一時期話題になったこの仮説の論文を入手したので、それを読み解き、Fardin 氏の主張を詳しく理解する。

 

まず、読解に取り掛かった初っ端、私の"興味"という純情を嘲笑い、この私を大いに興ざめさせたツワモノは、まさにその題名だった。

 

rheology...?liquidじゃないんだ。

 

私はこの19年の人生の中で、神が私をミジンコと間違えて脳みそをお作りになったことをよく知っているので、元来英単語などというものはあまり覚えないようにしており(覚えることを諦めており)、その影響で私は接頭辞や接尾辞にはかなり詳しいのだ。

 

rheoって流れるの意味の接頭辞だよな。

rheo(流れる)+logy(学問)=流動に関する学問じゃね、、、?

 

ここで皆様にも絶望の山分けを提供差し上げるのだが、私が辞書やインターネットで調べた、また、論文を読み解く中で浮上した事実は、Fardin氏が提唱したこの仮説が我々日本人が認識しているほどにはユニークで興味深いものではないということである。Fardin氏は、猫が液体などとは言っていないのだった。知らぬが仏。この記事を読んでいるあなたは、今この瞬間に、japanで伝統的に受け継がれてきた”知らぬが仏だったのにな史”に、名を連ねたのである。

 

もう後には引けないので、詳しく説明しよう。

英英辞書によると、rheology=The study of how materials flow and change shaps under force.とある。つまり、もしもliquidlogy(液体学?)などという学問があるとすれば、物質の三態の中で明確に定義されている"液体"の在り様、それだけに着目するのに対し、rheologyは「力をかければ形を変えて液体っぽくなるもの」までも対象にできてしまうのだ。liquidlogyの対象にはならないがrheologyの対象にはなるもの(以下、これに該当する物質を、「おなかすいた」とおく)の具体例をいくつかあげると、はちみつ、ケチャップ、血液、そして、Fardin氏によると、猫がある。今あげたおなかすいたの例たちは全て非ニュートン流体というものである。全てではないが、おなかすいたのうちの大部分がこの、非ニュートン流体に属している。

 

<非ニュートン流体とニュートン流体の違い>

どんどんトピックを増やしてしまっていることを申し訳なくは思う。だが、文系の私が採掘したがる知識の峠はここでそろそろ超えることが出来、今後は解決していく一方なのでどうかご理解願いたい。簡潔に定義をそれぞれ述べると、非ニュートン流体とは、与える力によって粘度が変わる物質で、ニュートン流体とは与える力が変わっても粘度が変わらない物質である。非ニュートン流体であるケチャップを例に挙げる。皆さん、残り僅かの底にたまったケチャップをそのまま出そうとしてもてこでも動かない(流石に言い過ぎである)のに、ついにケチャップに対しての堪忍袋の緒が切れてめちゃくちゃに振ってやると、水のようにさらさらとしたケチャップが出てきた経験はないだろうか(私はある)。これは、ケチャップ内部の分子が力を加えることで一時的に解けるから起こる現象であり、つまり、かかる圧力によって粘度が変化しているのだ。血液なんかは血流速度や血管の状態によって粘度が変わるし、”力”の表す対象はもちろん様々である。対してニューロン流体である水は、外部からどう力を加えようと、その粘度が替わることはない。

 

つまり、おなかすいたの大部分を占める非ニュートン流体はニュートン流体と違って、その時の状況によって液体らしいときと個体らしいときが出来てしまうのだ。そのため、日本人が「猫は液体である」とのうわさを聞けば、「Cat is liquid」と言われているように感じてしまうかもしれないが、それには言語の壁が生み出すFardin氏の主張とのズレがあり、あえて彼の主張を和訳するならば、それはずばり、

 

「猫は流動的である」

 

となるのだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

次回のその2では、以上の題名に関する理解を前提に、実際に『On the Rheology of Cats』を読み(私がね)、解説していく。