことに気づいていけるように。




自分の世界は無限だと思いたいから。




たまたまある町を歩いていたら

お祭りをやっていた。


賑やかで
混雑して

なぜか気分は高揚し
血が騒ぐ感覚を覚える


気温もぐっと上がっている感じ。



太鼓 お囃子

踊る人々



祭りという昔からの伝統






人は何を祀って祭りをするのか。
気持ちが溢れ出す感覚


寝る暇も惜しんで
何かに夢中になる


そんなことは日常に中々なく

かといって
全く忘れているという訳でもない。


ただ

思い出すことは出来ても

リアルな感覚だけは追うことが出来ない。



なぞるだけなぞって思い出したら
後はせつなく浸るだけ



なんとか心に揺さぶりをかけて
あの高揚感を引き寄せても

フラッシュバックする
切り取られた世界は
何となくもやがかったままだ。


もどかしくなって
もう一度取り戻したくても
いつまでも子供でいることを許されない私は
空想の中でしか繰り返せない。


そんなの嫌だなぁと思う。


バカだな

大人なのに

またそんなこと言って


いろんなことを言われても
いつまでも理想論をあつく語れる
人でいたいのです。


バカにされるのが嫌だと思う矛盾が
それを難しくさせている。



でも
心の時計はネジ式で
巻き戻したりも出来ると思う。


大人になった私は

公式の顔だけでなく
非公式の顔ぶれで遊んだりも出来るんじゃないかとか


そんなことを思っている。