お待たせしました。早くも第6話です。これまでのあらすじはカテゴリ内で閲覧できます。なおこの作品は全12回で完結します。
ラストフレンズ
ミチルは電話口から宗佑から「死ぬことにしたから」と唐突に言われ動揺してしまう。ルカからは「行ってはだめ」と否定されたが、ミチルは「私は弱虫だから宗佑の弱さがわかる」と涙を浮かべて宗佑のマンションへ走っていった。
震える手で鍵を開けて部屋へ飛び込んでいく。
「宗佑!」
リビングへ向かうと、
「おかえり」
宗佑が何事もなかったように普通に答えた。ミチルは彼を見渡したが怪我もなかった。いたって普段通りである。
「携帯出して」
宗佑はミチルに向かって手を差し出してきた。当然のことのように言うので、ミチルは素直に従ってしまう。
「また新しいの買うから」
彼は笑いながらミチルの携帯をポケットに入れた。そして奥の部屋からミチルの卒業アルバムを持ってきた。
「さあ」
彼女を台所へ連れていき、卒業アルバムとマッチを渡してきた。
「...え?」
ミチルがためらうと、宗佑がアルバムをシンクに入れ、火のついたマッチを投げ入れた。シンクの中でアルバムが燃えていく。ルカの顔が、ふたりの想い出が燃えていく。
「ミチル、君は僕のものだ」
満足げにつぶやく彼の横顔が炎の中に照らし出された。
「二人で生きていこう。誰にも邪魔させない」
ルカは酒を浴びるように飲み、やけ酒をした。
泥酔したルカがタケルとエリに支えられながらシェアハウスに戻ると、誰もいないはずなのに電気がついていた。リビングに行くと、何事もなかったかのようにオグリンが戻ってきていた。平然とお茶を飲んでいるオグリンを見て、ルカはすっかり酔いが覚めた。
「で、結局どうするんですか?」
「またしばらく、ここに置いてもらえると助かるんだけどね」
タケルの問いかけにオグリンは少し黙った後、そう答えた。話し合いの末、妻とは離婚せずにしばらく別居するという結論に至ったらしい。
「普通は向こうが家出ていくんじゃないんですか?」
「そうなんだけど、嫁があそこにいたいって言うんだよ。近所に友達もいるし、新築だからけっこう綺麗だし」
「向こうは男を家に連れ込んでやりたい放題?」
「でも、奥さんはオグリンと別れたくないんだね」
ルカとエリに言われて、オグリンはタジタジに。
「まあ、そういうことなのかな」
「それって、そこそこ収入あって聞き分けいい男と離婚するのが損ってことだよね。利用されてない?」
ルカは呆れてしまう。
「でも、多少は向こうにも未練あるってことかもしれないだろ?」
オグリンの言葉にみんな黙り込む。
「とにかく、別居してお互いを見つめ直すって結論に至ったんだ。離婚するかどうかはそれから考えようって」
「ズルいよな。寂しいから今はエリのとこいるけど、奥さんがおいでおいでしたら、またシッポ振って戻っちゃうんだろ?覚悟もなしにここに住むのかよ。エリの気持ちもちょっとは考えろよ!」
ルカに胸ぐらをつかまれた。
「そりゃ俺だって先のことは!自分の気持ちも含めて...もうほんとどうなるか」
オグリンはしどろもどろだ。
「いいんじゃないの?」
エリがあっけらかんと言い放った。
「私はいいよ、別に。いたいだけ、ここにいればいいじゃん」
「...いいの?」オグリンがすがるように言う。
「先が分かんないのは人間関係の常識じゃん。それにオグリンとは、もともと友達に毛が生えたようなもんだし。いいよ、このまんまで。お互い、いないよりいたほうがちょっと嬉しいって感じで続いてけば」
ルカにはエリがなぜそんなことを言えるのか理解できなかった。
「ルカ、いいよね?」
「...エリがそこまで言うんだったら、私はいいけど」
「ありがとう!本当に嬉しいです!」
オグリンは泣きながら頭を下げている。
「それより、心配なのはミチルちゃんだよ」
「そうだよ。本当にいいの?このままほっといて」
タケルとエリが心配そうにルカに問うと、
「いいんだよ」
ルカは乱暴に答えた。
「いいんだ、あいつのことは」
三人の間に気まずい空気が流れたが、オグリンは事情を知らないのでキョロキョロとみんなの顔を見回していた。
ルカは日々を淡々と過ごしていた。バイト以外の時間はほとんど練習に費やす。体を酷使してミチルの存在を頭から消そうとしたが、井の頭公園や駅前の道を通る時にふと、ミチルを思い出してしまう。
私は あなたのいない人生を生きているはずだった
あなたの恋や悩みを知って 苦しむこともなかった
元に戻せばいいだけ それまでと同じように
ずっとひとりだったと 思えばいい 簡単だよ
だって 私は そうやって生きてきたんだから
ある晩、みんなでトランプをしているときにオグリンがつぶやいた。
「音沙汰ないよね。ルカ、携帯にはかけてみたの?」
エリの質問にルカは答えない。
「俺はかけてみたけど」
タケルはなんでもないことのようにつぶやいた。ルカは無関心を装っていたがタケルの言葉を気にしていた。
「それで?」エリが聞いてくる。
「繋がらなかった。もう番号も使われてない」
「あいつの仕業だね、間違いなく」
「...エリ?手札、見えてるんだけど。さっさと始めようよ。そんなこと考えてもしょうがないじゃん」
ゲームを再開しようと急かすルカが、タケルにはかえって悲しく映った。
俺にはいつも 手に取るようにわかってしまう
翌朝、タケルはミチルが勤める美容院を訪ねたが、すでに辞めていると言われた。
「無断欠勤したり、急に定時に帰りたいって言うから、こっちも迷惑してたんですよね。辞めてもらってむしろ助かったって感じ」
「そうですか...」
店長にどうにかミチルの住所を聞き、マンションへ向かった。インターホンを押しても反応がない。ためらいつつもドアノブに手をかけると鍵がかかっていなかった。そっと中を覗き込むと、ミチルが洗濯物を干していた。
声をかけようと思ったが、室内の異様な空気に言葉が出なかった。ミチルは目に眼帯をはめ、ゆっくりと家事をこなしている。手をゆっくり上げ、足は引きずっている。
「...ミチルちゃん?」
タケルが気を取り直して声をかけると、振り向いた彼女は無表情で生気を失っていた。
「ミチルちゃん!」
もう一度呼びかけると、ミチルはハッとした表情をした。そしてタケルの顔を見て怯え、後退りして逃げようとする。タケルは部屋に飛び込みとっさに手をつかんだ。
怯えるミチルを説得して、近所の喫茶店まで来た。ミチルはドアが開く度にビクビクして落ち着かない。
「大丈夫だよ。彼は勤務中だから来ない。さっき確認したから」
ミチルを安心させようとする。
「美容室、辞めたんだね」
ミチルは返事をしない。
「携帯は?」
ミチルのポケットに入っている携帯に目をやると、以前使っていた機種とは違っていた。
「変えたんだね。彼に言われて。...毎日何してるの?」
ゆっくりと優しく問いかけた。
「ご飯作ったり、洗濯したり、アイロンかけたり、テレビ見たり。...二時間置きに彼から家に電話が入るの」
ミチルはとっさに「もう帰らないと」と席を立つ。
「待って!目どうしたの?」
タケルはそっと手を伸ばした。ミチルが抵抗しないのを確認して眼帯を外すと、生々しい青アザが現れた。それは以前、自分がメイクして隠してあげた傷よりひどいものだった。
「...なんでそんなことを」タケルは絶句してしまう。
「晩ごはんの買物に時間がかかって彼が帰ってくる前に家に帰れなかったの。私が悪いの、うっかりしてたんだから」
ミチルは説明した。本気にそう思っているのか?
「...君が選んで彼のもとに帰ったのならそれでいいと思ってた。でもこんな生活はまともじゃない。早く抜け出さなきゃ!」
「でも、これがいちばんいいと思うんだ。誰にも迷惑がかからないから」
「そんなことない」
タケルはハッキリ言った。
「絶対にそんなことはないよ」
ミチルを真剣な顔で見つめた。その時、ミチルの携帯が鳴った。ミチルが慌てて出る。
「今どこ?」
宗佑だった。タケルはスピーカーモードにして話を聞いている。
「何でうちにいないの?家電にかけたんだけど」
「...ゴミ出すのに時間かかっちゃって」
「早くうちに戻ってろよ。晩ごはんの買物はしなくていいよ。俺が何か買って帰るから」
宗佑は何も言わなかったが、実はこの時、仕事を抜け出してマンションから電話をかけていた。
「わかった」
ミチルは電話を切った。宗佑がミチルを探しに外へ繰り出した。
「ミチルちゃん、逃げよう。ここから」
タケルは間髪入れずに言った。
「もう充分耐えたんだ。彼は変わらない。わかってるよね?」
「...でも」
「君がいなくなって彼が傷ついたとしても、彼が悪いんだよ。君をこんなに痛めつけた彼が悪い!君は悪くない」
言い聞かせるように言うと、ミチルは涙を浮かべた。
「シェアハウスに戻ろう。みんな心配してるよ。ルカも...待ってるよ」
タケルが静かに手を差し出すと、ミチルはためらいがちにその手を取った。
「さあ、行こう」
彼女の決心が揺るがないうちにカフェを出て、タクシーを停めようと手をあげたときにタケルは道路の向こう側に宗佑がいることに気づいた。まだこちらには気づいていないみたい、タケルはミチルの手を取り、走り出した。
「どうしたの?」
「とにかく走って!」
狭い路地を抜けて、広い通りを抜け、ビルの中を抜けていき、急いでタクシーをつかまえてミチルを押し込んだ。その時、宗佑が追いかけてくるのが見えた。
「出してください!早く!」
タケルも急いで乗り込む。タクシーの窓を宗佑が激しく叩いてくる。ミチルはひどく怯えている。
「急いで!」
タクシーが発進したが、宗佑は追いかけてくる。ミチルは姿が小さくなるまで宗佑を見ていたが、タケルの決意は固かった。
「今日は休みだから、今夜はここに泊まって。毛布もあるし、一晩ぐらいなら何とかなると思う」
タケルはバーに連れてきた。
「...ありがとう」
「すぐにシェアハウスに戻るのは危ないからね」
ミチルはまだビクビクしている。
「大丈夫。ちゃんとミチルちゃんを守る方法はあるはずだから。明日病院に行こう。医者に診断書もらって、虐待を受けたってことを証明できれば、彼を遠ざける立派な理由になる」
「タケルくん?このこと、まだルカには言わないで。心配させたくないから」
「わかった」タケルはうなずいた。
その頃、ルカは心療内科でカウンセリングを受けていた。
「ご家族にも話をされたことはありませんか?」
「父は、私が普通に女として結婚して幸せになるのを望んでいるんです。それは言われなくてもわかります。本当のことを言ったら、絶対に傷つくと思います」
「でもそのぶん、あなたの中に苦しみがたまっていきますよね?誰か一人でも打ち明けられる人がいれば。ご家族でなくても友人でもいいんです。本当のあなたのことを知っても、驚かず、受け止めてくれる人がいたら、話してみるのもいいかもしれませんね」
ルカは医師からの言葉を繰り返し心の中で反芻した。
タケルはいったんシェアハウスに戻り、コーヒーを入れて飲んでいると電話がかかってきた。聞いたことのない番号だ。
「はい、もしもし。どなたですか?」
相手は無言だった。嫌な予感がする。
「ママあ」相手の背後で子供の声がする。
「...姉さん?」
タケルは思わずつぶやいて電話を切った。激しい動悸がして冷や汗をかいた。その時、リビングのドアが開いた。
「...あ、おかえり」
ルカが帰ってきた。とりあえず笑顔を作ったが、ルカは何か考えている様子で素っ気なく「ただいま」と返事をした。
「コーヒー入れようか」
「お願い...いや、やっぱりいいや。ごめん」
ルカが自分の部屋に入ったのを確認し、タケルは大きくため息をついた。
翌日、タケルはミチルを病院に連れていき、治療を終えたミチルをバーに送り届けてシェアハウスに戻ると、宗佑が待ち構えていた。
「ミチル、どこですか?」
「ここにはいませんよ」落ち着いた口調で言った。
「どこにミチルを隠した!」
胸ぐらをつかんで怒鳴ってくる。
「あなたは彼女に暴力を振るった。彼女のことを監視して家に縛りつけた。それはみんな法律に違反する行為です。もしこれ以上あなたが彼女に近づいて何か強要したら警察を呼びますよ。あなたの勤め先にも訴えて出ます」
激しく詰め寄ってくる宗佑にもタケルは冷静に対応した。
「彼女は絶対に渡しません。帰ってください」
タケルは玄関の戸に鍵を閉めた。
「だいぶ元気になったね。アザも目立たなくなったし」
「そう?」
「...ミチルちゃん、シェアハウスに戻ろうか?」
タケルがミチルに提案したのは、その晩のことだった。
「みんなもきっと喜ぶよ」
タケルはバイトが終わった後、ミチルをシェアハウスに連れて帰った。
「ただいま。...あのさ、みんなこっち見てほしいんだけど。帰ってきたの、俺一人じゃないんだよね」
ミチルはリビングに入っていき、みんなに声をかけた。
「ミチルちゃん!」
「か...帰ってきたの?」
エリとオグリンが驚きの声を上げたが、ルカは無言でじっとミチルを見つめている。
「ミチルちゃんの美容室に住所聞いて、行ってみたんだ。そしたら、四六時中行動を見張られて家から出してもらえなくて、ひどいことになってた。見てられなくてさ、ちょっと強引だったけど、連れ出してきた」
「全然強引じゃないよ。よくやったよタケル!」
エリはタケルの肩を叩いた。
「でも、ここは危ないんじゃないかな?彼はここの場所知ってるし、この前みたく連れ戻しに来るかも」
オグリンが弱気なことを言う。
「その時はみんなで、ミチルちゃん守ればいいよ」
タケルは自信に満ちた口調で強く言った。
「そうだね。ミチルちゃんひとりじゃ心細いもん。あいつが来たら私たちで撃退しちゃえばいいんだよ!」
「...そうだな。四人いればなんとかなるよな!」
エリとオグリンは同意したが、ルカは何も言わない。
「...ルカ」ミチルが不安げにつぶやく。
「ルカ、いいよな?」タケルは助け船を出した。
「...うん。まあいいけど」ルカは無愛想に答えた。
「ありがとう...みなさん、またお世話になります」
ミチルはしおらしく頭を下げた。
「もう!そんなしおらしいこと言っちゃって!」
「そうだよ。せっかくだから再会を祝してワイン開けようよ!このあいだデパ地下でエリちゃんと買ったんだ」
「そうだね。飲もうか!ミチルちゃんも座って」
エリたちはワインで乾杯しようと盛り上がる。
「...私、寝るわ。明日早いんだ。お先に」
ルカはみんなが唖然とするなか、ひとり部屋に戻った。
ミチルが帰ってきたことにはホッとした。でも、どうしても素直になれなかった。翌朝も朝食をパスして家を出た。練習場に行くため自転車にまたがった時のこと。
「ちょっと降りて。駅まで話しながら行こう」
エリが追いかけてきた。サドルに手をかけてくる。
「ねー、何で怒ってるの?ミチルちゃんの優柔不断なところが嫌なわけ?男とくっついたり離れたりっていう」
「別に怒ってないよ」
「私はわかるけどね。人間って白と黒じゃないから。しょうもない男でもカワイイとこあったりするし」
「...エリ?またオグリン、部屋に泊めてやってんの?」
「まあ時々はね」
エリは普通に答えた。
「わかんないんだよね、あんたのそういうゆるさが。いついなくなるかわかんないのに気許して。あとでつらくなるのは自分じゃん。そういうの怖くないの?」
「私はそれほどヤワじゃないよ。それほどオグリンに入れ込んでないし」
「...そう」
「そっかー。だからミチルちゃんに気を許さないんだ。ルカって、ホントにミチルちゃんのことが好きなんだね」
エリにルカは返す言葉が見つからなかった。
宗佑はシェアハウス近くの公園から双眼鏡で中の様子を探っていた。おそらくここにいるとは思っていたが、携帯に電話しても繋がらないし、確かめようがなかった。舌打ちしながら電話をしまい、ベンチで昼飯代わりのパンを食べていると、ひとりの少年が近づいてきた。彼は樋口直也くんといい、宗佑が区役所で担当している家庭の子供だった。彼の母親は育児放棄しているので、以前から定期的に訪問していた。
「お母さん、また出かけてるの?」
直也くんがうなずく。
「パン、食べる?」
もう一度、直也くんがうなずいたので宗佑はパンを差し出した。お腹がすいているのか直也くんはパンを一気に口に詰め込んでいる。宗佑は微笑みながら見つめていた。
「自転車が急に壊れちゃってさ。見てくれない?」
タケルから呼び出され、ルカはしぶしぶ指定された公園へ向かった。修理道具一式を手にタケルを探していると、
「おーい、こっちこっち」
タケルが手を振っている。ミチルは気まずそうにルカを見ている。ルカは無表情のまま近づいていく。
「修理屋まで持ってけないんだよ、修理代として美味しいもんごちそうするから」
ルカは何かを察した。
「このブレーキがキコキコいうから、ちょっと油差してほしいんだよね」
「ごめんね、わざわざ」ミチルは恐縮している。
「...二人して何やってんだよ。てか何だ?この自転車」
置いてある自転車は二台。タケルのマウンテンバイクと、二人乗り用の自転車だった。
「サイクリングだよ。天気もいいし!」
タケルはニコニコしている。
「一応点検しましたけど?」
「タイヤの滑りが悪いような気がするんだよね。ちょっと乗って、確かめてもらえないかな?」
「普通に動くじゃん」
ルカがサドルにまたがると、タケルがミチルに後ろに乗るように目で合図してきた。ミチルが遠慮がちに後部座席にまたがる。
「よし!出発進行!ミチルちゃん、こいで!」
タケルが自転車を押して、ミチルがペダルをこぐ。
「ちょっとちょっと!何だよこれ!」
前の席のルカは、とりあえずこぐしかない。
「岸本選手!追いつかれました!」
タケルが自分の自転車で追い抜いていく。
「ぐんぐん差を開けられます!」
そう言いながら追い抜くタケルを見てたら悔しくなってきた。
「テメェなんかに負けてたまるか!」
ルカが一気にギアを上げ始めた。
「おー?追い抜けるなら追い抜いてみな!」
「待てよタケルっ!」
思い切りこぎ続けてタケルを抜かした。自転車で全力疾走しているといつの間にか笑顔になってくる。ミチルもタケルも笑顔で公園の並木道を走っていた。
広場のベンチでお昼を食べることになった。
「美味しいもんってこれかい!」
ルカはタケルの用意した食事を見て思わずツッコんだ。ごちそうすると言ってたのにコンビニのサンドイッチだったからだ。
「美味しいでしょう?青空の下で!最高でしょう」
「美味しいな、私は。懐かしいし」
タケルとミチルが楽しそうに笑っている。
「ね、学校抜け出して、よく公園でお昼食べたよね。二人で」
「私、学校嫌いだったなあ。校則も教師も制服も何もかも全部!」
ルカはうなずいた後、日差しの眩しさに目を閉じた。
「ルカ、いつもジャージだったよね」
「スカートなんか、はいてられるかよ」
「...ルカ?ごめんね」
ミチルが突然謝ってくる。
「なんで謝んの?」
「私のこと見てるとイライラするんでしょ?どっちつかずで、ふらふらして」
「そんなことないよ」
ルカはミチルをしっかり見つめ、もう一度「そんなことない」と自分に言い聞かせるように言った。
帰り道、ルカは自転車を押しながら、そんなミチルの横顔を見つめていた。微笑みながらタケルと楽しそうに話している姿を。
私が あなたから目をそらしてしまうのは
いつまでも見続けていたいから
あなたに やさしくできないのは
あなたを失うのが怖いから
この 穏やかな時間がいつまでも続くといい
できるなら いつまでも
「でさ、正直どうなの?」
ミチルに思いきってたずねた。
「あいつと別れられそう?」
「...宗佑といるとね、自分がどんどんなくなっていく感じがしたの」
ミチルはひとことひとこと考えてゆっくり答えた。
「いつも自分より宗佑の気持ちを優先してきた。そうするとね、自分が何を感じているのか、何が好きで何が嫌いか、本当は何がしたいのか、そういうことがわからなくなっていくの。そうやって、たいていのことには慣れちゃうの」
ミチルは自虐的に笑ったかと思うと、
「でも、最後まで嫌だったことがある」
きっぱりと言った。タケルがたずねると、
「彼が、ルカのこと悪く言うこと」
「へー。何て言うんだ?」
ルカはあえて軽い口調で聞いてみる。
「...あんなヤツ、女じゃないとか」
「それは言われてもしょうがないなあ」
ミチルの言葉にドキッとしたが、タケルが冷やかすように笑ってきたのでその場は救われた。
「おい、どっちの味方だよ」
ルカは笑いながらタケルの頭をはたく。
週末は母の日だったのでルカはカーネーションを手に実家を訪ねた。でも両親の態度がよそよそしい。ルカとろくに目を合わさずに父の部屋にこもって話をしていたので、
「何あれ?」
リビングでくつろいでいたルカが首をかしげると、
「うちのポストに変な紙が入ってたんだよ」
弟の省吾が教えてくれた。
「二人とも俺に隠そうとするんだけど、俺、見ちゃったんだよね。ポストの下にも一枚、落ちてたから...見る?」
省吾がポケットから出した紙には...
あなたの娘 岸本ルカは
女の体の中に 男の心が入った バケモノです
男のようないやらしい目で 親しい女のことを見ている
ゆがんだ精神の持ち主です
パソコンでプリントした文字が書いてある。
「世の中変なヤツがいるよね。やっぱ優勝とかすると、恨み買うのかなあ」
省吾の言葉にルカは苦笑いを返すしかなかった。
「お父さん、いい?」
ルカは父の部屋をノックした。
「変な手紙きたんだって?省吾に見せてもらった」
ルカは話を切り出した。
「ルカ?あなた、そういうこと書かれる覚えあるの?」
母が単刀直入に聞いてくる。
「...ああ。女子で抜群の記録で優勝したから恨まれてるんじゃないかな。女同士の嫉妬ってすごいから」
ルカはあっさりと聞こえるように言った。
「なんだ...そういうことか」
父は安心して胸をなでおろした。
「もしかしてちょっと本気にした?私男っぽいから」
「お母さんいつも言ってるじゃない。あなた、普段から言葉づかい乱暴すぎるのよ。そういうこともね、他人様の恨みを買うのよ」
「はいはい、わかりました」
「そうだ、ご飯にしましょう。ルカも手伝って」
両親は普段の明るい調子に戻った。二人の様子を見て、ルカは胸が痛んだ。
ミチルはシェアハウスに残され、ふと実家に電話をかけると留守電で、母の「同棲相手と一緒に旅行に行く」という旨の浮かれた声の伝言を聞いて、気持ちが暗くなった。
誰もいない真っ暗なリビングでぼんやりしているうちに、いつのまにか泣いていた。
「ただいま」
帰ってきたタケルがミチルを見て驚いている。
「ミチルちゃん?」
「ごめんね。お茶でも入れようか。コーヒーがいい?」
「...どうしたの?」
「わからない。...自分でもよくわからないの。ただ、なんとなく寂しくて。私、やっぱりここにいないほうがいいんじゃないかな?」
「なんで?」
「ルカに許されてないような気がする」
ミチルは正直な気持ちを打ち明けた。
「そんなことないよ。もし君がここを出てったりしたらルカは悲しむよ。ものすごく悲しむ」
「...タケルくんは、ルカのことがよくわかるんだね」
ミチルは余計につらくなった。
「私は、ときどきルカがわからなくなる」
ルカがシェアハウスに帰ってくると、リビングからミチルとタケルの話し声が聞こえてきた。
「ときどき、壁を感じるの」
「壁?」タケルが聞き返す。
「ルカとはずっと昔からの友だちだし、大事にしてくれてる。でも、ルカの心のどこかに壁があって、その中には踏み込めないの」
タケルはどう答えたらよいか分からなかった。
「ごめんね。よくわかんないよね。...おやすみ」
ミチルが部屋に入ったことを確認し、ルカはリビングへ入った。
「...聞いてた?」
「...ちょっと散歩行ってくる」
タケルは驚いていたが、ルカは荷物を置いて外へ出た。
近所の公園でブランコに乗っていると、タケルが来た。無言でルカのブランコの隣で立ち乗りしたり、ふざけてブランコをこぎ始める。ルカはタケルの顔を見上げて笑った。笑顔を返したタケルにもう一度笑いかけようと思ったが、笑えなかった。
「ルカ?」
タケルが心配そうに顔をのぞき込んできた。
「あのさ...ミチルが言ってたこと、本当なんだ」
ルカは正直な気持ちを話すことにした。
「私は、心の中に壁を作って、その中に人を入れない。何でかっていうと、本当の自分知られて、嫌われるのが怖いからなんだ。私、今まで人に隠してきたことがある。誰にも話していない秘密がある。でも、タケルには聞いてほしい。聞いてくれる?」
タケルはブランコを降り、ルカの前にしゃがみ込んだ。
「ごめん。その前にひとつだけ、俺もルカに話したいことがあるんだ。いいかな?」
タケルの意外な言葉に驚いたが、ルカは「何?」とたずねた。
「ルカを見ていると思うんだよな。俺に似てるって。俺も小さい時にあることがあって、それをずっと人に言えずに苦しんできた。でも、今言いたいのはそんなことじゃない」
タケルはルカをじっと見つめた。
「もっと、大事なこと」
タケルは深呼吸した。
「俺...君が好きだ。君のことが好きだ」
タケルの言葉にルカは激しく動揺した。
(参考・どらまのーとドラマレビュー)
このページは2008年に放送された「ラストフレンズ」を改めて見返し、それを文章化してブログ内で小説として成立させて読めるようにしたものです。