2011年3月11日に起こったこと。
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【 は じ め に 】

このブログは、【 は じ め に 】【覚え書き】と、“時系列に並ぶ記事”の、3つに分けられています。

【 は じ め に 】【覚え書き】は、冒頭の1番目2番目に、あります。

“時系列に並ぶ記事”は、つねに追加修正されています。

訪問してくださった方は、ブログ全体を見渡していただけると幸いです。

【覚え書き 震災時に必要と感じた、いろいろ】

思いつくままに、書き足していきます。あくまで、私個人の考えです。

『乾電池式ラジオ』
短波があれば、なお可だろうが、AM・FM(NHK地上波も入る)受信ができれば充分。より正しい情報は、重要だ。懐中電灯やサイレンと、一体になっているものもあるが、それよりも防水型を優先したほうが良いと思う。

『防水式懐中電灯』
濡れたら使えない、では困る。乾電池の型に合わせ、それぞれ最低1つ以上は欲しい。ランタンになるタイプも、あると便利。

ホイッスル
もしものときに、自分の存在位置を知らせるのに必要。救出してもらうため。百円ショップので充分。常に首から提げておくのは難しい(防犯にも役立つだろう)が、せめて、ラジオと懐中電灯には、つけておきたい。

『乾電池』
エネループ@サンヨーや、エボルタ@パナソニックなどの充電式は、通常時ならともかく、停電時では役に立たない。単三型だけを多数用意して、単一・単二へのアダプターで対応するという手もある。

『携帯電話の充電機器』
通信手段の確保は重要だ。乾電池式、シガーソケット式、USBケーブル式など、あらゆるタイプを揃えておきたい。

『太陽光発電式の電源』
備え付けタイプよりは、持ち運べるタイプ。蓄電池付きなら、なおよいだろう。携帯電話が充電できることが、最低条件。

DC/ACインバーター
DC(直流)12Vを、AC(交流)100Vに変換する装置。車のシガーソケットに挿して使う。我が家のは、定格出力130W、最大出力150W(30分間)、瞬間最大出力300W、という規格である。携帯電話の充電や、ちょっとしたライトを点灯したり、FAX電話を使うには充分だが、40型液晶テレビやパソコンには、源力不足だ。NTT回線(光ファイバー)が復活したときは、回線と無線LANルーターに電源を供給し、同じく充電しておいたノートパソコンで、インターネットに繋いだ。

『AC電源が不必要な電話機』
オフィスなんかにある、もっとも単純なプッシュホンでよい。NTT回線が復活しても、停電なので電話が使えないという状況は、よくある。こういうときは、このタイプの電話機が有用だ。日常は使わずに、非常時のみ利用するとしても、一家に1台あったほうがいい。

『省電力のテレビ』
せめて車から電源を引っ張ってきても問題なく動く必要がある。
ワンゼグのみで充分。携帯電話のテレビは、携帯電話自体が重要な通信手段なので、あまり利用したくない。

『カセットコンロ&ボンベ』
震災当日から、屋外で焚き火やバーベキューをして、食料を調理している人たちがいたが、個人的意見では、これは市街地では論外である。どこでガス漏れしているかわからないからだ。調理器具としては、小さい圧力鍋があると、短時間で米が炊けるので、ガスの節約に役に立つ。あとは、フライパンと片手鍋とやかんが1つづつあれば、充分だ。

『加熱食品製品(包装後加熱)または(加熱後包装)』
ソーセージ、ハム、ベーコン、ミートボールなど。つまり、そのまま調理なしで食べられる食品で、基本は蛋白質が摂取できる。栄養価が高いし、日持ちもする。とはいえ、缶詰とは違い、さすがに何年間ももたないから、大量に買い込んでしまうと、賞味期限近くになって右往左往するかもしれないから、購入時期、使用期限を上手に考えたい。

『虫眼鏡』
これはかねてから、100円ショップなどでも数個買って携帯している。もちろん、火を起こすためである。本物のサバイバル生活になったら、火が必要だ。虫眼鏡は、もっとも簡単な、着火道具だ。

『無洗米』
磨がなくてよい。水が貴重な段階で、これは重要。磨ぎ水はヌカがあって、これ自体、自然に良くないのだ。

『ラップ』
食器が洗えないときに、これを敷いて使う。洗い物が面倒くさい大学生のための知恵、じゃなくて、これは水無し生活の必需品だ。

【2011年5月6日 金曜日】被災57日目 東北自動車道


出張で、福島県に行ったのだが。
こんなにダウンダウンと波打つ東北道で、よくもみんな、行き来しているな……。車載CDが飛ぶぞ……。
業務以外で、しっかりした意思を持って来る人じゃなければ、物見遊山では、来ないほうがいい。たどり着くだけで、滅入ると思う。

【2011年5月1日 日曜日】被災52日目 ゴールデンウィーク


例年よりも、他県ナンバーが目立つような気がする。
ボランティアに来てくださっている人、観光に来てくれている人、物見遊山な人、いろいろだろう。
おおむね、歓迎なのだが、交通ルール無視の車線割り込みとか、ノロノロ運転とかは、止めましょう。
まぁこれは、自分が見知らぬ土地で運転するときも、気をつけなきゃいけないことだけど。

【2011年4月27日 水曜日】被災48日目 サマータイム


くだらない欧米かぶれの、クソ議員やクソ学者や、あまつさえテレビの賑やかしにしかすぎないようなモウロクジジイたちにより、日本のサマータイム導入がまた、まことしやかに語られ、現実味を帯びてきてしまった。
これに対し、枝野官房長官は、「各々の企業努力で対応してほしい、国家としては導入は慎重な立場だ」と、会見で語った。
お~枝野、常識を持ってるじゃん。

サマータイムなんて、日本においては、な~んの役にも立たない。断言する!

まず、5月だか6月だかに、時計の針を1時間前に動かして、11月くらいにまた1時間後ろに動かすと、どうなるか?一年に2回も、時刻を設定しなおすなんて、このコンピューター文明の日本では、絶対にトラブル多発だ。銀行なんて、たかが計画停電くらいで失敗して、頭取の首が飛んでるじゃん。
そうじゃなくてもトラブルだらけの被災地には、こんなことをやるくらいないら、もっとたくさんのするべき優先事項があるだろ!東日本対応の電波時計用シグナルでさえ、福島原発のせいで、止っちゃう国なんだぞ。

それから、朝早く出勤しても、終業時刻は大して変らないと思う。つまり残業が1時間、ほぼ自動的に増える。さらに、冷房時間は単純に1時間増すことになる。朝9時仕事はじめが、朝8時になったからといって、冷房を1時間しないでね~なんて言ったりしたら、みんなストライキだよ。つまり、企業側としては経費が増すだけで、メリットはないのである。

最も可哀想なのは、子供だ。突然「早く起きなさ~い!今日から1時間早く学校が始まるのよ~!」と言われ、渋々登校の用意をして、半年後にまた「まだ寝てなさい~」と言われる。間違いなく、時刻の切り替え前後で、子供たちの生体時計は、狂う。
そもそも、夏至の頃は19時くらいまで明るかった今までの時間認識が、サマータイム導入のせいで20時まで明るいことになるのだ。もしかしたら、夕飯食べてお風呂に入って宿題を終わらせても、まだ外が明るいかもしれない。日本の子供たちは、こんな環境では、恐らく寝ない。北欧の子供とは、DNAが違うのだ。

なんかダメじゃん!
こんなこと、国とか地方とかの、行政の政策ではないよ。
やるなら、企業単位、個人単位だ。それなら失敗だと自覚した時点で、止めればいいだけだからね。
法律や条令で、縛るものでは、断じてないぞ。

【2011年4月26日 火曜日】被災47日目 栄養不足


特に多人数の避難所では、未だ、一日2食、かつ成人通常カロリー摂取量の約75%の、およそ1500キロカロリーなんだそうだ。
そして、蛋白質とビタミン類が足りないのだという。お握りとカップ麺が主食だから、だろうか。

72時間生き抜けば、救援物資が揃い、その後は順序良く元の生活に向かって進んでいく。
そんなのは、まるでウソだった。
結局は、自衛、なんだろうか。

【2011年4月24日 日曜日】被災45日目 多賀城市、塩釜市、仙台新港


先祖の墓を、まだ見に行っていなかった。
震災直後から気になっていたのだが、津波被害の真っ只中を通過する必要があること、ガソリンがないこと、お寺が山ノ上にあるので墓石が倒れていたとしても津波でさらわれてはいないこと、などなどで、後送りにしていた。
今日、行ってみることにした。

$2011年3月11日に起こったこと。-waka_20110424-01
多賀城市内。車が凄い格好で、引っかかっていた。

$2011年3月11日に起こったこと。-waka_20110424-02
植え込みにゴミが付着していて、フェンスは倒れ掛かっている。常緑樹は塩に弱いのか、軒並み枯れてしまっている。

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しかし、ちょっと高い場所だと、津波被害はない。見た目は何ら問題なかったように見える。もちろん地震そのものの被災はあり、ライフライン寸断の不自由もあったのだが。津波というのは、本当に恐ろしい。

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塩釜市内。
まだ、船が道沿いに、打ち上げられたままになっている。もう、ひと月半も経っているのに。
駅前も津波で洗われていて、1階部分には、戸板が打ちつけられている店が多い。
塩釜港付近も、建物の1階辺りはみんな、やられてしまっている。馴染みの寿司屋のオヤジさんやおかみさんは、元気だろうか?

帰りは、仙台新港を経由した。
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信号機が、へし曲げられていた。
倉庫に突っ込んだままのトラック、立ち木に積み重なるようにして引っかかっている乗用車が、手付かずになっていた。

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仙台臨海鉄道。本当に復旧できるのだろうか。

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アウトレットモールの観覧車が、夕景に黒く、浮き上がっていた。

【2011年4月24日 日曜日】被災45日目 竜巻


アメリカで、竜巻が大発生していて、死者も多数出ている。
地上のあらゆるものを、根こそぎさらってしまう。
津波に、似ているんだと、初めて思った。

【2011年4月23日 土曜日】被災44日目 L字情報画面


いま、被災地のここは、どの局も、テレビ画面の上下左右のどこかに、震災に関わる情報が表示されている。
被災後より、ずっとだ。
よくわからないのだが、非被災地のテレビは、こういう表示になっているのだろうか?それともこれは、被災地だけのものなのだろうか?

【2011年4月22日 金曜日】被災43日目 余震


しつこい余震。
もうやめてくれ、と、本気で祈る。

座るたび、寝転ぶたびに、身体が揺れる。地鳴りが聞こえる気がする。
何秒か経って、それが心臓の鼓動だったり、風の音だったりと、判明する。
でも、そんな感じの全体の、何割かは、地震である。

眠れない。眠りが浅い。いつもビクビクしている気がする。
自分が、こんなにナイーブでデリケートだったんだと、いままで生きてきて初めて知った。
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