田舎から東京の大学に入って暫くたったころ、教授たちとダンコウをするからと誘われて会場に行ったことがある。

講堂みたいなところに入ってみると、壇上には先生たちがズラっと並ばされ、中央ではリーダーらしき男の子が、日本帝国主義がどうのこうのと、演説をぶっていた。それが一段落したあと、並ばせられている大人に向かって、何か自分たちも物を言っててみろ、という。お互いに顔を見合わせている大人たちのなかで一人手をあげた人がいて、中央のマイクのところまで歩いて行き、「現在の日本は、資本主義と社会主義の折衷型でありまして・・・」と話し出すと、件のリーダーがマイクを取り上げて、「やめろ!僕たちはそんな話をききたいんじゃない!」と言った。40数年前のことだ。

高校時代はそれなりに、自分の考えを、考え考えしながら話す相手がいただけに、「とんでもない所にきてしまった」というのが正直な感想だった。その後のことは覚えていないから、たぶん、そのまま会場を出たのだろう。

そんな所で、話し相手をみつけることができる気がしなかった。

幸い、その後、幾人かの気楽に口をきける友人に恵まれたし、今はこうやって、自分の考えていることを、ほぼそのまま話せる相手ができたのは、ただ幸運だったとしか思えない。

だから、個人的には大満足なのだが、最近、「あの時の男の子たちが、今はそのまま大人のつもりで、この社会のそこここにはびこっているらしい」と感じるようになって、少々怖くなっている。


昨年夏の選挙が終わり、新しく官房長官になった人物が、記者会見のとき、唐突に「現在の日本の相対的貧困率を我々が独自に計算したところ、××、×パーセントだった。」と発表した。その「相対的貧困率」というものさえ知らなかったので、「なんで、あんな唐突なことを記者たちの前で口にしたのか」が気になり、インターネットで調べた。

ここ10数年、日本の相対的貧困率は減り続けていた。その貧困層のパーセンテージが下がりつづけているのが、あの人にとっては「不都合な事実」だったのだ。だから、「独自」に計算し直した。計算し直すなら、たとえば10年前の前政権時代の数字も計算し直すべきだろうが、その必要は感じなかった。ただ目の前の「事実」が変わればよかった。「現在の日本の貧困率は減っていない。」・・・・・・言いたいことはそういうことだった。そう言うために、「事実」のほうに変更を加えたのだ。

その人が沖縄での市長選挙が終わったあと、「選挙結果は斟酌してやらなければならない理由はない」と記者会見で発言した。かれは、「斟酌」を正確に読めた。しかし、その意味をたぶん分からずに使った。自分の言ったことが、どれほど重い意味をもっているのか、まったく気づいていなかった。いや、それを聞いてメモをとったはずの記者たち自身も、自分たちが重大ニュースに立ち会っているとは気づかずいたのではないか。

それほど、今、われわれの言葉は軽くなってしまった。


前大臣が訳の分からない辞任の仕方をしたあと、菅氏が大臣になった。その就任直後の記者会見で、「円は対ドル95円くらいが適当じゃないか」とスラスラ口にしたので驚いた。円の相場は実需だけで動いているのではなく、国際的ばくち打ちたちの思惑にも左右されている。もし、日本政府が95円という防衛ラインを敷いたのなら、それをターゲットに円を売り浴びせて一儲けできる。が、たぶん、菅氏はただ、「オレは経済のことも分かっているんだ。」と言いたかっただけなのだ。あるいは、一年ほどまえのリーマン・ショックのとき「日本は外需にばかり頼っているからこんなことになるんだ。」と発言したのを覚えていて、「輸出産業のことも考慮するから心配しなさんな」と言いたかったのかもしれない。

が、いずれにせよ、円相場はほとんど菅氏の発言に反応しなかった。一国の責任者の発言を無視したわけだ。「ただ、言ってみただけだ。真に受けたら大損するぞ」

ことほどさように、日本の責任者たちの言葉は軽く見られている。その軽く見られていることを恥じるのではなく、彼らはそのことに甘えている。


たぶん、あの人たちは、閣議などで集まりはしても、腹を割った話はまともにしていない。そのかわり、言いたいことがあったら、記者たちに向かって発言する。その発言を間接的に聞いて、「仲間」の考えていることを判断する。・・・・・・面と向かって話し合う気持ちがないのだ。たぶん、その率直さがない。相手を説き伏せるか、説き伏せられるかだけで、それ以外の「話し合い」という文化そのものが育っていない。


なんだか、暗い話ばかりになった。が、思いっきり暗くなることも必要だ、とWは思う。

また、書く。