今日は、茶飲み話のふと思うことを書きます。
「感謝」って、感じる と 謝る が、合わさったものですよね。
更に、深い深い感謝を「深謝」とも表現します。
以前、年配の方のメールの最後によく、付いてたんです。「深謝」って。
そんなこともあって、感謝と謝るの関係が気になりまして、個人的に観察や考察を持ちました。
感謝って勝手に湧いてくるものだと思うんです。しようと思ってもできるものじゃなくて。有難いなっていう。
似たものに「ありがとう」っていうのもありますけど、それって、取引が生じた際に使われることが多いような気がするので、感謝とは少し日常での使用感に違いを覚えます。
物や何かの行為のやり取りに対して、お礼的な意味合いが大きいような感じ。
で、『謝れない人って感謝がないな。』と、思いました。これ、結論です。
「ごめんなさい」をしない人が、感謝してるの見たことないです。
あからさまに何かしてもらった、物をもらった時に「ありがとう」は、まるで借りを作らないかのようにしますけど、感謝はないですね。
よって、書いて字のごとく、感謝なのだと。
謝ることのコインの裏表のようにあるのが感謝。
じゃあ、謝るって何だろう?
言 身 寸
身の寸(たけ・サイズ)を言う
のが、謝るなんじゃないの?
つまり、等身大ってこと。在るがまま、ともいうのかも。
それって、ジャッジなく命そのままの在り様でしょ。それを感じた時に勝手に湧いてくるものを感謝って表現するのでしょ。
「ごめんなさい」が言えないって、自分を受け入れてない証拠。残念。
「ごめんなさい」が言えないだけで、人生こじれるよね。
私、「運び屋」っていうクリントイーストウッドの映画好きなんですけど、結構、何回見ても面白くて。あの爺さん、罪を認めるんだよ。謝って服役するの、あの歳で。だから家族も帰ってくる。人生を誤らずに謝れて良かったね、って話。
だって、等身大の在るがままって、愛 だもの。
よって、深謝は、深く愛を感じました、ってことになるかな。
弥栄🍓弥栄🌈
温かいもの飲んで少しは暖まったかな🍵お気に入り飲料も値上がりしてますけれどー!ね。
さて、「謝る」ってことのイメージ少しは変わりますかね?![]()