私が夫の浮気に気がついたのは
子どもが財布から避妊具を見つけたから。
相手の人はすぐわかった。
夫のがわざわざ会わせてくれたから。
「彼女とは浮気してないからな!」と。
バカな私はそれを信じた。
ただ、あまりに彼女がよくでてくる。
有給なんて結婚式と私の出産の時にしかとったことがなかったのに、いきなり取り、彼女と用事をしに行った。
言わないと怪しまれるから、と。
「でも変だ」と伝えたら
誕生日プレゼントとしてその日渡したランニングシューズで30分殴られた。
「俺の言うことが信じられないなんて最低の嫁だ!」と。
子どもがいるから、離婚をすぐに考えられなかった。
私が子どもたちばかり見ていたのが悪かったのだとかなり反省した。
帰りが夜中になっても、毎日待って
朝、弁当を作って送り出した。
日中、今までのこと、今後のことを考えてばかりで塞ぎ込むから、パートを始めた。
久しぶりのパート楽しかった。
それまでは育児に必死だった。
専業主婦だから
家事を全然手伝ってもらわなかった。
むしろ、それで仕方ないと思っていて
働いてくれてるのだから、と思っていた。
でも、「働かないくせに」と言われ、
パートを探した。
それまで私が働かなかったのは
子どもたちの育児をしながら、家事をして
これに仕事をしたら自分のキャパオーバーになるとわかっていたからだった。
惣菜はマズイと言われたし
弁当はあるとありがたいと言われたし
部屋は片付けろ(子どもが散らかしたものでも)
と言われ、
私は家にいるのにダメだなと思っていた。
働いて、
仕事でミスしても、普通の口調で注意され
「次は気をつけて」と言われることにびっくりした。
怒鳴られない。
そうだ、これが普通だわ、と思った。
そして、ある時
夫に散々殴られた。
離婚したいのに子どものことを考えたらできない、離婚したい、彼女が好きだと。
私も気が強いから色々言い返した。
下の子を抱っこしていた。
殴られて、
首を絞められた。
フッと気がついたことで
気絶してたことに気がついた。
慌てて子どもと、違う部屋に逃げた。
翌日から別居した。
ケーキを買って帰ってきたが、
「悪いけど、それで済む話ではない」と断った。
「俺が買ってきたものが食べられないのか」と怒られたが、
そりゃそうだろ、と思った。
そのまま実家に帰ってもらった。
別居は振り返ると、自由で楽しかった。
ただ、「なんでお父さんいないの?」と子どもに聞かれるのが辛かった。
子どもたちのためには帰ってきてもらったほうがいい、私は嫌だ
この狭間で揺れていた。
週末だけ、子どもは会っていた。
時に平日の夜、向こうの都合で、いきなりインターホンをならされた。
そうなると子どもがでて、「お父さん!」と騒ぐから、玄関を開けることになった。
なのに。あとから
「いつきても片付いていない家」と言われた。
幼稚園と低学年の子どもがいて、パートして
いつも綺麗な部屋には私はできない。
「それなら事前に連絡してからきて」というと
それは面倒だから無理だと言われた。
お正月を挟み、再同居した。
親には早いと心配された。
夫は病んでいた。
彼女に振られたらしい。
彼女には新しく彼氏ができた。
それは夫も知っている人だった。
私に毎日「お前と別れておけばよかった。彼女と別れたくなかった。俺はダメな父親だ」とラインが来て、
私はそれに「あなたは子どもたちにはいい父親だ」とか言って励ましていた。
別れたい、離婚したいと言われ続けたが、
子どもたちのためにやり直そう、と言い続けた。
ただ、私も疲れていた。
円形脱毛症になり、味覚がなくなった。
ご飯を作ること、食べることが好きなわたしにはかなり堪えた。
そんなある日
「こんなにひどいことをしたのに、支えてくれる人が近くにいたのに、気がつかなかった自分は馬鹿だ」という内容のラインがきた。
小説なら感動の場面だろう。
10年近く一緒にいて、
私は彼に至らぬ点をたくさん許してもらってきたと思っていた。
向こうの「うーん?」というところも、好きだから、いいところもあるから、と流してきたことはたくさんある。
夫婦とはそんな関係だと思っていた。
この人はそういう風には考えてなかったのかな?と思った。
それでもまだ、彼女と別れた後悔、未練の連絡がくる。
「私とやり直したいなら、聞くのは辛い」と伝えた。
でも、毎日そのような内容で連絡が来る。
限界だった。
この人がこの先も変わらないなら、私はどうしたいか、考えた。
「彼女によりを戻してほしいと頼んであげようか」と言った。
夫は喜んで、自分でよりを戻してほしいと彼女に頼んだらしい。
そしてら断られた。
断られたから、私と本気でやり直したいと言ってきた。
そして、その決意として自分のSNSから彼女に文句を言ったらしい。私の名前を使って「旦那のアカウントから送ります」と言い、既婚者に手を出すな、家庭をめちゃくちゃにして、などと言ったそうだ。
私が散々彼女を訴えると言っても、ダメだと言い続けていたのに、
私の名前を使ってそんなことするとは。
それなら私が自分の責任で言うわ、と言った。
卑怯だなあ、この人と思った。
私はもうやり直す気はなかった。
離婚の決意は今までの結婚生活で、一度も考えたことがないことを考えてしまったことだった。
「なんでこの人のパンツ洗ってるんだろう」
散々殴られ、
私はたくさん欠点はあるが、
散々色々言われて
彼女への未練も聞いた。
ここまでは
私が子どもたちにばかり構って
夫への感謝や尊敬の気持ちをあらわしてなかったことの罰、
ある意味仕方ない
自分の責任だと思っていた。
これくらい傷つけたのだと。
(今考えるとやりすぎと思うが)
ただ、
私の名前を使って、相手に文句を言ったことが許せなかった。
いや、これが我慢の限界だったのかもしれない。
今でもわからない。
病んでいる人を支えないなんて、
冷たい人間だなと自分でも思ったが、
理由が理由なだけに、私ももう限界だった。