2012年9月。
両国国技館に立つ1人の大男が夢を掴んだ。
日馬富士。体重133キロ。確かに大きい。常人よりはるかに大きい。でも彼と凌ぎを削る他の力士はおしなべて彼より大きい。
力士相対で決して大きいとは言えないその身に、誰よりも大きな野望を乗せて勇猛果敢に体をぶつけるその姿はどんな巨漢よりも逞しく力強かった。
2012年当時といえば、もとい、今もそうだが、角界の絶対的第一人者には白鵬が君臨していた。
他の追随を許さない圧倒的な強さ。その勢いを誰も止められないと思っていた。
元来判官贔屓な僕はそれ故に、ただ一人白鵬に立ちはだかる日馬富士に夢を見た。
大関として二場所連続優勝。白鵬という巨大な壁を前にして誰もが挑み、阻まれてきた。
そんな中日馬富士は二場所連続全勝優勝の文句のない形で横綱をつかみ取った。
夢のかかった九月場所千秋楽の白鵬との一番は、僕が相撲を見てきた中で今でも最大の大一番だった。
日馬富士が一気に寄る。白鵬か土俵際で耐えて持ち直す。そこから膠着状態。機を伺い隙を探り合う二人。
日馬富士が動く。下手投げを打つ。片足一本で粘る白鵬を最後の力を振り絞って投げ飛ばす。
勝ち名乗りを受けた日馬富士の額につく土が誇り高い勲章のようだった。
その日から日馬富士は僕のヒーローだった。
満身創痍の小さな体を全身全霊で突き動かし重ねた九度の幕内最高優勝。
強い時はとことん強く、弱い時は脆く崩れてしまう。そんなところにも白鵬とは違った人間らしさ、不器用さを感じて好きだった。
日馬富士の強さは土俵上以外にも見られた。
弱きを助け逆風に立ち向かい己を鍛え続ける素朴で真っ直ぐな姿勢は、モンゴル出身ながら誰よりも日本人の心を反映していた。
今日、日馬富士は土俵人生を終えた。
幕引きはあまりにもあっけなく、素朴な彼に似合わない暗雲をまとったものだった。
暴力は絶対悪、肯定する余地は微塵もない。仕方ないものだといえばそれまでだ。
真相はまだ完全に明らかになったわけではないが、きっと日馬富士は彼の信念があって、それがあまりに鋭利にでてしまった結果なのではないかと、少し同情をかけてしまう。ファンだからこその主観が入っているのは否めないが。
不器用な彼なりの伝え方だったと信じたい。
当然連日批判は渦巻いている。それでも、日馬富士に僕が勇気をもらっていた五年間の戦いが変わることはない。
できることなら、力を出し果たして、新時代を明け渡して引退して欲しかった。残念でならない。
日馬富士関。長い間お疲れ様でした。
横綱としてあなたが残したかったメッセージそのものが伝わるこれからの相撲界であってほしい。そう願うばかりです。
さようなら、僕のヒーロー。
日馬富士に乗せて進んできた夢を、また他の誰かが叶えてくれる日を祈念している。