『汗水を垂らして努力し、勝ち組になろう』という

あたかも正しいかのような、甘美な言葉がある

 

でもあなたは考えたことがあるか?

全員が勝ち組になったら、どうなるのかをだ


ここで義務教育が大学までになり、東京大学しか入学できないと仮定する

そうすると、今まで『自分は東京大学卒』ということで

誇っていた人間は、途端に誇れなくなってしまうのだ

 

全員が『東京大学卒』なのだから

そんなことは当たり前なのである

 

そうして、東京大学の中で

『勝ち組』と『負け組』が作られていくだろう

 

何が言いたいのか

あなたが勝ち組であるためには

絶対に負け組が必要なのである

 

あなたが『俺は勝ち組!』と誇りたいがために

負け組は存在するのだ

 

それなのに、なぜ負け組を見下すのだ?

あなたのために存在してくれているんじゃないか

 

素晴らしい存在である

ありがたい存在である

 

気づきなさい

プラスを認識するために、マイナスは存在することを

マイナスを認識するために、プラスは存在することを

 

あなたはもう『勝ち組』を追いかけなくていい

あなたはもう自分を『負け組』だと思わなくていい

幻想を打ち破りなさい

楽になりなさい

 

それを理解した時、あなたは歓喜の中にいる

 

 

スピリチュアルはよく

『許しなさい』という

 

断言しておく

許したくないのなら、あなたは許さなくていい

 

なぜか。それは

 

その裏には

『許したら、願望が叶うんでしょう?

 救われるんでしょう?』という

隠れた欲求があるからだ

 

『許したい気持ち』があなたの本心からではなく

『許すこと』が方法論になってしまっているからだ


よく言われるのが、これだ

 

●復縁したいのなら、元恋人を許しましょう

●自分を傷つけた相手を許しましょう

●両親を許しましょう

 

そんなこと、出来るか!
大切なあなたを、傷つけた相手を許せるか?

許しても、愛の波動を送り続けても

傷ついたあなたの心に、無理やり蓋をしているようなものだ

それではあなたが可哀そうだ

 

許さなくていい

恨んでいい

憎んでいい

 

10年許さなくたっていいのだ

蓋をするから、あなたは苦しくなる

心の奥底へ押し込んだ怒りが、どんどん増幅していく


恨み続けて、憎み続けて

いつの日か

 

その気持ちを手放せる時がきたら

許したらいいのだ
 

 

 

 

 

スピリチュアルはよく

『怒ってはいけない』という

 

怒りとはネガティブな感情であり、波動が低い、という理由でだ

 

なのであなたは、激怒したい場面があったとしても

この言葉を信じ、怒りをぐっと堪えているのではないか?

 

そんなことはしなくて良い

あなたは怒っていいのだ、泣いていいのだ

 

イライラしても、ムカムカしても良いのだ

(他人を傷つけない範囲で)

 

『怒ってはいけない』なんて、あなたの本心か?

あなたの言葉か?

誰かの受け売りじゃないか?

 

無理に蓋をするな

神を、聖人を、目指さなくていい

怒りを感じているのなら、そのまま感じていいのだ

 

いつか怒りを、あまり感じなくなるかもしれない

その時が来れば、怒りを受け流せばいい