杜甫の「春望」の詩が、心に思い浮かんだ。

「国破れて山河在り

 城春にして草木深し

 時に感じては花にも涙をそそ(さんずいニ賤)ぎ

 別れを恨んでは鳥にも心を驚かす・・・・・」

 

 若山牧水「幾山河」これはgogo(le)ってみた。

幾山河 越えさり行かば 寂しさの終てなむ国ぞ 今日も旅ゆく」


 私は最初「国破れて山河あり・・・」の詩を引用して換骨奪胎したのかと思ったが、幾山河の影響も受けたのかもしれないと思うと面白くなった。むしろ2つのコラボかと考えても悲しみと希望が入り混じるニュアンスの意か。



 モーニング娘。‘14の新曲が出て早、1ヶ月そろそろ歌詞を考察してもいい頃だと思ったので考察してみる。




私はまだね未完成

(?)

遠い過去から君を待つ(過去世から?)

この世で出会えると信じ(現世に於いて再び縁すると)

君を待つ(待つ、待つのか)

恋に破れて山河あり(前出)

はやくここに来ればいい(私の立場まで?)

逃げ出すなんて誰でもできる(逃げる以外の選択肢?)

寂しくて 眠れない そんな日だってあるでしょ(慣用句の様で陳腐に思うかもしれないがそんな日だってあるという事)

悔しくて 泣いたって 良いから(寂しくて→悔しくての対比・韻を踏む、悔しくて→からの泣いたって、むしろ泣いたって←からの悔しくてかもしれない。「良いから」がこの2文を甘受する謳い文句)

時空(とき)を超え 宇宙(そら)を超え 結ばれる頃には

《時←→時空、空←→宇宙の対比、また

 時<時空、空<宇宙の比較、また

 越え<超えの最上級、文字通り超越しているの意

 》

この地球(ほし)は きれいになるかな

《結ばれる頃には←ここで時制が使われる

 星ではなく地球という特定化 きれいを綺麗にしないのはcleanの意味があると思われる。核問題、特に原子力への意識か?


君はどんな顔で歌う

君はどんな声で笑う《これ斜めの倒置 顔で×歌う(顔も声も表情がある)声で×笑う

そこで聞くものに?を与える、一筋縄にしない

つまりこの歌自体が一筋縄ではない斜め上の曲であることをネタバレAnswerとして入れている。》


また次の世でも会えるかな(来世に希望をかけること≒厭世観)

切ないよ(の否定もしくは拒否または消極的肯定?)

遠い未来はわかるのに(このままだと人類はこうなるという科学信奉による悲観論)

明日のことが決められない(だからどうするという具体的な対策が立てられない、実行まで至る事ができない世の中、科学の限界、科学とは分析による真理の追究、その先には価値を求めなければならない、価値とは平和への行動、平和=幸せの追及とならねばならない)


優柔不断とは違う Oh My Heart(そういうことに悩むが答えが出せない、思想の限界、高低浅深)



愛しくて 愛しくて 尊さを感じてる(愛は確かに尊いよ)

瞳を閉じて 君の事 感じる(これはある意味ロマン≒妄想 それを確信に変えるには不断の努力が必要ぞ)

時を超え 宇宙を超え 結ばれる頃には

この地球は きれいになるかな

風の独り言He loves you(He loves you that he needs it の関係代名詞、「that」の省略)

夢のその続きHe needs it(風の独り言、夢のその続きはある意味それぞれの2文の修飾節、これを英語と日本語でやるから上手いね、ソレゾレの言語のニュアンスをうまく使っている)

愛しくて 愛しくて 尊さを感じてる(意味的には風の独り言~を受けて内容的には一歩深くなっている)

目を閉じて 君の事 感じる

時空を超え 宇宙を超え 結ばれる頃には

この地球は きれいになるかな(この節が3つ出てきているので単純には時制を変えて、現在形、現在完了形、仮定法〔未来に起こることを仮定する〕などの意で歌詞の語尾を変えてもいいんですが、基本的にすべて未来形となっているので、すべて仮定法と捉えなおすこともできる、そして未来における仮定法だからそれぞれのニュアンスはその時制に於いてはちょっとずつ未来にずれていってるのかもしれない)


ここで最初の歌詞

「私はまだね未完成」←これが未来もしくは未来世において完成するとの意になる。最初に答えを述べているので、この曲自体が、彼方へ飛んでいくのを防がせている。

これで「超え」も「時空」「宇宙」も何故わざわざその語を使ったがわかり、SFなファンタジーな話になる。

ただこの場合のサイエンスはエセ科学の粋を出ない。





娘。曲はGReeN曲でもなければ生き物係曲でもありません。


なので理解するため構想します。


以上