いや〜、寒いですね。
アデレードには冬がやってきております。
晴れた日なんかは過ごしやすいんですけど、気温差が激しい気がします。

さてさて、前回からかなり期間が空きましたが元気で過ごしておりますよ。
忙しくてブログやってたことさえ忘れちゃってました。笑
それはそれで、いい印なんですけどね。

いろんなことがありましたが、今はかなり生活も安定してきて一丁前にビールを仕事終わりに飲めるようにもなってきました。

お気に入りのbierhaus
ここのビールは全部最高です。

ワーホリもあっという間に残り3カ月。
帰りのチケットそろそろ買わなな。

あけましておめでとうございます。

年越しは、Glenelg というアデレードにあるビーチで過ごしました。


ビールを飲んで、花火を見ただけでしたが

日本での年越しとの違いに終始すごいの一言でした。

日本は謹賀新年、こっちはHappy new year。まさにこの通りでしたね。笑

実に良かった。


そして1日経った今

これがオーストラリアで迎える最初で最後の新年だったのかと

ちょっぴりおセンチ(センチメンタル)になっております。

あらゆる日々が大切に思える年初めでした。




てな訳で前回

何をして生きていくか考え始めた僕。

自分の考えだけでは答えが見つからないという考えにいたり

手当たり次第いろんな人に出会い、自分の悩みをぶつけて意見を聞いてみることにしました。



その時期、僕の街にはウズハウスというゲストハウスができました。

旅人と地元の人が交流する場所になっており、僕にとってはうってつけの場所でした。

仕事の日以外はこの施設に通うようになり、たくさんの人との交流しました。

いろんな業種、年齢、国、生きてきた背景の人が渦のように混ざり合う刺激的な場所でした。


そこで出会う人達は、フリーランス(かっこよくいった無職)の人が多く

最初はこの人たちこれからの人生どうするんだろうと思っていました。


しかしみんながみんなすこぶる楽しそう、とてもキラキラして見えたのです。


そして僕は

「これからどうするんですか?将来不安とかないんですか?」と質問していました。


「今したいことしてるからそれでいい。今までどうにかなってるし。」

みんなこんなことを言います。

体現しているので妙に説得力がある。


僕にとってその考えは、とても革新的な考えに思えました。

僕もああなっていいんだ



もっといろんな世界を知ってそれで判断すればいいじゃないかと

それからでも遅くないなと

硬い頭は徐々にそう考えるようになります。



どうせやるなら振り切ってみたいな

若い人間の妄想力は考え出したらもう止まることはありません。


外国で生活すれば全てが違う世界だから経験値めちゃくちゃあがるんじゃね?

でも旅行じゃダメだ。旅行は今じゃなくてもできる。

観光ビザでの滞在、却下。


あくまで腰を据えての生活。

留学ビザ?勉強嫌いやしな・・・

じゃあ、就労ビザ?海外で働ける技術、持ってないじゃん・・・笑

青年海外協力隊は?これもまた技術がいる。もちろん英語も。


ん、ワーホリ?

行き先めっちゃあるやん!

働ける、勉強も観光もできる。30歳以下だったら誰でも取れるだと?

めっちゃいいやないか!(甘い言葉にさそわれた)

仕事はどっちみちやめないけんな。



こんな感じで決まっていきます。



英語が喋れないのにも関わらず。笑

いやはや、若いっておそろしいですね。










年末もいいところ、2017年12月30日です。今年も明日で終わりです。


今日は天気が良く、気温も25度前後でとても心地よかったです。

とこなつです、常夏。

寒くないし、日が出るのが早いし、こたつも暖房もないし、年末感が全くないです。


昨晩、ワインを一本、丸々飲んだので

昼過ぎまで寝ていました。笑

スパークリングワイン。9ドル


フラットメイトに起こしてもらい(起こされ)

公園でテニスをしようと誘われ1時間弱、運動しました。


うん、最高な1日ですね。パーフェクト。

明日仕事がなければ、なおさら最高でしたけどね!ちくしょー

まぁしゃあなし。お金大事だから。お金大好きだもの。



ではでは、真面目に前の記事の続き

晴れて2013年4月1日付で公務員となった私。

(入庁式の日はインフルエンザで欠席という飛ばしっぷりを披露する)

チャラめの18歳が

こうなる。笑  眉毛は剃らないという謎のポリシー


消防士は職場に配属されるのではなく

消防の基礎を学ぶため、消防学校に10ヶ月ほどぶち込まれます。

それまで厳しい規則のない甘っちょろい世界でしか

生きてこなかった18歳の僕には結構きつい場所でした。

今思えば大人になる準備をしてくれた、とてもありがたい機関だったなと思います。

過酷ではありましたが、特に問題もおきず

なんやかんやで消防学校を卒業しました。


と同時に

卒業式の前日、小中高の友達が亡くなったため

消防学校から帰宅後、その子の葬式にいきました。

亡くなった理由はバイクでの単独事故でした。


年齢の近い、親しい人が亡くなったのはこれが初めてで

この世からいなくなってしまうという実感がほとんどありませんでした。


そしてこんなにもあっけなく終わってしまう人生もあるのかと

この頃から思いはじめます。

彼も僕と同じく高卒で働き始め、これからどんどん楽しくなっていくはずだったのになと。




その次の日から、地元の下関消防局に配属され働くようになりました。

基本の業務は、公務員ということもあり退屈な事務処理が非常に多かったです。

その反面、救急、救助、消火活動などの際に

交通事故や職場での事故で怪我を負う人、

病気に苦しむ人、亡くなってゆく人、たくさん見て来ました。


給料はぼちぼち

羨ましがられたり、(消防士であることが)かっこいいと言われたり

ある程度名誉もある

休みなんて、ひと月のうち20日もあります。

有給もある、福利厚生もしっかり


欲しいものはなんでも買い、休みにはしたいことしまくり

美味しいものを好きなだけ食べ、欲にまみれた生活をしようとも

実家暮らしということもありなくならないお金


消防の先輩を見てみても

20代のうちにほとんどの方が結婚し、家を買い、子供ができ、育て、学校に通い始める。

上司には僕と同じくらいの子供がいる方もたくさんました。


あぁ、僕もそうなっていくんだろうなと

将来どんな風になるか、ある程度見えたような気がしました。

平凡で不自由のない幸せな人生が



満たされた生活が続いていると

楽しいことや幸せなことがその一瞬だけで終わるように感じて


俺の人生おもんないな〜

このまま人生終わるんか〜


そう思った瞬間なんだかゾッとしました。

今考えてもゾッとします


否定する訳ではありません。

ただ、僕に幸せには思えませんでした。




そこから徐々に


何をして生きていきたいか


ということ考える時期に入っていきます。


あれから5年経ちますが

僕の心の中には、彼の死という存在が大きく残っています。

失礼にあたるのかもしれないけど

あなたがいてくれたから僕の人生が動いています。

与えてくれた影響、無駄にはしません。




もうちょっとだけ僕の話が続きますが

最初だけなんで自分の気持ちを書かせてください。


でも、昔の気持ちを書くのって案外いいですね。

カテゴリー張り切って作っちゃたから早く他の記事を書きたいです。