最近ずっと考え続けていることは、「人は何のために生まれてくるのか」ということ。
友達、先輩、上司と飲みに行き馬鹿話。その後のカラオケ。月一度程度のバスケ、草野球、ゴルフ。女の子とデート。喫茶店で読書。流行の音楽を聴く。
そして週5の仕事。それなりには楽しい生活だ。仕事も少しずつではあるが認められるようになってきた。
では、何のために生きているのか。
それなりの大学を出て、それなりの会社に就職。それが人生と言われればそれまでだが、自分の中では生きている理由に帯する明確な理由がまだない。自殺などは全く考えていないので御心配なく。
仕事の目的はと言われれば、「お金を稼ぐため」「人の役にたつため」というところか。「人に認められたい」「存在価値が欲しい」これも当てはまる。一番嬉しいのはやはり「助かった」と言われた時か。生きる目的を満たすために仕事しているというのはある程度納得がいく。このことは幸せなことだと思う。
ただ、なぜ生きないといけないかと問われれば答えは難しい。
死んだら悲しむ人がいるから。理由として腹に落ちる答えではない。まだ自分の中で答えは出てこない。
時は明治時代。国民の独立が日本国の独立に繋がるとの考えで、福沢諭吉は「学問のすすめ」を著作。江戸幕府以前もそうだが、日本人は統治者が変われども暮らしはほとんど変わらなかった。だから自分の処遇を左右する目上の人間に対しては逆らえなかった。そんな人が大半だった。そんな状況下、学問のすすめは国民の精神を独立させるために学問の啓蒙書として書かれた本だ。
今の日本も状況は変わらない。政権が変わろうが自分には関係ない。いや関係性がわからない。だから選挙の投票率も6割に満たない。そもそも選挙で選ばれた人間が民意の反映された結果ではない。
というか政治って何やってんの?というレベル。そんな国でいいのか。答えは否。でも自分もそんな国民とさほどレベルは変わらない。安倍さんの本当にやりたいことは見えてこない。想像の域を出ない。
結局は自分にできることは知識と経験を身につけることくらいか。
たまに不安になったときに自分の心の棚卸しとして、このブログを続けていきたい。
