✨イエス様に出会うまでの私の証 - 幼い頃からの不思議な体験と導き
こんにちは。このブログでは、前回に引き続き私がどのようにしてイエス・キリストに出会い、救われるに至ったのかを、証(あかし)として記してみたいと思います。
これまで誰にも話したことのない私の体験や思いがたくさんありますが、まずは頭の中を整理する意味でも、書くことを通して信仰の第一歩を踏み出そうと思います。
🔹家庭と幼少期の環境
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私の家族や親戚は医療関係者が多く、父も医師でした。
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幼い頃、「お医者さんでも病気になるのはなぜ?」という疑問を抱きました。
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家族の愛に包まれて育ち、祖父母や母の温かさを強く感じていました。
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幼稚園の頃、おばあちゃんがご飯(たらこの煮付け)を持ってきてくれた時に、「人は愛で生きてるんだ」と感じた不思議な体験がありました。(温かい愛の塊のようなものをおばあちゃんの笑顔から受け取りました)
🔹幼少期からの霊的な感覚
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幼稚園の時、空を見た瞬間に「誰かと目が合った」ような感覚を体験。
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その直後にクラス名を先生から募集され、「そら」と紙に書いたら実際にクラス名が「そら組」になった。
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それは自分の意志ではなく、何か大きな力に導かれたとしか思えない出来事でした。
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小学校時代にも、人の言葉や行動に対して、心の奥底から反応が湧き上がるような瞬間がたびたびありました。
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誰もいない場所で“人のような温かい存在”を感じたことが何度かありました。
🔹記憶と夢のような霊的ビジョン
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小学2年生の時、国語の漢字を習う授業中に、「この漢字を知っている」と感じた瞬間、雲の上を歩いているような不思議な光景を思い出しました。
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左側には大きなグレーのような暗めの穴をのぞき込む無数の小さい人々、右側には漢字を組み合わせている着物を着た女性達がいるというビジョン。
🔹成長とともに薄れる霊的感覚
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成長するにつれて、そういった感覚や霊的な声を感じることが少なくなっていきました。
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でも、大人になっても時折「温かい光の玉のような感覚」を経験し、それが神の愛のように思える瞬間がありました。
🔹コロナ騒動とワクチンをめぐる葛藤
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カナダに住んでいた頃、コロナ騒動に対して違和感を感じ、さらに日本に帰国後はマスクやワクチンに疑問を持つようになりました。
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コロナワクチンに関するセミナーをたまたま受ける機会がありで「今回のワクチンは今までのものと違い、DNAが書き換えられる」という話を聞き、衝撃を受けました。
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家族にも接種を止めるよう必死で伝え、大きな喧嘩にもなりました。
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ワクチン後の副反応に苦しむ人達(特に海外の若い人達)のニュースの情報に触れ、絶望感を抱きました。
🔹聖書との出会いと心の変化
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セミナー講師(歯科医師の先生)の「聖書を読まないと世界のことがわからないよ」という言葉が心に残り、その後聖書アプリをダウンロードし、音で聖書を聞き始めました。
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夜に聖書を聞いていると、自分に必要な言葉が読まれることがあり、びっくりして飛び起き、スクリーンショットを撮っていました。毎晩のように驚きと慰めを受けていました。
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少しずつ心が落ち着き、神の導きを感じるようになりました。
🔹イエス様との出会いと救い
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YouTubeで偶然見た「バプテスマ(水の洗礼)」の映像に衝撃を受け、次々に関連動画を見ていきました。
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あるコメント欄の中のさらにそのコメントに貼られていたリンクからブログに辿り着き、そこでイエス様の真理に出会い、初めて救われました。
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家族にも誰もクリスチャンはおらず、聖書も持っていなかった私が、神様の恵みによって救いに導かれたのです。
🌟今、心にある思い
私はまだクリスチャンとして歩み出したばかりで、聖書も深く学べていませんが、神様が私を導いてくださっていると確信しています。
今はまず、自分の証を伝えることが、与えられた大切な使命だと思っています。これからも学びを深めて、もっと多くの人と神様の愛を分かち合っていきたいです。
✨まとめ:神の導きを振り返って
| 時期 | 体験 | 神様の導きのしるし |
|---|---|---|
| 幼少期 | 空からの存在の視線、愛の塊のような感覚 | 神の愛と臨在 |
| 小学校 | 友達の喜びに心が震える体験 | 喜ぶ者とともに喜ぶ心(ローマ12:15) |
| 青年期 | ワクチン問題での混乱、絶望 | 真理への渇きと聖書との出会い |
| 最近 | バプテスマの映像とブログとの出会い | 救いの信仰への導き |
📖関連聖書箇所
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ヨハネの黙示録 12:11
「彼らは小羊の血と、自分たちの証の言葉とで彼に打ち勝った。」 -
イザヤ 43:4
「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」 -
イザヤ 30:21
「そのとき、あなたの耳はうしろから、『これが道だ。これに歩め』という言葉を聞く。」 -
マルコ 10:15
「子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに入ることはできません。」
この証が誰かににとって、祝福となるように心からお祈りします。
「あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。」
――詩篇 37:5
