かなり早いペースでの投稿となりました。当ブログでは2008年に放送された「ラストフレンズ」をブログでも読めるように文字化しました。第3話までのあらすじはカテゴリ内にて閲覧できます。閲覧して頂いている読者のみなさまに感謝申し上げます。管理人より。


ラストフレンズ
第4週 - 引き裂かれた絆 -

ミチルが傷だらけでシェアハウスに助けを求めてきた。タケルはテーブルにメイク道具を広げて、絆創膏を貼って応急処置をし、顔に傷を隠すためにファンデーションを塗ってあげる。

「これで、だいぶ目立たなくなったと思うけど」

「...ありがとう」

ミチルが弱々しい声でうなずいた。ソファに座っていたルカがおもむろに立ち上がった。

「ミチル、正直に言ってくれる?こういうこと、これで何度目?」
「こんなにひどくは。...でも、何度か」

ミチルはルカから目をそらした。
「別れた方がいい」

ルカははっきり言った。
「優しい人だとか、私を愛してくれてるとか、ミチルは言ってたよね。でも違うよ。これは愛じゃない。暴力で人を思い通りにしようとするのは愛じゃないよ」
ミチルが泣き出したのでタケルがティッシュを渡した。
「思うんだけどさ、DVやる男って、だいたい性格がしつこいんだよね。絶対ストーカーみたいになって、ミチルちゃんのこと追い回すんじゃない?」

エリが心配そうに聞いてくる。
「とにかく、今ミチルにあいつを近づけるのは危険」
「そうだね。距離は置いた方がいいかもしれない」

ルカの言葉にタケルがうなずいた。
「この家がそいつに見つけられる可能性って、どれぐらいあるの?」

エリの質問にルカはしばらく考えた後、ミチルに、
「美容室は変えた方がいいね。それと、携帯は絶対に出るな」
「わかった。でも美容室は...」
「タケル?なんか、あんたのツテでないの?」
「探してみるよ」

ルカのたずねにタケルは約束してくれた。

ルカは念のために自分の両親にもミチルのことを伝えている。ミチルから聞いた彼の情報を伝える。

「その男は区役所の福祉課っていうかもしれないけど真に受けちゃだめだよ。メモしといて。及川宗佑、この名前だったら電話すぐに切って!」


翌朝、みんな仕事に出たが、シェアハウスにはタケルとミチルが残っていた。
「...今日はルカのカップでいい?」

ミチルにコーヒーを入れてあげる。
「うん、ありがとう」
ミチルはマグカップを両手で抱えるようにしてコーヒーを飲んでいる。
「タケルくん、仕事は?」
「うん?...今日は大丈夫だよ」
「そう」
ミチルがかすかに微笑んだ時、インターホンが鳴った。ミチルは目を見開いて体を硬直させる。
「はーい」

タケルは極力明るい声で玄関へ向かった。向こうで誰かがドアをドンドン叩いている。
「俺だよ、開けて!悪い、忘れ物。財布と鍵」
「小倉さん?」

「金ないと昼飯食えないからさ」

ソファにあった財布と鍵を渡し、ミチルのもとへ戻る。

「小倉さん、紛らわしい真似やめてくださいよ。例の彼氏だと思ったじゃないですか」

「悪いね。それと小倉さんっていうのやめてほしいな。オグリンでいいよ。ミチルちゃん?家でじっとしてるんだよ!いいね?」

ドアを閉めてオグリンは走っていった。


「彼氏かと思った?」

タケルがミチルの隣に座る。

「好きだった人をすぐに嫌いになんかなれないよね。でも今はルカの言う通り、彼とは少し距離を置いたほうがいいよ。だって、今のままじゃダメだろう?相手に変わってもらわないと」

「変われるのかな?...宗佑は変われるのかな?」

ミチルはつぶやく。

「ごめんね。こんなこと言われてもわかんないよね」

「...変われる人もいると思う。でも変われない人のほうが多いのが現実」

タケルはマグカップを洗いに台所へ向かった。


宗佑はミチルの美容院に来ていた。
「藍田は本日はお休みを頂いております」

代理のスタッフが対応する。
「そうですか」
「急に休まれると困っちゃうんですよね、こっちも」
「...もし出てきたら、こちらに連絡するようにお伝えください」
「はい、わかりました」
「お願いします」

宗佑は名刺を渡して帰っていったが、スタッフは名刺をゴミ箱に捨てた。

ルカはモトクロスの練習をしていた。コースを一周して戻ってくると、
「よし、だいぶイイ感じだ。戻ってきたな。トレーニング頑張った甲斐あったな!重心が安定してきた。よし、今日は飲みに行くか?おごってやるよ」

タイムを計ってくれた林田監督が微笑む。ルカは気分が良くなって「はい」と言おうとしたが、家にミチルがいることを思い出す。
「...今日はちょっと。
家で人が待ってるんで」

「男か?いいなお盛んで。わかったわかった。じゃあまた今度な」

監督はルカの肩を叩いてどこかへ歩いていく。ルカが引き止める。
「林田さん、すぐに男だとか女だとか、そういうこと言うのやめてくれます?」
ルカは抗議した。
「私はレーサーです。女とかじゃなく、一人のレーサーとして見てください」
「それは無理だな。梨を林檎だと思えと言うのと一緒だよ。お前は女だから」
監督は背中を向けて去っていこうとしたが、後ろを振り返って、
「お前は優秀な女子レーサーだよ!」と笑顔で叫んだ。
お前は女だから、その言葉がルカに突き刺さった。

夕方、みんながシェアハウスに帰ってきた。エリとオグリンがスーパーの袋を持っている。

「今夜はすき焼きするよー!」


「ルカ、シラタキ切るよ」
「あ、エリ?豆腐使っていい?」

ルカが冷蔵庫から豆腐を出してくる。
「これ私が買ったやつ!120円!」
「いいじゃん。今週金欠なんだよ」
「だめ、豆腐は有料コンテンツになりまーす」
「モチ入れようよ、俺買ってきたんだ」

スーパーの袋からオグリンが切り餅を出してくる。
「すき焼きにモチ?考えたことないよ

「うちの地元はモチ入れてたよ」

「オグリンって出身地どこ?」
みんなで盛り上がっていると、マナーモードにしていたミチルの携帯が震えた。携帯をこっそりベランダに持っていって履歴を見ると、宗佑の不在着信が何件も入っていた。

宗佑からのメッセージが残っていて、再生してみる。
『ミチル、戻ってきてほしい。一緒にご飯食べよう』

『ミチル、二度と君に手をあげないって約束する』

『ミチル、もう君のいない時間は耐えられない』

悲痛な彼の声を聞くと胸が痛くなる。するといきなり後ろから携帯を取り上げられた。
「聞くなよ、こんな伝言」
立っていたのはルカだった。
「戻ってきてくれ。暴力は二度と振るわない。だろ?」
「...そうだけど」
「信じちゃダメだよ。戻ったら、また同じことの繰り返しになる。傷つくのは自分だよ。...さ、食べよう!みんなですき焼きだ!

ルカは明るくミチルの手を引き、リビングへ戻っていった。


ルカはミチルの横に座り、みんなですき焼きをつつく。

「あ、取るの早いって!まだ食べ頃じゃない」

オグリンが鍋を仕切り出した。

「うるさいなあ、肉ぐらい自分のタイミングで食べるって!鍋奉行禁止!」

エリがオグリンを無視して器に具を盛った。

「鍋奉行とか言うなよ。俺はみんなに美味しい食べ時を教えてあげてるだけだもーん、ねえ?」

オグリンがミチルに問いかけた。ミチルは苦笑い。

「若い子味方につけようとしてる!ミチルちゃん、こんなオッサンの肩持つことないんだからね!」

「オッサンって言うなよな。まだ30だし」

エリとオグリンの言い合いを聞いていると...
「ミチル...遅れとってんじゃん。何食べる?肉入れてあげるから。あと豆腐とシラタキとネギと...」

ルカがミチルの器に具を入れてくれた。
「なんかさー、ルカのミチルちゃんに対する態度って男みたいなんだよね。男がうーんと年下のさ、可愛くてたまらない彼女をかばってるみたいな」

エリの言葉にルカはドキッとした。
「そうかなあ?」タケルは言ったが、
「あー、確かに言われてみれば」

オグリンはうなずいている。
「そんなことないよ。私誰にでも優しいもん」
「えー?そんなことないって。私への態度と全然違うんだもん!...ま、別にいいんだけどさ。まあ、ミチルちゃんは保護本能をくすぐるところがあるからね」
「まあな。でも、こんな可愛い女の子叩いたり蹴ったりするってどんな男だよ?」

オグリンは首をかしげる。
「見た目は普通の男だったよ」ルカが説明する。
「でも中身はサイテーだね!」
「変態だよな、間違いなく!」

エリとオグリンが盛り上がっていると...
「宗佑のことそんなふうに言わないで」

突然ミチルが声を上げた。二人が話をやめる。
「...宗佑だって叩きたくて叩いてるんじゃなくて、私を叩く時は自分も苦しんでると思うんだ。理解してもらえないかもしれないけど」

ミチルはうつむいてしまう。
「いたいけだなあ、ミチルちゃん。こんなにされてるのに」

オグリンがビールを飲む。
「...とにかくさ、今は飲んで食べて元気出そう!」

「そうだよ、ミチルちゃんもどんどん食べてよ!まだお肉も野菜もいっぱいあるからね」

タケルとエリがミチルに微笑みかける。
「じゃあこれ食べたら、みんなでババ抜きしようよ!」

ルカはミチルに強いショックを受けたが、気を取り直して笑顔を作った。
「いいよ、やろうか」
「大人と大人の心理戦だね」
みんなの様子にミチルが微笑んだ。
「ほら、ミチルちゃんも飲んで!」

タケルがビールを注ぐ。



次の日、仕事帰りにエリとオグリンは雑貨屋に寄った。
「こういうの、どうかな?」

オグリンは食器コーナーでマグカップを眺めている。
「...本当に買うんですか?ペアのカップ」
「じゃあ、こっちはどう?」
「私たちって、そういう仲なのかなあ」
エリがつぶやいたその時、オグリンの動きが止まった。
「どうしました?」
「あれ...俺の嫁」
30くらいの女性が若い男と一緒に歩いてくる。

「あいつ...何やってんだ」

オグリンは勇気を振り絞って近づいていったが、怖じ気づいてしまい近くの商品棚に隠れてしまった。

オグリンの嫁は不倫相手と一緒に買い物を楽しみ、二人は会計をクレジットで支払っていたが、そのクレジットはオグリン名義のカードだった。出て行く前に知らぬ間に嫁から財布の中のカードを抜かれてしまったのか、オグリンは唖然とし、頭をかかえてしまう。

近くの喫茶店でオグリンがエリに事情を説明すると、「カードを返してもらって自分の「権利」を主張しなさい」と怒られた。

「奥さんとちゃんと話した方がいいです。...って、それが出来ないからずるずるうちにいるんだろうけど」
「あいつ、さっき嬉しそうだったな。あんなに喜ぶんだったら俺が買ってやればよかった」

気の弱いオグリンは泣き出してしまった。エリがハンカチを渡す。
「ありがとう...」
「バカだなあ、まだ愛してるんだ...よしよし」
エリは微笑んでオグリンの頭をなでてやる。

その頃、ルカはいつものようにバイクの練習をしていると、コースの外れにずっと立っているスーツ姿の男が目に入った。じっとこちらを見つめてくる男は病院で見たあの男だった。宗佑である。ルカは慌てて更衣室に入って、タケルに連絡する。
「そこに、ミチルいる?」

この日、ミチルはアシスタントとしてタケルのヘアメイクの仕事に同行し、夜はタケルのバーで手伝う予定になっていた。
「うん、手伝ってもらってるけど?」
「今、ミチルの彼がいたんだ」

タケルは黙りこんでしまう。
「...私の後つけて、シェアハウスに来るつもりなんだ、きっと。なんとかしてまくつもりだけど」
「...うん」
「今夜はミチルを一人にしないでほしいんだ。私はどっかで時間潰して帰るよ。あと、ミチルには言わないで。動揺すると思うから」
「...わかった」
「よろしく」
電話を切って、着替えていると窓の外からこちらへ歩いてくる男の影が見えた。宗佑ならガツンと言ってやらないといけない。ルカが覚悟を決めてドアを開けると、
「なんだいたのか。急に消えるからどこ行ったのかと思ったよ」

いたのは林田監督だった。
「林田さん、今夜飲みにいきません?」
「え?...ああ、別にいいけど」
「最近ストーカーにつけられてるんですよ」
「へえー、お前が?」
「ありえないですよねえ」
ルカは監督と一緒に歩き出したが、背後に宗佑がいることに気がつかなかった...。

居酒屋でルカは酒がけっこうすすみ、酔ってきた。
「だからさ、コーナー曲がる時はこんな感じよ。自分の中で重心ぐーっと寄せてさ、トラクションかかれって!」
「ああ、わかるわかる!でもそこが難しいんだよ」
「そう!難しいんだよな。でも、出来たって思う瞬間あるだろ?爽快だろ?そういう時。そういうのは見ててもわかるんだよ。お前、今日の七周目のあの感じ忘れんなよ?最高のコーナリングだったろ?」
「はい!頑張ります!」
「よし!お前はいい後輩だ岸本!」

監督はルカの頭をくしゃくしゃになでた。

店を出た二人は夜の街を楽しげに歩いていく。
「可愛げなくてすみません。でも、私バイクには命賭けてますから!」
「バカヤロー、命なんか賭けるな。死んだら元も子もねえんだからよ」
「了解っす」
その時、ルカは駆け寄ろうとしてつまづいてしまう。
「大丈夫かよ」
監督は慌ててルカを支えた。その時、不意に監督はいきなりルカを抱き寄せてきた。
「やめてくださいよ...冗談」
笑い飛ばそうとした瞬間に監督が唇にキスしてきた。ルカは目を見開いたまま混乱してしまう。監督は強く抱きしめてくる。男の匂いと、腰に回した手と、ルカの唇に密着する監督の舌。激しい嫌悪感に襲われ、力を込めて監督を突き飛ばした。
「やめろっつってんだろ!」
倒れ込んだ監督はびっくりしてルカを見つめていた。ルカは全力で駆け出し、近くの公園で唇を洗った。だが嫌悪感は消えなかった。

閉店準備をしているとカランカランとドアが開いた。
「ルカ...?」

ルカは気がつくとタケルのバーに来ていた。
「上手くまけた?」

タケルは顔を上げてルカにたずねた。
「...大丈夫だよ。ミチルは?」

ルカは憔悴しきった顔でカウンターに座った。
「エリとオグリンが迎えに来て、先に帰ったよ」
「...そう」
「どうしたの?」

ルカの様子がおかしい。とりあえずコップに水を入れて渡したが、ルカのコップを持つ手が震えていた。
「何があったか、話してみて」

タケルはカウンターを出て、ルカの隣の席に座った。
「男に襲われた」
「え?」心臓がドキッとした。
「ミチルの彼じゃないよ。前からよく知ってる人で、別に嫌いな人じゃない。でも、触られたらゾッとした。私ダメなんだよね、そういうことされると。相手にっていうより、そういうことされてる自分にゾッとして。...わかんないよね」
「いいや」

タケルはつぶやいた。自身もヘアメイクの仕事中にモデルから言い寄られて無理やりキスされた時に嫌悪感に襲われた経験があるからである。
「ダメだな。こんなことぐらいでさ。私、強くなりたいのに。強くなきゃいけないのに、ミチルのためにも。ダメだよな、ほんとに」
ルカは泣き崩れてしまう。
「肩、抱くよ」
タケルは椅子を近づけて優しく言った。ルカが小さくうなずいたので、そっと肩を抱いてたずねてみる。
「俺のこと、怖い?」
ルカは首を横に振った。
「タケルは怖くない。タケルは、大丈夫だ」
「ここでなら泣けるだろ?泣いていいよ」
タケルに肩を抱かれながら、ルカは号泣した。

ひとしきり泣いた後、もう大丈夫だと笑顔を取り戻したので二人でシェアハウスに戻った。
「遅かったじゃん。暇だから気分転換に三人でジェンガしてたの」

エリが伝える。
「オグリンが負けまくり!」ミチルが微笑んだ。
「でもなんか、ミチルちゃんにオグリン!って言われると、胸がきゅ~んと...」
ジェンガの木をそっと抜こうとするオグリンの頭を「ばーか」とルカが微笑みながら叩いた。ジェンガが一気に崩れ落ちた。
「ねえ、ウノでリベンジしよ!」

ルカは引き出しからUNOを取り出し、タケルは台所でコーヒーを入れるためにお湯を沸かし始めた。
「ねえ、私今日は紅茶の気分」

「じゃあエリは紅茶ねー。あー疲れたや」

タケルはお湯が沸くまで、換気扇を回してタバコを吸った。


その日 誰も知らない君の弱さを 俺は知った

君がミチルちゃんを守るなら 俺は君を守ろうと思った


「今日はどうだった?」

ルカがミチルにたずねた。
「タケルくんの仕事場に連れてってもらって、世界は広いな!って思った」
「世界は広いな...か」

オグリンも換気扇の前に来てタバコを吸っている。
「髪型だけじゃなくて、お化粧とか衣装とかトータルコーディネートして魔法みたいに空気変えちゃうの。すごいなって思った。私はいつも目の前のお客さんの髪を見ているだけだから」
「まあ...世界は広いし、男だってごまんといるからね。なにも暴力マンだけじゃないよ」

タケルは優しく言い、各々のカップにコーヒーを、エリには紅茶を注いであげる。
「彼は、ミチルちゃんの手足を縛って狭い世界に閉じ込めておきたかったのかもな」

オグリンがそう言いながら角砂糖を棚から出した。
「うーん」ルカがオグリンを見つめる。

テーブルにはマグカップが人数分置かれていた。
「緑のカップはオグリン。オレンジのはエリ、ピンクのはミチルちゃんでどう?」

タケルが仕事帰りにマグカップを雑貨屋で買ってきてくれていた。
「タケル買ってきてくれたの?気が利くね!」

エリがタケルの肩を叩いた。

「タケルですから」ルカが微笑む。
「ありがとう!すごいうれしい!」ミチルも微笑む。
「よし、乾杯しよう!」
今度はルカの音頭で穏やかな夜のひとときが始まった。


次の日、練習に行くのは気まずかった。着替えてコースに出ると監督が他の選手の指導をして立っている。
「おはようございます!」
意識しながらも大きな声で挨拶してみる。
「...八の字やっとけ」
監督はルカの顔を見ずに練習の指示をした。
「林田さん、私の顔見てください」
監督を追いかける。
「昨日のことはなかったということで」

いつもの調子で言ってみた。
「そうだな、すまん。俺もどうかしてたんだよ。相当酔っぱらってたからなあ」

監督がホッとしたように笑った。
「私は、監督のことをレーサーとして尊敬しています。友情も感じてます。尊敬も友情も出来れば壊したくないんで、よろしく」
ルカはりりしい表情で告げ、練習を始めた。

部屋にミチルはひとり残り、タケルが買ってきてくれたマグカップでコーヒーを飲んでいた。テレビをつけても、つまらない番組しかやってないので電源を消し、エリに貸してもらったファッション誌も読み飽きてしまった。みんなが各々働いているのに自分は何をしているのかと思ってしまう。


ミチルはテーブルの上の携帯を見た。ルカから禁止されていたが手に取って電源を入れた。着信を見ると宗佑からの不在着信が何件も入っていた。が、最近の履歴は「藍田家」からだった。三回ほど続けてかかってきていたので、とりあえずかけてみる。

「ミチル?よかった!やっと連絡取れて」

母がやけに明るかった。
「どうしたの?」
「なんとなくね。あんた男と住むってうち出たっきり、顔見せないでしょ。どうしてるかなと思って」
「元気だよ。お母さんは?」
「うん。こっちも元気。ケンちゃんとも仲良くやってるよ」
「そう。よかったね」
「それでね、お金がちょっと足んなくなっちゃったんだよね」
「もう、今月の家賃は振り込んだよ」
「うん。でもね、あの人大食いだから、食費とかもいろいろかさんじゃって」
「...わかった。じゃあ、あとでまた振り込んでおく」
「たまには顔見せなよ。この間、ケンちゃんと一緒に伊香保温泉行ってきたの。お土産買ってきたから、それも渡したいしさ」

ミチルから報告を受けたルカはアパートへ出向いた。

「やっと来た。おかえり!」

母が待ってましたとばかりにドアを開けた。
「ミチルの代わりに来ました。岸本ルカです。中学、高校と同級生だったんですけど、覚えてませんか?」
「そういえばそうだったかしらね」

母は目をそらして気のない返事をする。
「これ、ミチルからです」

一万円札の入った封筒を差し出した。
「ありがとう。ミチルによろしく伝えといて」
「お土産とかあるなら、渡しておきますけど」
「お土産?」
「伊香保温泉の」
「ああ...そうね」
母が部屋の奥に消えた時に、ルカは玄関先から部屋をのぞいてみた。嫌な予感がした。何かの罠だと思った。

「ちょっと古くなっちゃったけど、大丈夫そうね、賞味期限」
母から温泉まんじゅうを受け取り、「それじゃ」とルカは去ろうとする。
「ねえ、ミチル今どこにいるの?」

背後から母が声をかけてきた。
「彼と一緒に住むって言ってたけど、どうせケンカでもして、家出しちゃったんでしょ?あの子は私に似て、要領悪いところあるから」
「いずれ、ミチルから連絡させます。ごめんなさい」
ルカは足早に自転車に乗って走り出した。背後に視線を感じて急いでシェアハウスに戻った。

「悪かったね、上手く聞き出せなくて」
宗佑は部屋の押し入れに隠れて張り込んでいた。実はルカと母の会話中に母の携帯と宗佑の携帯を電話で繋いで話を全て聞いていた。母の携帯を傘立ての奥に突っ込み目立たなくさせ、ルカが来るまで
宗佑は隠れていた。

「とりあえず受け取ってちょうだい」
母は金の入った封筒を渡そうとするが、彼は受け取らなかった。

「ありがとね。助かるわ」
彼はすぐにアパートの下に停めておいた車を出して、ルカを尾行した。

夜、ミチルの入浴中にルカはエリたちに今日あったことを話した。
「で、会ってきたんだ、ミチルちゃんのお母さんに。どんな人?」
「ミチルには言えないけど、私はあのお母さんあまり好きじゃないよ」

ルカの言葉にエリとオグリンは黙ってしまう。その時、玄関のドアノブをガチャガチャ回す音が聞こえた。
「タケルかな?ちょっと見てくるね」

エリが玄関に向かっていく。
「...エリ、待って!」
ルカは慌てて走っていったが、エリは既に玄関を開けていた。玄関先にはやはり宗佑が立っていた。
「ミチル、ここにいますよね?」

宗佑は目の前のエリを無視してルカに問う。
「いませんよ」ルカは即座に否定した。
「いるんでしょ?会わせてください」
「いません」
彼は自分の携帯を取り出してミチルに着信した。するとリビングの方から着信音が鳴り出した。
「ほら。いるのはわかってるんだ」

エリは彼を追い返すための道具を取りにスッとその場から去った。
「いたとしても、あなたに会わせません。あなたがミチルに何をしたか全部わかってますから。帰ってください!」
「ミチル!」

ルカの制止を振り切って、名前を呼びながら土足で部屋に乗り込もうとする。
「出てってください!無理やり押し入ったら警察呼ぶからね!」

エリが電話台の前でホウキを持って怒鳴りつけた。

「区役所に勤めてんのにヤバイですよね、警察なんて」
彼を玄関から押し出して力任せにドアを閉めた。

外は雨だった。ルカがカーテンの隙間から外の様子をうかがう。
「帰った...かな。帰んないよね、あの感じじゃ」
エリがつぶやいたところにミチルが風呂から出てきた。
「ミチルちゃーん!どう?いいお湯だった?ハーブの入浴剤、いい香りだったでしょ」
「喉かわいてない?なんか冷たいものでも飲もうか」

エリとオグリンが駆け寄ってくる。
「...どうしたの?」不審がるミチルに、
「お風呂上がりのミチル見てドキドキしてんじゃない?このドスケベカップル」

「カップルじゃありませーん!」

ルカたちが笑いかける。

タケルは雨に打たれながら家路を急いでいた。すると、びしょ濡れで家の近くのゴミ置き場の塀にもたれている宗佑の姿が目に入った。タケルは気づかれないように回り込んで家に戻った。
「...おかえり」ルカが迎えてくれた。
「ただいま。ミチルちゃんは?」
「部屋にいるよ。たぶん寝てると思う」
「あの男がいたよ。家の近くに」
「...まだいるのかよ、あいつ」

ルカは苛立った口調でつぶやいた。
「まさか...ここ来たの?」
「私がつけられてたんだ。油断してた。こうなったら、あいつがあきらめるまでミチルを外に出しちゃダメだ」
「俺、今夜起きてるよ」タケルが言った。
「...いいの?」
「だって、ミチルちゃん心配でしょう?」
タケルはカーテンの陰から外を見た。さっきいた場所に宗佑はもたれながらじっとシェアハウスのドアを見つめていた。ルカもタケルの後ろからそれを見つめていた。

窓を叩く雨の音が気になって眠れずに、ミチルはリビングに出てきた。
「ちょっと...眠れなくて」
「ハーブティー入れてあげようか?ラベンダーとカモミール。神経を落ち着かせる作用があるんだ」
「...ありがとう」
ミチルにハーブティーを入れてあげた。
「...タケルくんの家族って、どんな感じ?」
「うちは普通だよ。サラリーマンの父親に専業主婦の母親。それと姉がひとり」
「お姉さんいるんだ。そんな感じするね。仲良いの?」
「...どうかな。なんでそんなこと聞くの?」
「美味しいコーヒーとか、お茶とか入れる人って、きっと穏やかで、いいおうちに育ったんだろうなって思って」

「そんなことないよ」

「...私のうちは、両親が仲悪くて、中学のとき離婚したの。離婚してから、お母さんは外で働きづめで、私は家でひとりだった」

ミチルはカップを手に、かみしめるように話した。
「宗佑も、私と似て母子家庭で育てられたんだよね。でも、そのお母さんも恋人が出来て、宗佑が小学生の時に、家を出てっちゃったんだって。それで宗佑は親戚の家、あっちこっち預けられて。...ごめん。彼の話なんて興味ないよね」
「いや、いいよ」

タケルは向かい側の椅子に腰かけた。
「最初に会った時に、似てるなって思ったの。私たち、ひとりぼっちどうしだなって。ここでみんなによくしてもらっていると、宗佑に悪いような気になる。宗佑はひとりぼっちなのに」
「そんなこと思う必要ない」

タケルはきっぱりと言った。
「それに、ひとりぼっちっていうなら、みんなそうだよ」
「そうかな?それはいろいろじゃない?ルカなんてこの前のレースの時に、家族みんなが応援に来てくれて。すごくあったかい感じで、なんか私、ちょっとうらやましかった」
「人がどれぐらい孤独かなんて、はたから見てるだけじゃわかんないよ。ルカもそうだし」
タケルはハーブティーを飲んで黙り込んだ。

宗佑 あの夜 窓を叩く雨音を聞きながら

私は あなたのことを思って過ごした

ルカ 私を許して

私は あなたの苦しみには 気づかなかった

ルカは明け方に目を覚まし、窓の外を見るとさすがに宗佑の姿はいなかった。リビングに出て、ソファで寝落ちしたタケルにタオルケットをかけてやると、ミチルが部屋から出てきた。
「おはよう、ルカ」

「おはよう」
「...雨、上がったかな」
ミチルがカーテンを開けると、まだ小雨が降っていた。
「まだみたい。ゴミ出してくるよ」

ルカが慌てて飛んでいく。
「...私がいくよ。その格好だし、休んでて」 

ミチルは既に着替えていたので、ルカはしぶしぶ承諾した。


ゴミ袋を出して戻ろうとしたときに植え込みに黒い革靴が見えた。不審に思い、覗き込むとずぶ濡れの宗佑が崩れ落ちるように座っていた。

「...宗佑?」
宗佑が静かに振り向く。
「私のこと...待ってたの?いつから?まさか一晩中ここにいたの?」
傘を差し掛けながら駆け寄ると、宗佑はゆっくりと立ち上がった。
「...ミチル。僕は、いつも君を待ってる。待つのはつらくないんだ」

宗佑は泣き笑いの表情を浮かべていた。
「宗佑...」
ミチルは傘を捨て、濡れた宗佑の体を抱きしめた。


ミチルが心配になって急いで駆けつけたルカは、抱き合う二人を見て傘を手に呆然と立ち尽くした...。


(参考・どらまのーとドラマレビュー)