$まるさんのブログ-竹やり部
 
  注=<荒唐無稽な妄想デス読むにあたいしません!!!!>
 
   

     私は投げやりでなくあえていうなら
   竹槍と言わしてもらおう!
    
   竹やり部 マニフェスト <竹やりのすすめ>

  このネット社会の情報過多のなかで
 なんらかの自己表現 自己主張など
 所詮海に向かって<しょっぱくない>と塩をまくようなもの
 マスコミを味方にするか自身に有り余る財力でもないかぎり
 <竹やり>でもって空から来る敵を打ち落とすようなものだとも思う
 
 でもあえて私はこの自分のしていることを
 <竹やり>の訓練にしかすぎないと冷静に認識することにより
 独創的より大胆な(表現の自由)というか
 <自由な表現>という初心から出発できるようなそうでないような。。
 
 表現者よ 自己の想像力を消費しかつ温存しつつ
 多弁 多作であれって思うにいたるう
 今日このごろなのである。。いや なのであります 
 いや ありました   多々多々多っ多~~ 
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         <自分のイメージはどこまで自分のものか?>

   映画<TRUE STORY>ッていうのは
  一人の主人公がいてその人間だけが演技やシナリオがなく
  周りの全員が演技者で生まれてからずっと一日中
  テレビで世界中に配信するっというものだった
  結局妻との不和から昔学生のころに一度恋に落ちた女性
  の写真をもってヨットで海に脱出するわけだが
  その巨大な撮影セットの壁にヨットがぶち当たって
  主人公はヨットから降りて壁に沿って歩きだす
  というものだったと記憶している

  幼年期からアイドルとして長い間芸能界で仕事をした彼女に
  とっての自分のイメージは彼女のものではないのではないか
  作られたイメージで仕事をしたものにとっての
  そのイメージよることは全部自己責任であろうか?
  罪は罪 その社会的罰なりなんなりをその裁きを
  公平に受ける権利はだれにでもあるように
  彼女にも当然あるべきではないか?
  一生勝手に作られた自分のイメージの責任を
  とらないといけないのか?
  もっと社会的制裁をとか 社会復帰絶望とか
  勝手にイメージを作って勝手に失望して
  あげくに社会的制裁の具体的な今後の行く末まで
  ストーリーを作りあげる
  彼女にそこまでの制裁が必要なのか?
  <TRUE STORY> ほんとに残酷な話だ 気が重い 
  

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アメーバピグ スナップショット


今年に入って友人からその友人と
やっていたバンドの音源を渡された

音楽には不思議な力がいろいろあって
そのときのいろんな状況を思い出させてくれたり 
またその曲にまつわるもろもろも聴くことによって
あ そうだった ふむふむと思い出させる力がある

  人は音楽を選ぶとき 過去の記憶をたぐり
  本を選ぶとき 未来を描こうとする

とまあ そんなことをいう人間もいる 
ともかく古い音源をネットに上げてみようと
少し手を加えてみた
曲名がすべてでもないがこの曲がまさしくぴったりだ

 曲名<半分は憂鬱で半分は上機嫌>
  
ちなみに当時のバンド仲間は(半分半分)と呼んでいた