プラモデルが嫌いです。
あの、設計書通りに組み立てて行くかんじがイヤです。
出来上がりが見えているのに何が楽しいのでしょうか。
たしかに作っていたことはあります。
ガンプラブームになっていた当時、僕はデコトラを作っていました。
トレーラーの荷台には見事な鯉が描かれた。
(でもつまんなかった)
ガンプラは創造の貧弱化を生むのではないのか・・・・
幼いころ、おいらの一番好きな遊び道具は真っ白な紙と鉛筆。
白い紙を見ると、今でもわくわくします。
そこにはなんの制限もなくインスピレーションが溢れていました。
ガンプラよりも酷いのがTVゲームです。
世界は大人のパワーで構築されてあり、ひかれたレール上をゴール目指して操作してゆく。
アルゴリズムに支配された世界。
人間の想像と創造を奪う、こんなにも楽しい遊び道具はありません。
自分で生み出す力の欠落
大人になる能力の欠落
・・・・それ以上に何か被害はあるのであろうか・・・
僕の友人で、現在某有名ゲームメーカーに勤めているK君が学生時代に話していた言葉。
「死んでも、コンティニューできるゲーム、残酷描写がまかり通っているゲーム、世のおっさんたちは、そういうもので子供たちの心が病むって言ってるけれど、本当にそうかな・・・僕は、そんなにも子供たちはバカではないと思ってる。」
世の中が幼児化している要因がゲームにばかりあるとは思っていませんが・・・・今は、ただただ、そんなにも子供たちはバカではない事を祈るばかりです。信じたいのです。
日本ばかりではなく世界が娯楽で幼児化している懸念もあります。
娯楽は世界を飲み込んだのでしょうか。
この話の中で一個だけ見落としてはいけないこと。
幼児化は、幼児に使う言葉ではないということ。
幼児化を進めたのは、幼児化した大人であることを強く言いたい。
うそつき・いじめ・ごまかし・責任転嫁・金儲け至上主義・・・・どれも成熟した人間の姿ではない。
自戒を込めて

