自分の為だけにかくので、読んでくださる方がいたらごめんなさい。

とかいいながら、語り掛ける口調になるかもしれない。独り言なのに、頭の中ではだれかに相談を持ち掛けているような、いいえ、もう一人の自分、いやいや何人もの自分と会議をしているような、そんな日記になるのかもしれない。

子供のころから日記を書くのがすきで、何十年もつづけてきたけれど、ソーシャルメディアの発達とともになぜか逆に日記が続けられなくなってしまった。それはおそらく、見られる日記を好まなかったからだ。読まれることをつい意識して、なんどもバックスペースを押すことに嫌気がさしたからだ。だから、今回は、文をいちいち推敲することなどせず、どんどんキーボードを押していこう。昔々、消しゴムを一切使わずに日記を書いていたあの時代と同じ感覚でブログを書いていけたらと思う。

 

承認欲求は低いのだろうか。たぶんかなり高い。隠している。

学生時代は目立つタイプだった。学級委員長タイプ、学年リレーは毎年代表選手、文武両道で美人でもてる。いわゆるマドンナタイプだ。男性は振り向き、女性はうわぁ!びっくりした!キレイ!と声をかけてくれた。もちろん今は違う。腹の出た、同級生とすれ違っても気づかれないであろう老眼メガネのおばさんだ。若いうちにうんざりするほど目立ってしまった場合、デメリットが多いと感じた場合、おばさんはどんどんおとなしくなっていく。特別扱いをする教師や上司を拒めば、可愛さ余って憎さ100倍の仕打ち。ただ何もせず、周りの男子が騒ぐだけなのに、あいつは男好きだと知らない女子に噂される始末。それ以外のデメリットがあったのかどうか自分ではよく判断できないが、メリットがあったかどうかといえば、なかったとはっきり言える。せっかくの美貌も利用することなく、美人だからと優しくされると相手を怪しみ離れた。今の旦那は育った家庭の影響で、華やかな外面の良い女性を好まない。髪を明るく染めて、ネイルアートを施した女性を見ると、「あんなのでは料理できない。無駄遣い。」と冷めた目で見る。そんな旦那と結婚したくらいだ、旦那の好み通り、出会った頃の私は黒髪のショートにメガネ。(それでもモテた。都会を歩けば男性にお茶でもと声をかけられる。われながらやるな。)それから、知性は今の世どこでどう発揮する?1億総作家時代といわれるようになって久しく、最近はちょっと凝った文章など簡単にチャットGDPが作成してくれる。

 

才色兼備も今は昔。

つまらない。

 

本当は、戻りたい。無駄にしてしまった美しさや賢さを、取り戻したい。

ポテンシャル高めのおばさんだと思う。48歳。初老、とよばれるあと何年かの間にもう一花だけ、咲かせたくなった。

現実は無視してもよい、私はそろそろ、もう1度だけ、青春を取り戻したい。