レコード番号:K26P-6020(CTI Records) 1980年(国内盤)
ジョン・マクラフリン、ラリー・コリエル、ロニー・フォスター、ジェレミー・ウォール、ドン・グルーシン、ジョー・ファレル、ヴィクター・フェルドマン、ジョージ・ダルト、スタンリー・クラーク、ウィル・リー、トニー・ウィリアムス、レニー・ホワイト、レオン・ンドゥグ・チャンスラー、パウリーニョ・ダ・コスタ。
これほどの俊英を集めて創りあげられたこのアルバム”FUSE ONE”、ボクは
全く聴いたことがありませんでした(`・ω・´)
いやホント、埼玉の北の端のハー〇オ〇で見つけるまで、アルバムはおろかグループとしてのフューズ(FUSE)の名も知りませんでした。
このライナーが見えるようにパッケージしてあったおかげで参加メンバーが分かり、購入を決めました。
ジャケット裏はやや手抜き感が…
ライナーの解説にこのアルバムの制作過程が記されています。詳細は後ほど。
帯がどうしても取れませんでした…帯の裏にはジョー・ファレルの写真が。
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ライナーの解説によればこのフューズ、1980年1月18日のミーティングにてCTIとキングレコード、そしてTDKとの
3社合同によるアルバムプロジェクト
としてスタートしたといいます。今風にいえばコラボということでしょうか。
そのさい、TDKからは著作権を考慮して全曲オリジナル楽曲で固めてほしいとの要望があったといいます。
また、CTIのプロデューサー、クリード・テイラーは、ミュージシャンに自由が無く創造的ではないという理由でディスコ的な楽曲は入れないという意向があったようです。
同月25日にはCTIからミュージシャンのラインアップについて打診があり、5月14日には最初のレコーディングの、その2か月後には追加の楽曲のマスターテープが送られてきたそうです。
ただし、これは帯にも記載がありますが
レコーディング自体は4月12日から16日にかけてのカリフォルニアと、5月31日から6月1日のニューヨークで行われたようです。
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先ほどTDKからは全曲オリジナルで…という要望があったと書きましたが、実際のところA面2曲目の”Waterside”はスメタナの交響詩『わが祖国』の第2曲「モルダウ(ヴルタヴァ)」をモチーフにしています。ま、著作権が絡まなければOKということだったのでしょうか(^^;)
B面の冒頭を飾る”Double Steal”はジェレミー・ウォールが以前にドミニカを旅行したときに書いた曲ですが、4月中旬のカリフォルニアでの、開始から2~3日経った頃にレコーディングされたといいます。
参加メンバーとの感触が分かってきた頃ということもあって、他と比べても明らかにこの曲がアタマひとつ抜きんでています。TDKのCMに採用されたのも納得です。
では、他の楽曲がつまらないかといえば、もちろんそんなことはありません。
オープニングを飾る”Grand Prix”からいきなりスタンリー・クラークの高音ペッキペキのソロが炸裂、ジョー・ファレルのテナーサックスのソロがやや大人しくきこえてしまうくらいです。
A面3曲目の”Sunshine Lady”ではそのファレルがソプラノサックスに持ち替え、同じくクラークとのユニゾンを決めます。
スタンリー・クラークといえば
通常のエレクトリックベースよりもスケール(弦長)が短く、高音域を明瞭に鳴らせるテナーベースの使用で知られます。
このフューズにおけるアンサンブルではエレクトロニックピアノやシンセサイザーの伴奏がきっちりとアレンジ(編曲)されていますので、ベースがグイグイ、ペキペキパチパチとソロやテーマを弾き倒しても線の細いサウンドにならないのも魅力のひとつといえます。
B面2曲目の”Friendship”ではジョン・マクラフリンのアコースティックギターによる高速フレーズが炸裂します。
解説によればこの曲、このアルバムがリリースされるよりも前の1980年7月に開催された”LIVE UNDER THE SKY”コンサートでマクラフリンが何の解説もなくプレイしたとのこと。
このアルバムにおけるマクラフリンは意外なまでにエッジーでアグレッシヴであり、他メンバーのメロウさとは異なる硬派なプレイとサウンドがお寿司におけるワサビのように「効き」ます。
アルバムを通して聴いたときの満足感というか、やたらとヘヴィなナンバーをこれでもかと詰め込まれたような疲労感(^^;)とは真逆の、あぁさすがのメンツやなぁ、ええモン聴けたなぁ、という充足感はなかなかのものがあります。
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調べてみるとこのフューズ、翌1981年と1984年にアルバムをリリースしているとか。
もっとも、アルバムごとに参加ミュージシャンの顔ぶれもちょこちょこ変わっており、レコード会社主導のセッショングループゆえの流動性は致し方ないところなのでしょう。
さらに言えばレコード会社のディレクションに従い、小競り合いや言い争いなど抜きに現場では多少あったかもしれませんが協力して創りあげたアルバムです。
比較することじたいが無粋かとは思いますが、ちょうど同じ1980年にマイルズ・デイヴィスは”THE MAN WITH THE HORN”をリリースしています。
このレコーディングに参加したバリー・フェナティはマイルズの指示に従わなかったことで怒りをかい、頭からビールをかけられてクビになったといいますが、メンバーが必死になってマイルズの求める水準をクリアするようベストなプレイをする、その手法は相撲でいうところの「ガチンコ」、プロレスなら「シュート」と相通ずるものがあるように思いますホンマか(~_~;)
対して、プロデューサーやディレクターの指示からその意向をくみ取り、譜面やアレンジに従いながらも、要所でスポンテニアス(自発的)なプレイを入れることで楽曲に魅力をつけ加える手法に徹する、いわば職人芸もまた高い素養が求められます。
プロレスではシュートの対義語として、その名もずばりの「ワーク(work)」があるそうですが、ワーキング・ミュージシャン、セッションプレイヤーの凄さや上手さを知るにはこの”FUSE ONE”のようなアルバムが最適ともいえます。
その、ワークに徹した楽曲とそれで固めたアルバムが全く聴きごたえのない、面白みのないものに仕上がるか、といえばそんなことはなく、参加ミュージシャンの技量とセンスしだいではじゅうぶんに楽しめる、これはこの先もずっと持っておこう!と思えるアルバムになります。”FUSE ONE”はそんな、いわば「当たり」の部類に入るアルバムといえます。







