最近、ありがとうを言うことやありがとうを素直に感じることはありますか?

「稔ほど頭を垂れる稲穂かな」という非常にわかりやすい古きよき日本の言葉がある。陰ながら応援してくれている人は結構いて、それに気付かずありがとうを言うことをおろそかにしてしまう。もともと陰ながら応援してくれている人は何かを期待しているわけではないので応援してくれていないので、何かをしなければならないことはないが、やはり感謝のアンテナを張り巡らせ機会をみて何かしらの恩返しが必要ではないかと思います。

私は出来る限り、率先してお手伝いをしたいと考えており、自らすすんで雑用を含めたお役に立ちに取組みます。そうすることで、間違いなくお互いの関係も気持ちよいものとなり、太く長い人のつながりが出来つつあることを実感しています。

見返りを考えないことは非常に難しいかもしれませんが、今の自分ではなく今後の自分つくりのために、感謝とお役に立ち精神を持つべきだとあらためて思い、今日もサティスファクションをみんなで!
wacc-japanesewayさんのブログ-090917_095834.jpg
いまイズムマインド的には運がいい、わるいという表現はどちらにせよ消極的なものなんです。厳しく言えば言い訳に値するんです。
その時々の結果に対して、運がいいやわるいというような表現では軽過ぎるのです。あらゆる気力を毎日に注いでいますからね!

全ては日頃の行いからその時々の結果が出ます。

数打ちゃ当たるも数を打つという労力をかけるから当たるのです。

運が欲しければ、欲しいなりの活動をすべきなんですよね。

運も実力のうち、ではなく運を引き寄せるのも実力のうちなんです。

実力とは、ONの過ごし方もOFFの過ごし方も全ての言動を意味します。

ひょんなことから出たいい結果やわるい結果も全ては自分自身の行いによるもので、何が起こるかわからない次のために今をとことんやる。そうすれば、あるのかどうかもわからない見えない運に左右されずに納得の結果を出すことが出来るのです。
私の周りでは進路進学で忙しくなっています。まぁいくつになっても進路いわゆる就職転職はつきものですが!

私が携わる進学にもいろんな形式があり、私は体育会系コーススポーツ推薦で学歴は構成されています。もちろん学習塾に行き、勉学で進学する方法が一般的ですが、私の周りの人はどちらかというとスポーツ塾経由スポーツ推薦進学が多いのです。

私のところにスポーツ推薦枠から外れたとの報告が入り、本人も私の元に来ました。私は以前からこの彼だけはなんとかしてあげたいという気持ちが強くあり、報告を受けた時顔には出しませんが落胆してしまいました。

しかし本人は、「大丈夫です。違う受験方法で浪人してでも志望大学を目指します」と言ったのです。
なんと気持ちの切り替えが早く潔い強い気持ちで取り組んでいるのかと関心させられました。と同時に彼にはいまイズムマインドが培われていたのだと日頃の彼の言動を振り返り感謝しました。

安逸にひたることは、ちょっとしたことにさえ苦痛を感じてしまう、という逸話を見事打破しようとしているのです。

たいていは思い通りにいかなかったりすると、あきらめてしまい楽な方を選んでしまいます。

しかし彼は自らで困難にぶつかっても困難を克服するだけの人間力が開花しようとしていることを感じました。

ですが、走り去る彼の背中はなんとなく悔しそうでしたが、彼は自らを奮い立たせ挑戦を選んだんです。不安・迷い・いいわけ・逃げ弱い自分はもちろん見え隠れしているでしょう。

若干18才の青年が自分のなりたい姿目指して、興味から培った強い心で今のつらい時期を戦い抜こうとする姿は、私の心にも響きました。

若さから来る原動力ではないかと言われがちですが今の時代、冒険する若者が少ない中で久しぶりに、私もと思ってしまいました。