東日本大震災について。
悲しみ、喜びは距離に比例する。
被災された方の思いは相当のものだろう。
被災地に知人がいると、安否が心配で眠れなかっただろう。
被災地に行ったことがある人は、胸をいためるだろう。
日本に住んでいる人は、自分じゃなくてよかったと心のどこかで思うだろう。
日本に関わりがある人は、心配するだろう。
海外のニュースを見ない人は、周りの会話で初めて知るのだろう。
貧しく、情報が隔離されてる国の人は、存在自体知らないだろう。
名古屋に住んでいて、実際そう感じた。
街頭で募金活動等はしていたが、涙を流してどうしようもないくらい不安で押しつぶされそうな人はいなかった。
テレビの内容が変更になって、文句を言う人もいた。
自粛、自粛、とニュースでは言っていたが、そんな雰囲気は感じれなかった。
関西に引っ越してみると、地震の話題なんてなかった。
もちろん時間も関係するとは思うが。
それでいいのだろうか。
それならば、どこまで心配すればいいのだろう?
涙を流せばいいのだろう?
アフリカの子供に対して、常に心の中で思っている人はそうそういないだろう。
何キロ何メートル何センチ何ミリの距離に涙をながすのだろう。
今のわたしは疑問に思ったけど、心の中でもやもやしていて、言葉にできなくて、結論をだすことができなかった。