今日の夜は、ちょっと休日気分で。
震災支援活動の思考のOFFにしてリブートタイム。
オンラインゲームといっても、将棋と麻雀しかしたことがないのですが、
「チームを作って冒険する」系のやつについて。
ネトゲ廃人だとかと言われているように、はまるらしいじゃないですか。
私自身も、特に、ファイナルファンタジーのシリーズだとか、
RPGゲームが少なからず好きだったから(FF6が好きなんだよね。小6の頃です)、
たぶん、やってみたら、はまるんじゃないかなぁ、って思ったりします。
なんで今までやらなかったか……というと……、
だって、廃人になりそうじゃないですか、と。
そんなわけで、MMORPG(多人数同時参加型オンラインRPG)ゲーム
http://ja.wikipedia.org/wiki/MMORPG
やったこともないのですが、本で読んだり、話を聞いたりしただけでも、
なんとなく、その魅力は伝わってくるのですが、
「みんなで集まって、チームを組んで、コミュニケーションを取りながら、
ファンタジー世界の中で、敵を倒して、みんなで達成感を得る。
そこに至る過程で、みんなで武器や防具などの装備を考えたり、
連携プレイを考えたり、ちょっと他のチームの妨害をしてみたり、
そんな『空想世界でコミュニティを作って、様々なファンタジックな
イベントを乗り越えて、目標に向けて進んでゆく』みたいなことに
どっぷりとはまっちゃう」
たぶん、こんな感じなんじゃないでしょうか。
で、さいきん、ひっそりと思ってるのは、今後、現実世界をからめた
ソーシャルプラットフォームを組む場合でも、こういうMMORPGで
生み出した「面白さ」の仕掛けって応用できるんじゃないかと
思ったりします。(やったことないくせに言ってる私…笑)
ソーシャルプラットフォームでコミュニケーションすることの
楽しさって
・あるジャンルの集合体
・同じ価値観の人と繋がる
・(場合によっては目標がある)
・そのジャンルならではの活動内容がある
「目標」のところは微妙だけれど、こういう感じでしょ。たぶん。
それに対して、MMORPGを整理すると
・空想世界がある
・チームを組んで活動できる
・悪の大魔王を倒す的な目標がある
・空想世界ならではの面白いイベントがある
ってな感じかな、と。で、それを達成できる裏側の仕組みがある。
なんか最近思うことは、その「裏側の仕組み」をうまいこと応用することで、
「他とは一味違うソーシャルプラットフォーム」を作れるんじゃないかなって
思います。ゲーム分野以外でも。
MMORPGを応用するならば、「どういうチームにするか」あたりが、
意外と必要になるかもなぁ…なーんて思っているのが最近の私。
(何度も言うけれど、オンラインゲームやってない知ったか)
★肝だと思うこと★
グループは、一人につき、いくらでも入れる。
でもひとつのグループの構成人数が多ければ良いわけじゃない
ここらへんがミソだと思う。
今までのソーシャルメディアでの活動って、「友達何人までできるかなー?」
といった、量的な指標を目指すでしょ?
100人友達がいるだとか、10000アクセス突破だとか。
読者数50人だとか。フォロワー数4500人の人気者、だとか。
そういう「個人の魅力」で競うよりも、もうちょっと違う
アプローチができないかなぁー、っていうのが発想の原点。
チーム対抗戦で、面白いことをするチームが「いいね!」を
獲得できる仕組みがあっても、いいんじゃないかなぁって。
(それも100人ぐらいで構成するチームよりも、意外と5人ぐらいで
やってるチームのほうが面白いものを生み出せるような仕組み)
A君の場合
・Teamマッスル(全員で7人)
・チーム竹取物語(全員で3人)
・暴走家族(全員で5人)
っていう3つのチームに所属していて、場合に応じて(メンバーが集まれる)、
活動する。
で、このチーム活動をしてゆくことが
「とてつもなく面白い」っていうプラットフォームを作れるかどうかが、
カギになるのではないかなぁって。
私の勝手な考えだけれど「位置情報」だなんて、技術がすげーって
だけで、文字通り、地図ぐらいしか、本質的な楽しみ方の拡張性はないような
気がする。チェックイン? だからなんだっつーの。浮気の現場がわかるのかよー
とか(なんか年寄りくさい考え方で、すいやせん)
それよりも、「繋がりの楽しさをどう演出するか」のほうが、
サービスとしては発展しそうなんだけれどなぁーって思います。
環境は整っているじゃないですか。
・SNSでネット上で連携できる
・世の中には色んな趣味があり、その分の「イベント」を作れる
・イベント開催のスペースは、意外といろんなところにある
で、あとは、ネットとリアルを繋げる面白い仕掛け、と。
被災地訪問のレポートをゆっくり書いてゆきます。
4月中旬は、
・岩手県大船渡市の旧三陸町地区
・岩手県宮古市の旧田老町地区
・岩手県陸前高田市
へ、家族の近親者/知人への訪問と、現地の状況確認で赴きました。
そこに住む人々といろいろとコミュニケーションをとれたので、その情報を、ブログを通してシェアしてゆければと思っています。
といっても、まだ内容をちゃんとまとめられていないので、最初のうちは、ブログを書く練習もかねて、テキトーに書いてゆきます。
この4月中旬の訪問で、特に記憶に残るのは、約3日間、旧三陸町の綾里地区というところで、地元の消防団の駐屯ルームで活動させてもらったところなのですが、夜通し地元の消防団の方と話した内容で、「あー、これは世の中、変わる必要があるのかもなぁ」と思ったことについて。
震災当時、ある小学校で、避難訓練通りに、校庭に生徒全員を集めて、訓練通りに先生が「点呼」を取っていたらしいです。まわりでは、大津波警報のサイレンが鳴る中で。
で、ひとりの生徒が本能的に危機感を感じたんでしょうね。その子が、点呼の最中に、高台のほうに走り出したんだそうです。
そしたら、ほかの生徒たちもそれに続いて、最後にゃ、先生もそれに続いた、、、と。
その結果、生徒たち先生たちは助かった、とのこと。
また聞きなので、どこかに脚色があるかもしれませんが、
「訓練したシステム通りの対応」をしようとした先生たち
よりも
「本能的に“危険だ”と察知した」生徒
のほうが、危機管理能力はあったのかもしれないなぁ、と。
ちょっと似たようなことを、東京で暮らしていても、感じたものです。
「通常通りのシステムで、できるだけ対応しよう」というか、
ちょっと違うかもしれないけれど、
「こういう震災時でも、どっか“余裕”を持って暮らそう」というか。
普段通りの行動をしよう、ということと、
余裕こいてるなー、ということ。
特に、東京で、そんな雰囲気をムンムンと感じていました。
この震災後に対しての「必死さ」みたいなものは、あるんだろうかなぁ、と。
この「平時ではない」という状況事態、あたりまえですが「異常な状態」です。
で、そんな今の状況を、「まだ慌てる時間じゃない(AA略」って感じで、のほほんとしている人もいるみたいだけれど。。。
浮かれている学生とか、いいんだろうか。平時なら「学生は遊んでいて当然」で許されると思いますし、私も「学生は、グダグダと遊んでいてこそ」なんて思っちゃう人間ですが、あくまで、平時では、ですよ。学生だけじゃなく、サラリーマンとか、主婦とか。
「といっても、何にもできねーよ、普段通り暮らすしか」とかって反論されてしまうかもしれないけれど。
たとえば、、、
原発の影響で、危険度のレベルが7に引き上げられたのだけれど、
チェルノブイリ級、チェルノブイリ以上級(といってもロシアは、チェルノブイリの保障の問題で、フクシマはチェルノブイリ事故よりも程度が軽い、だなんて言ってるけれど、そんなの嘘っぱちで、1-4号機の核燃料が、単純にチェルノブイリの4倍って時点で、チェルノブイリ以上の事故)
という時点で、経済的に、相当な危機だという認識があるのだろうか。
人体への影響が、科学的な根拠で、どうのこうの、という問題もあるけれど、そうじゃなくて。
逆の立場になってみると~
「フランスの南部でチェルノブイリ以上の原発事故が起きてしまったら」
私は、フランスのモノを買うのだろうか、というか、イタリアやスペインのものを買うのだろうか、ヨーロッパのモノを買うのだろうか、、、と。
食べ物だけじゃなくて、ほかの製品についても。
私の競合企業がフランスの会社だったら、「あの会社よりも、ウチの製品のほうが安全ですよ」ってバイヤーにアピールするだろうね、たぶん。で、バイヤーも、フランス人ほど熱心に「原発の影響の合理的な分析」をしてないだろうから、フランス製品の放射能やべぇーーーってなるだろうなぁ、と。
・日本っていう小さい島国で、それほどの原発事故が起きてしまった
・しかも、鎮静に今後数十年続いてしまう
・日本は輸出依存だった
ということがもたらすインパクトについて、今後、ジワジワと影響が出てくるんじゃないかなぁ。
もちろん、私のそんな認識が的外れなのかもしれないけれど、仮に、ほんとに「平時じゃない」状態なのであれば、はやいところ、脳みそを切り替えなければいけないのではないかなぁって思ったりします。
って、「小学校の避難」の話から飛躍してしまいまして、すいやせん~
まあ、盛岡⇒東京へ戻るちょっとの時間つぶしの合間なので。。。
4月中旬は、
・岩手県大船渡市の旧三陸町地区
・岩手県宮古市の旧田老町地区
・岩手県陸前高田市
へ、家族の近親者/知人への訪問と、現地の状況確認で赴きました。
そこに住む人々といろいろとコミュニケーションをとれたので、その情報を、ブログを通してシェアしてゆければと思っています。
といっても、まだ内容をちゃんとまとめられていないので、最初のうちは、ブログを書く練習もかねて、テキトーに書いてゆきます。
この4月中旬の訪問で、特に記憶に残るのは、約3日間、旧三陸町の綾里地区というところで、地元の消防団の駐屯ルームで活動させてもらったところなのですが、夜通し地元の消防団の方と話した内容で、「あー、これは世の中、変わる必要があるのかもなぁ」と思ったことについて。
震災当時、ある小学校で、避難訓練通りに、校庭に生徒全員を集めて、訓練通りに先生が「点呼」を取っていたらしいです。まわりでは、大津波警報のサイレンが鳴る中で。
で、ひとりの生徒が本能的に危機感を感じたんでしょうね。その子が、点呼の最中に、高台のほうに走り出したんだそうです。
そしたら、ほかの生徒たちもそれに続いて、最後にゃ、先生もそれに続いた、、、と。
その結果、生徒たち先生たちは助かった、とのこと。
また聞きなので、どこかに脚色があるかもしれませんが、
「訓練したシステム通りの対応」をしようとした先生たち
よりも
「本能的に“危険だ”と察知した」生徒
のほうが、危機管理能力はあったのかもしれないなぁ、と。
ちょっと似たようなことを、東京で暮らしていても、感じたものです。
「通常通りのシステムで、できるだけ対応しよう」というか、
ちょっと違うかもしれないけれど、
「こういう震災時でも、どっか“余裕”を持って暮らそう」というか。
普段通りの行動をしよう、ということと、
余裕こいてるなー、ということ。
特に、東京で、そんな雰囲気をムンムンと感じていました。
この震災後に対しての「必死さ」みたいなものは、あるんだろうかなぁ、と。
この「平時ではない」という状況事態、あたりまえですが「異常な状態」です。
で、そんな今の状況を、「まだ慌てる時間じゃない(AA略」って感じで、のほほんとしている人もいるみたいだけれど。。。
浮かれている学生とか、いいんだろうか。平時なら「学生は遊んでいて当然」で許されると思いますし、私も「学生は、グダグダと遊んでいてこそ」なんて思っちゃう人間ですが、あくまで、平時では、ですよ。学生だけじゃなく、サラリーマンとか、主婦とか。
「といっても、何にもできねーよ、普段通り暮らすしか」とかって反論されてしまうかもしれないけれど。
たとえば、、、
原発の影響で、危険度のレベルが7に引き上げられたのだけれど、
チェルノブイリ級、チェルノブイリ以上級(といってもロシアは、チェルノブイリの保障の問題で、フクシマはチェルノブイリ事故よりも程度が軽い、だなんて言ってるけれど、そんなの嘘っぱちで、1-4号機の核燃料が、単純にチェルノブイリの4倍って時点で、チェルノブイリ以上の事故)
という時点で、経済的に、相当な危機だという認識があるのだろうか。
人体への影響が、科学的な根拠で、どうのこうの、という問題もあるけれど、そうじゃなくて。
逆の立場になってみると~
「フランスの南部でチェルノブイリ以上の原発事故が起きてしまったら」
私は、フランスのモノを買うのだろうか、というか、イタリアやスペインのものを買うのだろうか、ヨーロッパのモノを買うのだろうか、、、と。
食べ物だけじゃなくて、ほかの製品についても。
私の競合企業がフランスの会社だったら、「あの会社よりも、ウチの製品のほうが安全ですよ」ってバイヤーにアピールするだろうね、たぶん。で、バイヤーも、フランス人ほど熱心に「原発の影響の合理的な分析」をしてないだろうから、フランス製品の放射能やべぇーーーってなるだろうなぁ、と。
・日本っていう小さい島国で、それほどの原発事故が起きてしまった
・しかも、鎮静に今後数十年続いてしまう
・日本は輸出依存だった
ということがもたらすインパクトについて、今後、ジワジワと影響が出てくるんじゃないかなぁ。
もちろん、私のそんな認識が的外れなのかもしれないけれど、仮に、ほんとに「平時じゃない」状態なのであれば、はやいところ、脳みそを切り替えなければいけないのではないかなぁって思ったりします。
って、「小学校の避難」の話から飛躍してしまいまして、すいやせん~
まあ、盛岡⇒東京へ戻るちょっとの時間つぶしの合間なので。。。
この機会に、読み返している本。
サン=テグジュペリの「人間の土地」(新潮社、堀口大學訳)
郵便輸送の飛行士、サン=テグジュペリ(1900-1944)のエッセイです。絵本「星の王子さま」の作者でもあり、ジブリの宮崎駿にも多大な影響を与えた人。
序文が、まず、素晴らしい。原文ママで引用しておきます。
***
ぼくら人間について、大地が、万物の書より多くを教える。理由は、大地が人間に抵抗するがためだ。人間というのは、障害物に対して戦う場合に、はじめて実力を発揮するものなのだ。もっとも障害物を征服するには、人間に、道具が必要だ。人間には、鉋(かんな)が必要だったり、鋤(すき)が必要だったりする。農夫は、耕作しているあいだに、いつかすこしずつ自然の秘密を探っている結果になるのだが、こうして引き出されたものであればこそ、はじめてその真実その本然が、世界共通のものたりうるわけだ。これと同じように、定期航空の道具、飛行機が、人間を昔からのあらゆる未解決問題の解決に参加させる結果になる。
ぼくは、アルゼンチンにおける自分の最初の夜間飛行の晩の景観を、いま目のあたりに見る心地がする。それは、星かげのように、平野のそこここに、ともしびばかりが輝く暗夜だった。
あのともしび一つ一つは、見わたすかぎり一面の闇の大海原の中にも、なお人間の心という奇跡が存在することを示していた。あの一軒では、読書したり、思索したり、打明け話をしたり、この一軒では、空間の計測を試みたり、アンドロメダの星雲に関する計算に没頭しているかもしれなかった。また、かしこの家で、人は愛しているかもしれなかった。それぞれの糧を求めて、それらのともしびは、山野のあいだに、ぽつりぽつりと光っていた。中には、詩人の、教師の、大工さんのともしびと思しい、いともつつましやかなのも認められた。しかしまた他方、これらの生きた星々のあいだにまじって、閉ざされた窓々、消えた星々、眠る人々がなんとおびただしく存在することだろう……。
努めなければならないのは、自分を完成することだ。試みなければならないのは、山野のあいだに、ぽつりぽつりと光っているあのともしびたちと、心を通じあうことだ。
***
自分が旅立つにあたって、大切な序文だと思って、コピペじゃなく、書き写してみました。
サン=テグジュペリの「人間の土地」(新潮社、堀口大學訳)
郵便輸送の飛行士、サン=テグジュペリ(1900-1944)のエッセイです。絵本「星の王子さま」の作者でもあり、ジブリの宮崎駿にも多大な影響を与えた人。
序文が、まず、素晴らしい。原文ママで引用しておきます。
***
ぼくら人間について、大地が、万物の書より多くを教える。理由は、大地が人間に抵抗するがためだ。人間というのは、障害物に対して戦う場合に、はじめて実力を発揮するものなのだ。もっとも障害物を征服するには、人間に、道具が必要だ。人間には、鉋(かんな)が必要だったり、鋤(すき)が必要だったりする。農夫は、耕作しているあいだに、いつかすこしずつ自然の秘密を探っている結果になるのだが、こうして引き出されたものであればこそ、はじめてその真実その本然が、世界共通のものたりうるわけだ。これと同じように、定期航空の道具、飛行機が、人間を昔からのあらゆる未解決問題の解決に参加させる結果になる。
ぼくは、アルゼンチンにおける自分の最初の夜間飛行の晩の景観を、いま目のあたりに見る心地がする。それは、星かげのように、平野のそこここに、ともしびばかりが輝く暗夜だった。
あのともしび一つ一つは、見わたすかぎり一面の闇の大海原の中にも、なお人間の心という奇跡が存在することを示していた。あの一軒では、読書したり、思索したり、打明け話をしたり、この一軒では、空間の計測を試みたり、アンドロメダの星雲に関する計算に没頭しているかもしれなかった。また、かしこの家で、人は愛しているかもしれなかった。それぞれの糧を求めて、それらのともしびは、山野のあいだに、ぽつりぽつりと光っていた。中には、詩人の、教師の、大工さんのともしびと思しい、いともつつましやかなのも認められた。しかしまた他方、これらの生きた星々のあいだにまじって、閉ざされた窓々、消えた星々、眠る人々がなんとおびただしく存在することだろう……。
努めなければならないのは、自分を完成することだ。試みなければならないのは、山野のあいだに、ぽつりぽつりと光っているあのともしびたちと、心を通じあうことだ。
***
自分が旅立つにあたって、大切な序文だと思って、コピペじゃなく、書き写してみました。
出身地の岩手県、生まれ育った地域は内陸の盛岡市なのですが、自分のルーツには、三陸(旧三陸町や旧田老町)があります。
東日本大震災後、そうしたルーツに対して「できることをしてゆきたい」という思いが高まり、仕事を休職し、被災地域の生活を見つめてゆこう、東北の未来が進化できることをしてゆこう、と考えています。
今はまだ、何ができるかはわかりません。
けれど、いくつかの被災地へ足を運んで、わかった「確かなこと」はあります。
・そこに、ひとつひとつの、家族の営みがあること
・ひとは、ときには、自分の命を投げ打ってでも、「未来」に何かを託そうとすること
等々
センセーショナルな映像や写真、わかりやすい美談ばかりがクローズアップされていますが、もっと違う、「語るべき事実や歴史、家族の風景etc」があるんじゃないかな。
そういう思いで、このブログを開設してみました。
自分の行動のログとしても、ひとつずつ、少しずつ、アップしてゆければと思っています。そして、このブログをたまたま見た方に、そうした「営み」が伝わりますように、、、と。
****
あとは、自分が、今後のライフワークとしてやっていってみたい「いろり。」プロジェクトっていうのがあって、その構想も、この際、ちょっとずつ深めてゆければとも思っています。
東日本大震災後、そうしたルーツに対して「できることをしてゆきたい」という思いが高まり、仕事を休職し、被災地域の生活を見つめてゆこう、東北の未来が進化できることをしてゆこう、と考えています。
今はまだ、何ができるかはわかりません。
けれど、いくつかの被災地へ足を運んで、わかった「確かなこと」はあります。
・そこに、ひとつひとつの、家族の営みがあること
・ひとは、ときには、自分の命を投げ打ってでも、「未来」に何かを託そうとすること
等々
センセーショナルな映像や写真、わかりやすい美談ばかりがクローズアップされていますが、もっと違う、「語るべき事実や歴史、家族の風景etc」があるんじゃないかな。
そういう思いで、このブログを開設してみました。
自分の行動のログとしても、ひとつずつ、少しずつ、アップしてゆければと思っています。そして、このブログをたまたま見た方に、そうした「営み」が伝わりますように、、、と。
****
あとは、自分が、今後のライフワークとしてやっていってみたい「いろり。」プロジェクトっていうのがあって、その構想も、この際、ちょっとずつ深めてゆければとも思っています。
ちょっといじってみた。
アメブロ⇒ツイッター⇒Fb
って感じで。
これでいいでしょう。
さて、活動のログをゆっくり書いてゆきます
アメブロ⇒ツイッター⇒Fb
って感じで。
これでいいでしょう。
さて、活動のログをゆっくり書いてゆきます
