2021年3月11日の夜から、翌12日の早朝までツイキャスでライブ配信を4時間半(30分×9枠)したのですが、その最後の1枠に【字幕】を入れました。いつも通り、今回も全部即興です。これまでこの動画は「出涸らし」だと思い、歌詞の文字起こしをしていませんでしたが、今回歌詞を入れたことで「出涸らし」以上に「燃え尽き」を感じることが出来ました。ここ(https://youtu.be/GYlk_lUGaTo)から始まった奇跡の夜。その終着点にようやくピリオドを打てました。

 

 

このシリーズは全部で6本あり、第六作目もYouTubeに上げているのですが、それには字幕を付けなくてもいいかなと思っています。何故なら最終作である第六作目は、前の五作品と比べるとクォリティーが落ちているからです。同様の理由で『俺っちのラップに字幕を付けてみたシリーズ』も最終作だけ字幕を付けていません。普通そういう作品はボツにするのだと思います。しかし、その日私に降りて来たエナジーを時間軸に沿う形で「始まり」から「終わり」まで余す所無く流すことが大事だと思ったのでUpしました。

実際、私は2021年3月11日の深夜から翌朝まで「フリースタイルラップで3枠」「ギターの弾き語りで6枠」と計9枠(1枠/30分)のツイキャス配信をしました。私のライブは基本全て即興なので、つまりそれは「その日に降りて来たエナジーを、歌や演奏に270分間変換し続けた」と言うことです。もちろん、その4時間30分の間にはムラがあり、中には文字通り「迷走」しているような時間もあります。

 

しかし「LIVE」とは本来「生きている」と言う意味なので、そこに「今を生きているエナジー」が満ちているのなら、多少のミスや失敗があっても私はあまり気にしません。それは自分がオーディンエンスの立場でも一緒です。私にとって「素晴らしかった!」と思えるライブは、目が眩むような生命力がステージから放射されていて、客席のこちらまでクラクラしてしまうようなものです。逆に予定調和のルーティンで演っているようなライブは、どれほど演奏や歌が上手かったとしても「つまらなかった」となります。だから私は15年くらい前からセットリストを組んでいません。今でも頭を真っ白にしてからステージには上がるようにしています。

 

逆に言えば自分は「再現能力」が低いので、普通のライブを演る才能がありません。既に出来上がった曲を安定した技量で再現するには、相当な練習を積まなければなりませんが、飽き性なのか私にはそれが出来ません。歌詞やコード進行なども不思議なほどに憶えられないのです。

 

それは私のティーンエイジャー後半からのナイトライフがもっぱら「クラブ」だったことにも関係があるかもしれません。時は折しもレイブカルチャーが勃興してきた90年代です。ノンストップでDJが回し続ける音楽で朝まで踊り続けることが多かったので、たまにライブハウスに行くと曲と曲の間に空白が有ったりしてソワソワしてしまうのです。おそらくそういう踊り狂うような感覚が、未だに表現の根っ子にあるのだと思います。

 

そんな訳で自分にとってライブは「公開チャネリング」へと変わったのですが、当然過去には放送事故のような酷いライブを、数え切れないほど積み重ねて来ました。その度に悶絶するような恥辱で倒れ込みましたが、6年くらい前にあるライブで成功(開通)して以来、トランスに入る精度が格段に高くなったのです。

 

それからは死刑場へ引き渡されるような気持ちでライブに挑むことは無くなりましたが、今でもライブの日は朝から固形物を一切摂りません。必ず水風呂に入って、心身を清めてから、ライブには臨むようにしています。それは一人部屋の中でやるツイキャスでも同じです。歯を磨き、心身を整え、ライブ同様頭を空っぽにしてから始めます。

 

例えるならそれは、一度飛び込んだら最後「30分は水面から顔を出してはいけない」と言う条件の下で、深海に向けて飛び込んでいくのにも似ています。一呼吸で30分間をダイヴ。だから今回上げた9つの動画には合計で70曲くらい入っていますが、自分としては「9曲上げた」みたいな印象もあります。

 

ところで、主に邦ロック系のライブで「出し切れよー!」とMCをするミュージシャンがいますが、その言葉はきっとオーディエンスに向けると同時に他ならぬ自分自身にも言い聞かせているのだと思います。何故なら出し切れずに、不完全燃焼のまま終わったライブには敗北感しか残らないからです。事実出し切れなかったエナジーは毒に変わり、自分を攻撃して来ます。一方エナジーを出し切ると、空(から)になった所に新しいエナジーが流れ込んで来て、元気になります。

 

今回私はフリースタイルラップから配信を始めて、それが3枠まで行きました。ちなみに最後の1枠は始める前から「これで最後になりそうだな‥」と感じていました。何故ならトランスに入る為の集中力と受信感度が落ちかけていたからです。

 

しかし、そんな時でも必ず私はもう1枠を演ることにしています。「それでも演る。」と決意してライブを始めると、底力のようなものが湧き出てくることがありますし、給湯器の電源を落としても水道管の中にお湯が残っていて、すぐには冷水にならず温水がしばらく出てくる現象と似たようなことも起こるからです。

 

いずれにしても私は限界まで出し切りました。すると空になった真空地帯にエナジーが入って来たのか「次はガットギターで弾き語りをしてみよう」と成り、これが更に6枠まで行ったので、合計9枠の配信になったのです。

 

人生や旅に「始まり」と「終わり」があるように、音楽やライブにもイントロ(Beginning)とアウトロ(Ending)があります。ライブとは「離陸して→着陸する」までのドキュメンタリーでもあるので、例えグダグダな時間帯があっても、それが一概に不必要な時間であるとは自分には思えません。むしろ混沌とした谷間があるからこそ、山場は高らかに鳴り響くのだと思います。やはりライブは旅や人生と似ています。

 

始まったから終わる命。生まれては死んでいく不思議。生命の燃焼。そこから放射される熱。

 

2021年3月11日の夜に[配信開始]をして始まった『Gospel Type Beats Freesstyle 1』https://youtu.be/GYlk_lUGaTo から、翌朝12日の明け方に[配信終了]をして終わった『弾き語り Freestyle 6/6』https://youtu.be/uc5KHmQ75lI まで。

 

これは夜中から朝方まで私の身に起きた現象を時間軸に沿って記録をし、その9つがそのままの形で流れていく実録映像作品集です。


終わりて見ゆれば一炊之夢(いっすいのゆめ)

 

息を吐き出しては生まれ、息を吸い込んでは死んでいく長く短い一場の夢(いちじょうのゆめ)

 

それはまるで生き通しの命のように、一呼吸の狭間で観た夢のような現実でした。

 

 

例えばの話ですが、今から死ぬことになるとして、その時に自分が言い残したい最期の言葉は何かと考えてみました。対象は問いません。特定の誰かに向けての言葉でもいいし、自分が生きてきたこの世界全体に対しての言葉でも良しとします。そしてそれは、遺言のように語りかけるものでは無く、「事切れる直前の一言であるなら」と想定してみます。今際の際に必死の思いで絞り出す一言です。果たして自分は「どんな一言」を言い残したいのかを考えてみました。

 

もちろん「死」には様々なケースがあります。突然の事故死なら「ゔゎー!」みたいな叫びしかきっと出ないでしょうし、自ら命を絶つ場合は「謝罪」もしくは「恨み」から来る一言になるのかもしれません。また戦場で命を散らすような極限状態なら(俺に構わず)「行けー!」とか(後は)「頼んだぞ!」などの一言になるかもしれません。

 

考えてみた結果、死ぬ直前に痛みや恐怖でパニックになっておらず、冷静な自分が保てていればの話ですが、最期はやはり「ありがとう」の一言しかないなぁと思いました。これは誰かに向けてであれ、世界全体に対してであれ、同じでした。


よくハリウッド映画で「愛してる」みたいな一言を言って、劇的に死んでいくシーンがありますが、日本人の自分には昔からあまりピンと来ませんでした。なんなら「来るぞ!来るぞ!!やっぱ来た~ww」みたいなダチョウ倶楽部のギャグを笑う時のように、その手のセリフに備えてしまう自分すらいます。

 

そもそも「愛」と「憎しみ」は表と裏でセットです。利害関係の薄い他人なら親切になられても、一つ屋根の下で暮らすような深い関係ともなると、「愛しているけど憎い」みたいな相反する感情や思考になってしまうことがあります。元々は分断していた二人の個人が「愛」と言う情念から結合されていく過程では、そういうことがよく起こります。だから「相手が嫌い」と思っている時、そこには筋の通った理由もあるのでしょうが、その憎しみの対象は相手で無く、実は他ならぬ自分自身であったというケースがあります。これは分断を結合させる愛の力によって自分と相手が一体化していく中で、相手に自意識を無意識に投影してしまった結果です。


そんな訳で相手から「愛してる」と言われたら悪い気はしませんが、臨終の際に自分から「愛してる」と言うことは無いなと思いました。もし言ったとしても「感極まっているから今はそう言ってるけど、日常に戻ったら、また愛と憎しみがぐちゃぐちゃになっちゃうのかもなぁ」とか思うかもしれません。その点「思いやり」と言う概念や行動なら理解が出来ます。それなりに信用も出来ます。しかし「愛してる」だとその愛の中にはいかほどの自己愛(エゴ)が入っているのかと訝しんでしまう自分がいるのです。

 

もう一つ、エンタメから考えてみました。国内のドラマや漫画とかでたまにあるのですが、誰かのことを「宜しく」と頼んでから死んでいくシーンがあります。私が憶えているのは豊臣秀吉が死ぬシーンです。そのドラマで秀吉は、家康を始めとする全国の有力大名を枕元に呼び寄せ「くれぐれも秀頼のことを頼みますぞ~」みたいなことを言ってから、事切れていました。時は戦国時代だから仕方が有りませんが、自分の死んだ後が心配で心配でならないような死に際でした。

 

この約束、お互いが心の底から大切にしている存在を「くれぐれも宜しく」と頼まれるのなら、「わかった」とキッパリ応えられるでしょうが、相手との関係性如何によっては精神的な負担になりそうです。更にその言葉からは必死な想いを感じとることが出来ても、「この人、このまま成仏せずに幽霊になってしまうんじゃなかろうか」と心配をさせるような重さもあります。

 

しかし、もし秀吉が「ありがとぉ、ありがとぅ~」と言いながら臨終を迎えていたら、その印象はガラリと変わります。時は戦国時代ですから大名たちも「大丈夫か、こいつ」みたいに思ってしまうかもしれません。しかし同時に「こちらこそありがとう、太閤殿は幸せな人生だったんですね」と好感度が上がるかもしれません。やはり「ありがとう」と言い残す死に様には爽やかな後味があります。


また「さようなら」という一言についても考えてみました。しかしこれは「私たちが別れる」と言う現象を説明している言葉です。「さようなら。」と万感の思いを込めて言うことはあるでしょうが、それは(お別れの)挨拶であって、そこに伝えたい想いは特に見当たりません。ただ「さようなら」にも色々な段階があります。明日も会うだろうけど、今日のところは「さようなら」と言う ’’さようなら’’ があれば、死を目前にして言う「さようなら」もある訳です。

 

今回私はこの動画の『Farewell greeting 』と言う曲で「さようなら ありがとう」と繰り返し歌っています。その歌を降ろしている最中、明確にそういう意味で「さようなら ありがとう」と自分が歌っていたことを憶えています。これは我ながら究極のことを歌ったなぁと思う次第です。

 

 

今回も全編「その時」「その場」で降ろした楽曲のみです。


考えてみれば、この即興で音を奏でて、歌うと言う行為。最早これはもう「眠りながら演奏している」または「滑舌良く寝言を連発している」とも言える気がします。実際、演っている最中は集中力を切らさぬように緊張感で全身をプロテクトしているような感覚が有りますが、覚醒の末に脳波が静止していくような感覚も同時に有ります。「脳波が静止していく」とは「熟睡している時の状態に近づいていく」と言う意味です。だからでしょうか。ライブ後の私は大抵ギンギンになり、しばらくは眠れなくなります。つまりライブをすると、私はすごく元気になるのです。

 

以前「ミュージシャン」から「イタコ」に転身した過去のことを書きましたが、「イタコ」と言っても、それは「〇〇の霊を呼び出す」とかでは有りません。あくまで「トランス状態に入る」と言うことです。しかし、もし「〇〇の霊を呼び出している」のだとしたら、それは自分の守護霊なのかもしれません。また「人間は誰しも胸の奥に良心と言う名の『神』を宿している」のだと私は認識しておりますが、その領域と交信、交流をしているのかもしれません。いずれにせよ、ライブの時私の脳波は多分グッスリと眠っています。しかし、その深い眠りは「超覚醒」と言えるものかとも思います。

 

だから結局は普段から自分が「どういう情報を」「どういう感覚で」「どう処理している」のかが大事になって来ます。何故なら眠っているので、自我でその場を取り繕うことが出来ないからです。実際、演奏中にエゴを出すと、即トランスから外れます。すると自分の生命力で走らせる感じになり、無理な発声をして喉を傷めたりする率が上がります。片や天から流れ込んでくるエナジーを自分を管にして通す演り方は、全然疲れません。実際この日は4時間30分のライブをしましたが、終わった後は温泉から出た後なのに眠くないみたいな状態で在ったことを憶えています。

 

もう一つ。「イタコ方式」でライブをすることの利点は、実力を越えたライブが出来ることです。実力以上の歌と演奏を「奇跡」とも言うのですが、その奇跡を録(撮)ってネットに上げることで、これが実力に変わります。すると自己肯定感が上がり、自然と「穏やかで幸福な状態」に入ります。これは以前、自分が喉から手が出るほどに渇望していた状態です。だからネット環境が整った現代日本に私は本当に感謝しています。

 

ちなみに自分は「朝起きた瞬間に死にたくなる」レベルの鬱が48年間の人生の内、10年は有りました。そこまでは行かなくても、「なんとなくBAD」みたいな状態なら、人生の半分以上がそうだったような気もします。しかし自信の有る最新作をネットで公開出来る様になってからは、「生かしていただいて、ありがとうございます」みたいな気持ちになれるようにも成りました。でもこれは、毎朝神棚の水を替えたり、先祖供養(伊勢白山道方式)をしていることにも関係があるかもしれません。

 

真相はわかりませんが、いずれにせよ、最近の自分の作品に「すごいな」と他ならぬ私自身が驚いています。自分の理性で考えたら、まず出てこないような歌と演奏だからです。自己に満足をし、自画を自賛する。私は幸せです。

 

 

今回は全編「その時」「その場」で降ろした楽曲のみです。2021年3月11日の夜半から12日の朝方まで、9枠(1枠は30分間)、つまり4時間30分のライブをしたのですが、この日は「東日本大震災から10年」という節目になる日だったんですね。演っている最中は頭の片隅にも有りませんでした。

 

とは言えその日は配信をする前から、全身全霊に物凄いエナジーが迫ってきていて、「これは完全に入るな」という予感はビンビン来ていました。ちなみにこの動画は丑三つ刻に演奏したものです。

 

 

既存のオリジナル曲が2曲有りますが、それ以外はその時その場で降ろしたものです。

 

思えば、インプロビゼーションでJ-POPを演奏するという指針を私が立ててから、二十年以上の歳月が流れました。それは当時「産みの苦しみ」から精神を病み、「このままじゃもう無理!」と追い詰められた末の「ミュージシャン」から「イタコ」への転身でした。

 

自分を管にして、天から流れ込んでくるエネルギーを、そのまま歌や演奏に変換する技術。

 

その精度を上げる道は必然的に「人間道場」に入門する道でもありました。今は自粛で閉店していますが、ほぼ毎日スポーツジムへ行って水風呂に入り、筋トレをする生活も十四年目に突入しています。

 

都会の中でも滝行みたいなことが出来るのに、ネット環境も充実して個と個が繋がれる「現代日本」に生まれることが出来て、本当に良かったです。

 

 

思えば2020年は「コロナ元年」とも言えるような年でした。

 

全世界的に#ステイホームや#ソーシャルディスタンスなど新しい価値観に沿うことが求められ、私たちの生活は大きく変わりました。それは今でも続いていて、外出するとほとんどの人がマスクをしています。

 

元々自分は自宅からあまり出ない生活を25年近くしていますので、日々の生活は平常運転だったのですが、遂に今月、14年間ほぼ毎日通っていたスポーツジムが閉店しました。こうしてようやく私のようなアウトサイダーも、コロナ禍の実害を受ける羽目に成った訳です。しかし昨年から既に自分の考え方や音楽は大きく変わってきていました。

 

『Moneyでは無くPeopleに依る統治を』『Globalismでは無くNationalism』を旗印とするトランプ革命に共鳴したこともあって、コロナウィルスなどにより世界全体が崩壊していく様を自分はポジティブに捉えることが出来ています。これも馬渕睦夫やマドモアゼル愛など、様々なYouTube上のグルたちのお陰です。

 

片や自分が35年以上帰依してきたロックンロールの世界が、ライブを自粛してマスクをしながら忍耐しているのを見て、心底ガッカリしました。自分がこれまでロックやパンク、ヒップホップやダンスミュージックに胸を熱くしてきたのは、そこに一つの哲学を感じていたからだと思います。その哲学は一言で言えば『反逆』で、英語で言うと『Fuck off』の精神です。

 

ところがライブハウスから夏フェスまで、あらゆるエンターテインメントの世界は、政府や同調圧力に従い完全に自粛しています。「こんな時こそ社会に中指を立てて、逆らわなきゃいけないんじゃないの?」「そんな時に発動させる胆力を鍛える為に、これまでこういう反体制的な音楽に狂ってきたんじゃないの?」と、一昨年から私は非常に憤っています。

 

「LGBTや特定の民族への差別はイケナイ」とか、「少数の弱者を尊重」だとかグローバリストの洗脳に掛かっているミュージシャンや演劇人など、自称アウトローや自由人を見ると、その両肩を掴んでグワングワンと揺さぶりたくもなりますが、幸い私は引きこもりなので、ほとんど誰にも会いません。

 

だから、渾々(こんこん)と沸き起こる激情は昨年から淡々と音楽に変換してきました。

 

「怒」よりも「哀」の方が表現しやすい自分の資質も有って、出来上がった作品の多くは穏やかなバイブレーションだとは思います。更にこの作品は2020年の我が家の映像を編集した「ほのぼのホームビデオ」の体(てい)を成しております。しかし根底にあるのは激しいRock and Roll、反逆の精神です。

 

日本の四季折々にある風景や思い出。アニメや漫画などサブカルチャーが豊かなこの国で私は生を享けて、自分なりの情緒や感性を育まれてきました。こうやって創作が出来るように成ったのも、そういう様々なお陰様であることは間違いが有りません。これから大人になっていく子供たちの心象風景がどんな風に成っていくのかと思う時、自分は自分なりにこの時代の流れに逆らい、自分の心を守っていこうと思います。