崩壊の檻と疱れた羽根

崩壊の檻と疱れた羽根

ブログの説明を入力します。

Amebaでブログを始めよう!




顔も名前も知らない友人を嘲る人がいる。

上辺だけだ。くだらない。馴れ合いなんて気持ち悪い。と。



何故気付かないのだろうか。

顔も名前も知ってる友人も、それと同じようなものであるということに。




情報量は自信に繋がるだろう。
その人をより知っていることがさらに確信へと近付けさせる。

けれど分かるだろ?

いくら近付いても近付いても、結局確信を掴むことは叶わない。

何故って、友人も所詮は他人だからさ。



分かっても解っても判らないことがある。
知っても触れても見えない部分がある。


他人なんだから当たり前じゃないか。






目を閉じて。

あなたの大切な人を思い出して思い浮かべて。


「自分とその人は上辺だけの関係ではない」と言い切れるかい?

言い切れるのなら、何故言い切れるんだい?


だって相手はあなたを何とも思ってないかもしれないじゃないか。

友人の振りをしながら、陰ではあなたの悪口を言っているかもしれないよ。
友人の振りをしながら、内心はあなたを煙たがっているかもしれないよ。

それを否定できるだけの根拠はあるのかな?




無いよ。


だって感情は形にならないし、心は目に見えないから。




じゃあ、どうだろう。今度は。


あなたが「上辺だけだ」と嘲笑ったそれが、「上辺だけじゃなかった」としたら。

もちろんそれを肯定する根拠は無い。同時に。否定できる根拠も無いんだよ。


それでどうだ。

あなたが「上辺だけじゃない」と信じていたそれが、「上辺だけだった」としたら。



あなたは何を過信していたのだろうね。何て惨めでくだらない勘違いをしていたのだろうね。



相手の心に触れなければね、相手を知っていることにはならないんだよ。
逆に、相手の心にさえ触れていればね、相手の顔や名前、声、性別……そんな些細な情報なんか無くたって、その相手を知っていることになるんだよ。



見えない、触れない、わからない部分に触れて、互いの言葉を交わして、そこで初めて始まるんだろ。




……まぁ、それでも上辺だけの場合はあるけどな。


あー、あのね。結局何が言いたいかって、

他人の友情に口出してないでさ、ひねくれた言葉ばかり吐き出す自分の周りを見渡してみたら?って話。

分かりやすく一言で纏めます。




「あなたの友人は本当にあなたを友人だと思っているのかな?(笑)」