昨日は上弦のお月さまでやんした

苦手な人がいる
その人の何が苦手かは ねちねちつらつらと詳細は書かないが
その人の言動行動に「イラ」っとするたび
やだなぁ アタシ こんな小っさいことでイライラして...
って 「イラ」を消化できぬまま 落ち込むのだ
そうとても 小さいことなのだ
しかも 「くだらない」って鼻息で吹き飛ばせないところが また腹立たしい
っていうか 吹き飛ばせず腹立たしがってる自分に落ち込むのだ
もしも この落ち込みまで計算してやってるのなら...ゾクっとする
んでそういう印象が染み込んじゃってるから
何かある度に 裏を勝手に読んだりして
なかなかの速度で ネガティブな想像が 頭の中で広がる
防衛のはずが その想像にげんなりする
結局なんでその人が苦手なのか
それは アタシが嫌いな アタシの一面を思い知るから
『小さいことを気にしたくない』のだ
「あの人ならそういうことやりかねない」って思って想像することは
結局 『アタシのアイディア』であって 『アタシの一面』なのだ
その一面に遭遇する可能性が高いから その人に苦手意識を持つ
『同族嫌悪』
というより 自分の嫌悪をその人に 勝手に押し付けてるのかもな
なんとも 身勝手な話
(でも なんの根拠もなく押し付けはしないから それはそれで...ね)溜息出たり 納得いかなかったり ものすごくモヤモヤする
明らかな原因が見つけられないから モヤモヤが続く
その原因を見つけようと いろいろ理由づけをする
これ 『好き』な時でも当てはまる
この気持ちの落ち着かなさは 何なんだろうって いろいろ考えて
「あぁアタシ この人が好きなんだ!」って
同じ勝手な理由づけなのに お題が『好き』と『嫌い』では
こんなにテンションに差が出るのね
好きや嫌いには たぶん理由はない
脳の扁桃体の中で「はい好きー」「これ嫌ーい」
ってただただそう感じてるからっていう 単純な話
でも もっとややこしい部分が 扁桃体をくるんでるから
そういう単純な話で処理させてくれない
ややこしい部分が外側で 理由や言い訳を探す
アタシのややこしい部分は 分厚くがっちりと 単純ちゃんをくるんでる
真ん中の単純な部分が『本当の自分』ってやつなのかもしれないけど
わざわざ熟考しちゃうほうが アタシらしい
ややこしい部分のほうが アタシらしい
『らしい』でいいのよ
試験やクイズじゃないなら
『らしい』でじゅうぶん!
思いは思いのままで
苦手は苦手のままで いいんじゃな~い
って ケミストリーも歌ってたしね (歌ってない)