皆様、こんばんは🌃✨
いつも拙い私のブログをお読みくださり、まことにありがとうございます(*^-^)
最近は梅雨なのか?夏なのか?はっきりしない天候ですが、皆様、いかがお過ごしでしょうか?
今日は、ふと、考えることがありました。
私は、今は違いますが、以前は、行動も言動も、主に自分の経験値を基にして、正しいか?正しくないか?で、判断しているばかりで、
いわゆる判断しないグレーゾーン的な思考もなく、
心が落ち着かない日々を過ごしながらも、顔には出さずに、悶々と過ごしていた時がありました…
でも、自分も他人も同じ人なのだから、あえて白黒つける必要はないのかな?と最近は考えられるようにもなりましたね…
いい歳のオッサンが、恥ずかしくも、いうべき言葉ではありませんが、
人は、自分も他人も、自分の考える、こうであらねばならぬという観念にしばられ過ぎるから、そうなっているだけのことです。
もっと、簡単に言えば、自分がこういう状況であったら良かったのに…という自分の期待への心のとらわれ、つまり、自分への執着=我執なのです。
それこそがとらわれの心、つまり執着です。
もちろん、人間としての、他者への思いやり、親切な心や想いは、人として大事ですし、尊いことです。
バランスの問題ですが、人は、自分の価値判断軸に、とらわれ過ぎて、自分も他人もがんじがらめにしているのは、本末転倒なのかな?と、今は思えます。
自分の考え(=こうありたい、こうであらねばならぬという執着=我執)にとらわれるのは、やめてみたりすることがあれば、日々の心が軽くなるかもしれません。
ありのままを、ありのまま受け入れて、自分が、今、できる最善=ベストなことはなんだろうか?と思えるようになれば、執着から離れられます。
私は、以前にもお話ししましたが、古来からの仏教徒です。
御釈迦様は、以下のように2500年以上前に仰せです。
「人間の考え(そろばん勘定)と仏(天)の考え(そろばん勘定)は反対である」と…
「それに気づけないことが、自分を苦しめているのだよ…」と…
時間のある時に、自分の今までのあるべき、つまり、べき(=こうであらねばならない=こうあるべきの固まり)思考を考え直してみてはいかがでしょうか?
そこから見えてくる、開けてくる人生があるかもしれません😊
あえて科学的な申しようで表現するならば、(私なりに、勝手ながらですが、)量子学的に、観測すべきポイント(重点)を、いつも外しているに他ならないのです。
だから、正しい思考(想い)が現実化されないのです。
→よくわからなければ、ご自分なりに考えてみるのも、大事なことと思います😌(→なにそれ?なら、ごめんなさい(^-^;)
私は、いつも直感的に想いが浮かんだ時に、ブログを書くようにしています。
御了承くださいね(^^)
今日も長々とお付き合いくださり、ありがとうございます(*^-^)
また、このブログでお会いしましょう!
いつも、読者の皆様の幸せを願っております(^^)


