気配りや、気遣いについて書いてある本は非常に多い。

自分が読んだものは、「うまくいってない人は気遣いをしましょう」とか、

「仕事ができる人はこんな人」というような書き方である。

→「その行動をすればうまくいく」、「その行動している人は、うまくいっている」

何故やるのかは分からないけど、うまくいくならやってみよう。この考えもあるが、「うまくいく」からするものなのでしょうか。

 

そうはいっても、自分のために(自己中心的に)考えることが身についてしまっているので、相手のことを考えるって難しいんですよね。

 

なぜうまくいくのか

→周りの人間との関係を良いものにできる

→自分以外の人を良い気持ちにできる

→自分の都合だけではなく、相手の都合も考えて動いて見えるから

→自分だけでなく、相手も得になるように動いているから

→相手が自分勝手で得したい人間でも、相手がこちらのことを考える人間でも、自分のことをよく見てくれる(可能性が高い)

自分が搾取されるのではなく、自分も相手もよくなるならよいですね!

 

純粋に相手に幸せになってほしいから、その行動をしているかもしれないです。

その相手が、自己犠牲精神を求める人間の時と、相互に得することを求める人間の時、自分が幸せになれるのはどちらでしょうか。

逆に、自己犠牲精神で、こちらの得を与えてくるというのはどう感じるでしょうか。

自分の態度で、自己犠牲の精神を求めさせている(ダメ人間を生み出しているかも。)可能性がある。

また、こちらがその精神を求めていると感じさせているかもしれないですね。

 

相互に高めあう関係とはよく言いますが、お互いによいものを得られる関係がいいですね。

 

気遣いというのは結局自分の環境をよくするとか、自分が幸せにしたい相手に対してやるということで、自分にもプラスがあることなんですね。「うまくいくこと」は、わかりやすいプラスなのかなと感じます。

 

Whyは少ないので考えました。 Howは本屋で読んで参考にしましょう。

 

相手のことを見なければできない。状態も、心もよく見る。どちらか片方しか見ないというのは、どちらか片方は無視しているということ。無視して気遣いとは何かな?となりますね

それと過去に話したことや、過去の行動も覚えておくと、相手に対する見方はかなり広いものになる。自分の懐が広くなる可能性も感じますね。

相手を尊重し、大切にしているから覚えていられることは多いと思う。(どうでもいい人間がもしいるなら、その人の情報はほとんど頭に残っていないと思う)

 

すごく読みにくい。すみません。 最後まで読んでいただきありがとうございます。