直感と考えてみることで分かるのは、今までホモ・サピエンスはホモ・エレクトゥスが絶滅して生まれたように先進国も発展途上国と呼ばれてしまうことや戦争、分断、人道的支援が足りなくて困っていて皆、疲れきっているのです。日本は相次ぐ天災の片付けで大変だけど大陸では戦争、人と人が殺し合っています。これは世も末だと思ってパニックになる人が増えるのは当たり前で今も戦闘が続いているのです。こういう今、もう目には目をじゃなくて言葉には言葉で対応するべきです。だから緊張感が必要だと言われたら緊張感を持った言葉が必要だと思います。理屈の言い合いでへきえきして言葉で分かり合えないのなら武力で分からせようとしているなんて人間の進化において必要のないことだと思う。乳繰り合いと戦争の最中でという言葉があるけど、とにかく戦争には、核をちらつかせる以上、本当は武器を捨ててどっちが勝ちでも負けでもいいから終わらせることを望んでいるはずです。本当の喧嘩が始まるまでの口喧嘩だから言葉で緊張感をもって口喧嘩だけで問題を終わらせるようにするには法則がひとつあって、理論と、詩と、ことわざを緊張感をもって、理論の次はことわざ、ことわざの次は詩、詩の次は理論、また理論の次はことわざ…で、勝ち負けは存在しないんだから言い合ってそれはあくまでラグビーの「ノーサイド」の精神で人と人がやりたいことやればいいんじゃないかと思います。BIとAI のことを拙くてもいいから考えて、ジェンダーとか問題とか、貧困とか、難民とか、なるべくスムーズに解決させて、世界が潤沢すればいい、それだけをそのことだけを「グローバル」というんじゃないでしょうか?みんな結束して言葉にルールにのっとってあの理屈は素晴らしいとか、ことわざが素晴らしいとか、詩がよくできてる、本当の事を言っていると思えるだけで人と人とを基本にリスペクトできるんじゃないだろうか。