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GOOD MORNING !

マリーの子育て日記

カメラこの頃はまっている積み木遊びカメラ

積み木を並べて畑を作り、その中に土(プラステン)や豆(黒千石大豆)を蒔く、というもの。

 

遊びのきっかけは、ピッチャーでの豆の開け移しでした豆

それはそれは上手にピッチャーを扱って豆を移し替えることができるようになりました。自分で用意をして、すごい集中力でじっくり20回くらい1粒も豆を落とさずにを楽しんでいました。

それが済んで、いつものように片付けるのだろう、と思って、私がちょっと眼を離した隙に「たねまきー!」とテーブルの上から豆をばらまいていました。

 

・・・・なぜポーン

子どもは集中して取り組んだ後は、

すっきりとした顔をして、

まとまりある行動に移るのではないのですかゲッソリ

 

とがっくりしつつ、一緒に豆を拾ったのでした。

 

そして、その次の日。

また気づくとピッチャーを持ってきて、豆の開け移しをしていました。この時もすごい集中力でした。

そして、終わった瞬間にテーブルによじ登ろうとしたので、ハッハッと気づき「種まきは畑にお願いします~」と私が声を掛け、一緒に積み木で枠を作ったのです。

 

その日から、来る日も来る日も、畑を作り、種まきをしています。

 

思えば、幼児生活団からの教材で二十日大根の種が届いて、育てていました。その時の種や種を蒔いたことと、ピッチャーの中の黒千石大豆が娘の中でつながったのでしょうねラブラブ

 

しかし。いくら、積み木で囲われた畑の中とはいえ、小さな豆をばらまかれると、片付ける気のない娘を励ましつつ一緒に拾い集めるのはとても根気の要る作業です。

 

娘に時間の使い方を任せ、主導権を明け渡したら、

唐突にこんな大がかりな遊びが始まるようになりました。

うわわわわー!と思いつつ、

できる限り好きなように遊ばせたいラブ、という気持ちと、撤収のタイミングや片づけが楽になるように収めたいショボーン、という大人の都合が、私の中でせめぎ合うのです。

 

もっと、おおらかに、たのしいねー爆  笑と遊びにつきあえる度量が欲しい今日この頃です初心者マーク

タイルやビー玉でできた素敵な

看板のケーキ屋さんが近所にありますショートケーキ

その看板のビー玉を触るのが大好きで、

この日は「ケーキ屋さんみたいな看板を作ろう!」と、

紙粘土にモザイクタイルとビー玉をくっつける製作をしました。

紙粘土が乾いて、色を塗って、額に入れて、

イーゼルに立てかけてやると、

「ケーキ屋さんごっこをしよう!」といつもより張り切って、

お店屋さんごっこをしていました。

まじかるクラウンふんわりリボンぽってりフラワーふんわりリボンぽってり苺

 

現在、1日15分程度のプリントの時間と絵本の読み聞かせの時間を除くと、私が提案して始まる遊びや学習の時間はほぼゼロです。

 

プリント学習は

「教示を1度で聴き取る集中の仕方を覚える」ことと、

「切る・描く・折る・貼るといった微細な動きを身につける時間」と

位置づけてやっています。

 

一人で絵本を眺めていたり、一緒に遊ぼうと誘ってくる遊びに私も乗ったり(乗らなかったり)、一人でごっこ遊びをしていたり。一人であれこれ工夫して自由な時間を過ごすようになってきました。娘の自発的な遊びの様子を眺めていると、娘の世界の広さや興味の方向がよくわかります。

 

思えば、「ぼんやりさせてはいけない」「働きかけなくちゃ」と気負っていたなぁ、と思ったりします。小学校入学という区切りがやってくれば、時間やチャイムで区切られた中で学ぶ環境に入るのですから、幼児期の今は、ゆるやかに連続する生活の中で娘の中に育つ興味や関心を思う存分拡げることに注力していこうという方向に私の考えがシフトしてきました。

 

ひらがなの読み書きや数字の読み書きや計算などのプリントや、先取り学習を一切排除しているのは、「主体的に学ぶ喜びを取り上げてはいけない」と考えるようになったからです。

便利ですよ覚えましょう、と親の私がスタートを決めるのではなく、「私も書いてみたい!練習したいの!」という強い意欲が育ってから文字を書くことを身につける余白を残しておくことは、娘の学びが喜びにつながる大切な余白なのだろうと思うのです。

娘が文字を書きたい!と思った時に、集中して取り組める力があり、思うとおりに動かせる手になっていればいいな、と思って、日々、コツコツと働きかけています。

文字だけではなく、漢字も計算も、文章の読み取りも、理科的な知識も、社会科的な知識も・・・・私が苦手意識を持つことなく、娘の興味関心を持ったことを直接経験をさせ、下地を作ることが今の私が娘にするべきことだ、と考えていますおねがい

 

数字は、プリントに私が日付を書き入れるのを見て、書きたい!と思ったようで、じーっと私の書く様子を眺めて、1から10までを覚えて書くようになりました鉛筆まだ数字を書くことは教えない、とは言っても、娘から数字を遠ざけたいわけではありません。数字が日常的に存在する世界で娘は生きているのですから、私が書いたり、数字を手がかりにして生活したりする様子を見せることが、娘にとっての数字との出会いであり、これから始まる算数・数学教育への下地作りなのだと思うのです。

 

「何をさせるか」と同じくらい、「何をさせないか」ということも考えなくてはならないのだろうと思います。親のよかれと思って始める働きかけが、娘の主体的な学びを奪うことにならないように、よく考えて進めていこうと思う日々ですウインク

 

3歳6ヶ月になりました。3歳もあと半年。

悪魔の3歳・・・・汗とげんなりしていたのもいつのことやら。

とても楽になってきました。

 

ここ最近、園の先生から

「発表の時に大きな声で自分の名前が言えました」とか

「胸を張ってお当番の号令をかけられました」とか

報告があるのですが、

もともと そういうこと の好きな子なので、

ようやく居場所が定まって

本来の姿が出てきたのだろうと思いますおねがい

 

生活団通信グループの「はげみ表」もコツコツと取り組んでいます。

でも、やっぱり、5日間とか6日間という期間限定の「はげみ表」での取り組みは娘には合わないなぁ、と感じます。

 

先週は「食後のぶくぶくうがい」に取り組んでいたのですが、はげみ表への記録が済み、数日経った時に、夫が「ぶくぶくうがいをしたら?」と言うと「いいの もう済んじゃったことだから」と言っていました。その後、うがいではなく歯磨きを自分からしていたので、食べた後に歯を磨く、ということは定着しているのだけれど、「ぶくぶくうがい」はあくまではげみ表で頑張らされることであって、自分がしたいこととは違う、という考えを持っているようなのです。

 

今週は「靴下履き」に取り組んでいます。

が。すでに靴下は言われなくとも一人できちんと履ける娘。

それが、裏返しに履く「さといもばき」だの、きちんと上まであげない「ぞうばき」だの・・・・という面白い形容を知ってしまったので、「ママ、見て!今日はさといもばきにするんだ~照れ」と間違った方向で楽しんでいますあせる

まぁ、でも、本人がしたいようにしているのだから、それもよし・・・と私も一緒になって「おもしろいねいいね」と放置していたら、そのブームも2,3日で去り、いつも通り、きちんと履くことに戻りました。

 

基本的な身辺自立ができているだけに、「今さら・・・・?」という気が娘はするのだろうと思います。娘と私の間にはこれまでの3年間という時間の積み重ねがあります。その3年間のいろいろを大切にしつつ、生活団通信グループを取り入れることができる道を模索中です。

 

というのも。

我が家の夫は幼児生活団で学んで育ったのです。

なので、娘に届くいろいろな教材で自分の育った時のことを懐かしく思い出しながら、見守ってくれています。自分が受けた良かったという教育を娘にも、と考える夫の気持ちを私も尊重したい、という気持ちがありますウインク

 

プリント学習は迷路とディズニーのプリンセスワークが終わりました。

4歳のちえのワークも、いつだったか購入して、いつしか終わっていました。なので、今は、5歳のちえのワークと3,4歳のできるかなに取組中です。

 

 

 

まだ、数字と文字を書くことは導入していません。

1-10までの数字は読め、平仮名の清音も読めるようになり、よく知っている名詞単語程度なら拾い読みしつつ意味を理解することがいつの間にかできるようになっていました。

数字を書きたいようで、1,2,3,10はいつしか書けるようになっていました。

本人がやりたいのであれば、止めることはしませんが、今の娘は数字や文字を書くよりも、もっと他にしておくべきことがあるので、今は書く練習はしなくていい、という考えで進んでいます。

 

正直、娘の知育的なことよりも、今は幼児期に豊かにたっぷり経験しなくてはならないこと、を見つけ出し、生活の中にちりばめることで精いっぱいになってきました。身辺自立も、会話も、数えることも、数を取り出すことも、お絵かきも、造形も、工作も、ままごとも、お医者さんごっこも、絵本の読み聞かせも。次はそのあたりのことをまとめられたらなぁ、と思ったりしていますニコニコ