昨日は朝イチで父の病院付き添い、
昼からは実家で市の高齢者サービスの説明などを担当の方から母と一緒に聞きました。
午後からのサービス説明を聞くにあたって、
いつものように、
母の謎の抵抗を受け、ひともんちゃく。
これまで何度も「こういうのがあるから聞いてみる?」と私や父から話したし、
包括支援センターの方からも説明がありました。
そして、
昨日の訪問は、母からお願いされたので事を進めたのにこれです。
さすがにイラッとしました。
まぁそれでも、
担当の方に失礼な態度等はとらずにいてくれたので、
ホッとしました。
そして、予定していた事が終わったので、
家に帰ろうとしていたところ、母が奥の部屋から箱をひとつ抱えてきました。
「見てごらん、面白いから。」
そこには、私の幼稚園から社会人までのいろんなものが入っていました。
日記帳、学校の成績表、ピアノの先生からの手紙、
ヤマハで作曲を習っていた時に使っていた、いろんな曲を書いた楽譜ノート、
小学校や中学の時のサイン帳(友達同士でプロフィールやメッセージを書きあったルーズリーフタイプのもの)、
大学卒業後の最初の仕事で書いた文章関係、等など。
昔の友達や亡くなった祖母からの手紙もありました。
よくもまあこんなのをとってたねと言うようなものも。
パラパラっと見ました。
もちろん、懐かしかったです。
でも、同時に、
私には重くて、辛くて、苦しくて、
見るのをやめました。
どうしても、その頃描いていた「大人になった自分」を思い出し、今の自分は全くかけ離れていることが心苦しくて
夢や目標が大きすぎたのかもしれませんが、
当時の私は両親から常にたたきこまれていたパワーワード「頑張ればできる」を心底信じていたので、
これからの人生、頑張れば自分のやりたい事や思うような人生が描ける
と思い込んでいました
でも、そんなに人生甘くないし、
そもそも私は器用にできるタイプではない。
おかれた環境の制約だってあるし、
それを越えてまで頑張る勇気が私には無い。
またネガティブモードがONになり、
ごめんね、思い描いていたような立派な大人になれてなくて。
と、箱の中からあふれ出てくる昔の自分に謝りました。
もうこんな思いはしたくなくて、
自宅にある昔の写真などは全部捨てたのに。。
横から母が
「いろいろ頑張ってたね〜!」
と嬉しそうに言ってくるので、
悪魔の私、イラッとして、
「昔の自分に申し訳ないわ。今の自分が。」
と、つい口に出してしまいました。
すると、母もスイッチ入ったのか(笑)、
「またそんなことを言う。頑張りが足りないのよ。まだ今から頑張って、ちゃんと収入得られるように仕事したらいいのよ。やる前からできないできないって、甘えてるのよ。努力が足りないだけ!」
と。
それまでしんどそうにしていた母が、
急にシャキッとして(笑)声に張りが出てきて、
昔の教育ママモードに
甘えてるのはわかってる。
努力が足りないのもわかってる。
でも、今はこれまでのように、なぜか、それを乗り越えようとする勇気やパワーがどうしても出てこない。
自分でも焦る気持ちは毎日毎日あるけど、
どうしようもなくて
両親の期待には永遠にこたえられないなと思いながら、箱の中のものは全ていらないので、自由にしてとお願いし、実家を後にしました。
久しぶりに横っ面にパンチをくらったような気分ではあるけれど、
今はそれどころではないので(笑)、
この体調の悪さに感謝です
手術が全部終わって、
副鼻腔炎がもしも一旦完治したら、
勇気やパワーが出るかな?(笑)
そうなるといいなぁ