自分の中に
楽天的な自分と
(悲観的まではいかないけど)考えこむ自分がおる
将来のことを考えるとね
でも、この理由はわかってる
目指すべき方向が絞れてないから
まだ学校も選べてないから
なんだよなぁー
でもまたここで
「明確なものがなかっても、後で考えたらよくね?
とりあえず行きたいなら、学校なんかどこでもいいから、ワーホリでもいいから行っとけよ。
今考えて分からないことは、実際動けば分かる」
という前者の自分と
「貴重なお金、時間を使うんやし、なにせ私はもう学生ではないんやから
先(帰国後)を考えて動いた方が絶対いいって。行って楽しかったでもいいけど、どうせなら
次の仕事にも繋がるものにしたいし・・・」
という後者の自分が
まさに均衡していますw
両者引き分け状態がずううっと
どっちかが勝つ!!?と思ったらすぐにそのもう片方が
「でもな、でもな!!」って
「でもな」攻撃してきて
結局いっつも引き分けーw
どないやねーんw
そんな状態が続くと
「不安」と「恐怖」は幅を取ってきます
やぁーねぇー
でもな、(でた!「でもな」攻撃w)
すんごい最低最悪のシナリオ考えて
今考えられうる極限の「恐怖」と
それに対する極限の「不安」を味わってみても
結局それでも「海外へ行きたい」って思う
これは何なんだろうか???
ほんと自分でも不思議すぎるw
それは単純に
「もっと世界を知りたい」
「もっと異文化に触れたい」
「世界中に友達作りたい」
「若いうちに色んな経験したい」
てな誰でも感じそうな気持ちからなんやけど
また1回短期でやけど留学経験もあるから
ある意味で留学(語学留学)にそこまで幻想抱いてないっつーか
「私の人生180度変わるはず!」
「人生を変える何かがそこにはあるのだ!!」
とか一切思ってないw
それなのに
ほんと「行きたいから行く」ってゆう
この想いはどっからくるのか?????
不思議すぎるーーーー
逆にそっちの方が気になってまうわw
なんでなんか理由は知らんけど
今行かんかったら一生後悔するってことだけはわかってる
仕事としてのキャリアにはならんかもしれんけど
確実に私の人生のキャリアにはなる
何かで昔読んだんよなぁー雑誌だっけか?
こんな話を今日思い出した
ある学生が塾でアリバイトをしよったんよ
塾の正社員の男の人30歳だったかな?は毎日夜中まで莫大な量の仕事をほぼ休みなくこなしてて
学生は疑問に思ったんよ
だからある日聞いたんよ
「そんなに働いてて嫌になることないんですか?つらくないんですか?」って
したらその社員はこう答えたんよ
「昔、若い20代のころ本気で画家になろうとNYに留学して数年間夢に挑んだことがあるんだ。
残念ながら画家の夢は叶わなかったけど、それがあるから今どんなにしんどくても頑張れるんだ。
それにこの仕事は楽しいしね」って
私これ読んだの確か大学生の時で
当時は全然意味分からんかったんよ
え?夢破れてほんで今やりたくない仕事してて
それで何でそれが、夢破れたことが原因で頑張れるん?
マジ意味プーって思った
そんな消化不良だったけん
逆にずっと頭の片隅で覚えてる話だったんやけど
今ならその先生の気持ち分かる気がする
なんなんだろ
きっと先生はその夢に対して完全燃焼したんだろうな
で、一旦それでは燃え尽きた
やるだけやったんだろうね、だから納得してるんちゃうんかな
で、今は新しくまた別の夢なり目標なりを持ち始めてる
「あの時画家を目指してれば」って一生想いながら仕事するより全然いいと私は思う
目指して、頑張って、駄目だったからこそ今、頑張れてるんだと思う
何か矛盾してるかな?w
でもそこ何かすごく納得なんだよなー
私も次、どんな仕事に就けるか分からん
でもその仕事、めっちゃ頑張れる気はする
もう後ろ髪引かれるもんがないから
ある意味覚悟ができるってゆーか
だから、てのもある
今この気持ちを開放しとかな
私はこの先どこに行っても「留学したい」って気持ちに後ろ髪ひかれるって分かる
そんで一生そうやって言い続けて終わるのは嫌だったんだ
ほんで「あの時・・・」てなるのだけは
「今」を歩くコースと「あの時」のコースの2本立ては苦労する
「今」を歩きながら常に「あの時」コースが頭にあっちゃあしんどいわw
今にもしっかり向きあえんし
途中分岐点はあっても、歩く道は1本でいい
自分の意志のある方1本でいい
留学することで、「あの時」コースと「今」のコースは初めてリンクする
初めて1本の私の意志ある道になる
なんかこれだけですっきりするよねw
20代でのやり残しなし!!てなるよね
何か分からんけど、久々にこの話を思い出して
初めて納得できた自分がいたので
すっきりしました
あーはよう頭の中の両者の均衡を破らねば!!!!!w

