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アラサー再受験生医大生のブログ

公務員→地方国立医学部生です。日々の雑感を中心に書いていきたいと思います。

今回は、極めて個人的な見解から医学部入試における年齢差別を是認する理由について話します。

これから述べることはたった一つの大学の医学部(年齢差別に対してはかなり寛容で、毎年一般入試で結構な再受験生が入学してくる大学)のみを観察した、一個人の意見、という前提で読んでもらえればと思います。

 

医学部に再受験生・多浪生が入り、医師になるということは良い側面がある(と思われる)一方、

 

①成績不振(多浪生、高齢再受験生)→知識・技能面で不足のある医師

②個人の社会的安定(成功)や経済的安定のみを求める利己的な医師

 

の存在が多くなってしまう懸念があります。

 

①については特段の説明の必要はないでしょう。多浪生や高齢再受験生は概して成績が良いとは思えません。どんなに人間的に素晴らしく、患者さんに対してheartfulな医師であったとしても、やはり基本的な知識や技能面で問題のある医師というのは問題であり、学生時代の成績が不振であるということは、そのような医師になりうる傾向が強いのではないか、と思うのです。覚えてなければならない知識が覚えられない、思考力や理解力がない、というのは医師にとって致命的な欠点になりうる気がします。

 

 

②については、再受験生に強く見られる傾向だと思います。一度社会人を経験してからわざわざ医学部に入り直す理由は様々ですが、

 

医師がもつ社会経済的地位に対する魅力

 

を強く求めて、あるいはその魅力のみを求めて医学部に入学する再受験生が多いような気がします。もちろん、そのような魅力を求めて医師を目指すのが一概に悪いとは言いませんし、別に再受験生でなくとも多くの学生がそのような魅力を求めて医師を目指しているのも承知しています。ただ、そのような魅力が医師の志望理由のメインになっている再受験生は概して個人の幸福のみを追求する傾向が強くなると思います。

 

そして、そのような人間が医師になった場合、医師として働ける年数が短いという損失を凌駕するほどの高いパフォーマンスを発揮するとは思い難いです。

 そうであるならば、多少利己的であっても長く働ける若い人を入学させる方が合理的です。

 

 

そもそも、社会経済学的な視点で見れば、再受験生というのは極めて特殊な存在です。ここからは自戒を込めて書きますが、

 

本来は働いて生産活動に従事し、税金を納め、子供を産み育てるという事を通じて社会に貢献しているはずの年齢層の人間が、生産活動に従事せず、同年代の人間が納めた税金の支援を受けながら、若い人たちを押しのけて6年間も学んでいる。

 

という事実に対する自覚を持った再受験生がどれほどいるのでしょうか。(どうも多くないような気がします。)

「働いて税金を納めなくちゃいけないとか、子供を産み育てなくちゃいけないとか、そんなの他人にとやかく言われたくない。自分の人生なんだから、自分の勝手でしょ」

というようなパブリックマインドが欠如しているような人間が、他の職業以上に自己犠牲を求められる(とされる)医師になるのは、いかがなものかと思います。

 

確かに、「働いて税金を納めること」や「子供を産み育てること」は個人の自由な選択、真摯な判断によるものであり、そのような選択をしなかった人を私は個人的に非難するつもりはありません。それもまた一つの人生でしょう。

しかし、結果的にそのような人生を送ることになったとしても、現在の日本の社会保障制度(医療費や年金制度)を考えれば、「そんなの関係ねぇ」といった態度はとれないと思います。

 

 

 

志の高く、将来医師となったら高いパフォーマンスを発揮してくれるような再受験生や多浪生もたくさんいます。

また、「試験に落ちない」(再試験に引っかからない)と言う意味では再受験生(特に、社会人経験を経た)は概して「優秀」でしょう。

 

一方で、

「卒業時点において、再入学生とその他の学生の人間的な成熟度に差はない。」(「わが国の大学医学部(医科大学)白書」のアンケートより)

 

といった意見があるのもまた事実です。

 

 

私は、

①多様性の確保

②年齢によって学ぶ機会や職業選択の自由を奪うことには反対

という立場から、医学部入学に完全な年齢制限を設定することには賛成しません。

しかし、これまで述べてきたことから、一定の制限を設けることは合理的で必要なことだと考えます。

 

 

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