前回のブログ更新から
再び歳月が過ぎました。
被災地派遣は見送りとなり、
義援金というかたちで、
被災地の力になりたいと思います。
早き復興を心からお祈り申し上げます。
私の息子は小学校2年生です。
学校の後に学童へ通っています。
仕事を終えて、私は息子を迎えに行くと、
丁度入り口に、自分が息子位の歳によく食べた
「きいちご」の実がなっていました。
私は子供の頃、
「男の子になりたい」と願っていたほどヤンチャで、
学校が終われば自転車にまたがり、
弟と近所の男の子を従えては、毎日冒険しに行きました。
「伝説の□○を探しに冒険いってくる」
そんな時に木になっていた木苺の実を見つけて
食べてました。
生の梅の実をかじった事もありました。
梅の実は生だと毒なんですよね。
本人はカリカリ梅をイメージし、
かじったので大事には至りませんでしたが。
そんな事を思い出しながら
息子に、これが食べられる実である事を伝えると
同じ頃帰る、一年生の女の子が
「ダメだよ!ほうしゃのういっぱいで、じゅうねんご、しんじゃうんだよ」
と、私に教えてくれました。
そうか、今はそういう時代になってしまったんだと、
昔と今が既に違うことを痛感しました。
昔と今は違う
昔はこうだった
昔はよかった
今は、なんだか虚しい
昔はね、年寄りの面倒は若いもんの仕事だったんだよ
昔はね、行事があれば家族全員で楽しんだよ
時代が変わり、
環境が変わり、
自分が良いと思っていた事が今は駄目で、
昔は不可能だった事が今は可能になり、
逆に昔良かったものが今では無理なものになっている。
昔と今が違うという事は悪いことでは無いけれど、
ただ、本当に淋しい事なんだと思った。
お年寄りの「淋しい」は
1人でいる事だけじゃなく
余りにも昔と変化をとげてしまった
「今」に淋しさを感じるのかもしれない。
楽しかった思い出の場所が消える
認知症の方が、見慣れない場所に行くと不穏になるのは
見慣れない場所へ行ったからではなく、
自分の大切な場所から離れたからか、、、
とか、いろいろ繋がっては
仮説をたててます( ̄◇ ̄;)
どんなに時代が変わっても、
「助け合う」「思いやる」「冷静でいる」
大先輩の教えは変えたくないですね。
私も60年後、
若いモンに自信を持って教えられる
素敵な人間になりたいです。
なれるか、なれないかは 自分次第
(都市◯説?)
鶴井でした。





