水を得た魚 なんて慣用句がある。

でも水槽に入っている魚は

本当に幸せそうには見えないね。


ポツリと呟く彼女の目には何の感情もない。

「そうかな」

「うん。すくなくとも私にはそう見える」

「でも、ここには天敵がいないじゃん」

「うん」

「エサだって待ってたら必ずもらえる」

「うん」

「水温だって調整してもらえるよ」

「うん」


じゃあ、何が不満なの?

勉強しなくても、働かなくてもいい。

なんなら私は魚になりたいくらいなのに。


そう言いかけて、やめてしまった。

「行こっか」

もうすぐ次の授業が始まる。

私たちは学生なのだ。学ぶことが本分。

魚じゃない。




あれから数日経って、

水槽の魚が一匹残らずすべて消えたという事件があった。

彼女は「そうなんだ」と言うだけ。

先生も生徒も大騒ぎしていたけれど、

いつしかみんな忘れてしまった。


あの魚たちはどこへ行ってしまったのか。

もしもどこかで生きているのであれば、

天敵がいなくて、エサがもらえて、適温の水の中であればいい。


水草だけが漂う水槽を見て、私は考えた。