ドラマをそのまま文章化してブログで読めるようにしました。あらすじが分からない方はカテゴリに掲載されている第1話を確認してください。なお第3週は5月3日未明に掲載します。


ラストフレンズ

第2週 - 命がけの秘密 -

もしも 私に 人の心を知る能力があったら
あの 恐ろしい出来事を あの死を
防ぐことが出来たのだろうか と

朝が来た。ルカは酔い覚ましにとエリに味噌汁を飲ませてあげた。おいしそうに絶え間なく飲んでいる。

「あー、おいしい!実家の味って感じ」

「エリの実家の味知らないし。おかわりあるから自分で入れな」

ルカがカーテンを開けにいく。

「あれ?何でいないんだタケルの野郎。帰ったの?」
「五時ぐらいに仕事あるからって帰った」
「ヘアメイクとかいう?」
「本職なんでしょ?でも」
「...あいつってさ、なんかどっかつかみどころないっていうか。付き合いいいんだけど、醜態見せないっていうか。本心わかんないとこあるよね」
「あー、あるかも!」

ルカとエリは笑い合いながら、ちらっとミチルの方を見てみる。椅子の上で体育座りしているエリとは対照的に、ミチルは大人しく座ってトーストをかじっている。
「大丈夫?」

エリがたずねる。
「あ、うん!あの...美味しいね、これ」

ぼんやりしていたミチルが顔を上げた。
「ミチルも仕事でしょ?どうする?」
「あ、もう行かなきゃ」

ルカの問いかけにミチルはおもむろに立ち上がった。

ルカは自転車を押しながらミチルを駅まで送った。
「じゃあ、行くね」
「うん」

ルカがうなずくと、ミチルは笑顔を見せて手を振って改札へ向かっていった。ルカと背丈は同じくらいだが、彼女の後ろ姿はいつも寂しげで頼りない。
「ミチル!」
ルカは思わず声をかけた。明け方の彼女の涙を思い出したからだ。

「なあに?」ミチルが振り返る。
「大丈夫?」

「大丈夫って...何が?」
「...いや、大変そうだから。仕事」
「大丈夫だよ。ありがとう」
ミチルは笑顔を見せて改札へと消えていった。ルカはミチルの背中が小さくなるまで見つめ、ハンドルを握ったまま立ち尽くしていた。


あの晩 あなたの涙を見ていたのに

なぜ 私は そのわけを聞こうとしなかったのだろう

数年ぶりに会うあなたは とても幸せそうで

でも とても寂しそうで  そのわけを 私は知らなかった

知っていたら なにか出来たのかな

もしも 私が 知っていたならば


ギリギリの時間に出勤したミチルは慌ただしく身支度をし、その時に携帯の電源が切りっぱなしなのに気づいて電源を入れると不在着信が17件。ぜんぶ宗佑から。
「...宗佑」ため息まじりにつぶやいていると、

「何やってんの?早く来な」
先輩に呼び出され、携帯を閉じて店内に向かおうとした時に髪を引っ張られた。
「髪が乱れてる。シャツにシワ寄ってるし、そんな格好で客前に出るの?」
「すみません」慌てて服を直そうとする。
「男んとこ泊まってきたって丸わかりなんだから」
先輩が非難の言葉を浴びせてきた。

散々嫌みを言われ、足を踏まれて一日中ミチルは先輩からいびられた。仕事を終えて店を出てくると宗佑が待っていた。
「ミチル...うちに帰ろう」

宗佑がミチルに近づいてくる。
「...怒ってないの?」

彼女が恐る恐るたずねると、彼は切ない表情を浮かべて手を差しのべてきた。その手を握ると彼は彼女を力強く抱きしめた。彼女に対する愛情が力強さから伝わる。そんな彼に彼女は抵抗することなど出来なかった。

家に帰ると壊れたスタンドと同じものがあった。
「これ...どうしたの?」
「同じの買ってきた。ミチルが気に入ってたみたいだから」
彼の言葉に、彼女は涙を浮かべた。
「...どこにも行かないでほしいんだ。黙って出ていったりしないでほしい」
「...ごめんね。ごめんね、宗佑」
泣きながら謝る彼女を彼が優しい目で見つめていた。

ルカはいつものようにバイクショップでアルバイトをしていた。するとそこにルカの父の修治が訪ねてきた。
「お父さん!」
「頑張ってるみたいだな」

夜、ルカは父の修治と一緒にタケルのバーに来た。

「おー、いらっしゃい」

タケルが顔を上げる。

「タケル、紹介するね私のお父さん」

ルカはお互いを紹介した。


「で、どうなんだ?調子は」

父は焼酎ロックを注文し、ルカにたずねる。
「モトクロス?絶好調だよ。ラップタイムが1分47で、今度のレース優勝狙えるかもしれない!」
「そうか。それは女子としてはいい記録だな」
「男女関係ないよ。いずれ男子も驚くような記録作って、全日本選手権に出るのが夢だから」
「ならバイトなんか辞めてトレーニングに専念したほうが良くないか?」
「いいの。バイトはバイトで気分転換になるんだよね」
「生ビールと焼酎ロックです。あと、これはサービスです」

酒とつまみを置いて、仕込みがあるからとタケルは厨房へ消えた。

「付き合ってるのか?」

父が耳元でささやく。
「タケルと?まさか!何言ってんの?」

「でも、お前だって年頃なんだからそういう相手がいてもおかしくないだろう?」
「タケルは違うよ」

ルカは笑い飛ばした。
「そうか。まあ、あの彼はちょっとな。軟弱な感じだしな」
「何ほっとしてんだよ」
ルカはポンポンと父の肩を叩いた。


父が帰ったあとも一人で飲んでいると、
「いいお父さんだな」

タケルが声をかけてきた。
「うん。でも、お父さんってよりかは親友みたいな感じかな。何でも理解してくれて、味方してくれる。実は若い頃はサッカーとかやってたんだよ。だからあれで筋肉とかけっこうあるんだよね」
「筋肉ねえ。どうせ俺にはないですよ。軟弱だし」
「聞こえてた?ごめんごめん!」
二人は微笑んだ。
「あの人を悲しませることだけはしたくないんだよね」

カウンターに突っ伏して、ルカはつぶやく。

その頃、ミチルはキッチンでカレーを作っていた。
「今日は腕によりをかけちゃうからね!調味料いっぱい買ってきたし」
「俺も手伝うよ」
宗佑がキッチンに来た。
「いいよ。座ってて」

「俺だって料理ぐらい出来るよ」
包丁を奪おうとした時、彼は指を切ってしまう。
「あ、ごめん」
「平気だよ。たいしたことない」

彼は指をなめて笑っている。
「絆創膏どこにある?」
「寝室の棚」
彼女は寝室の棚から救急箱を取り出すと、後ろに置いてあったものが倒れた。のぞいてみるとミチルの高校の卒業アルバムだった。嫌な予感がし、自分のクラスのページをめくる。ルカが微笑んでいる写真が目に飛び込んできた。しかし「岸本ルカ」という名前の上には黒いペンでバツ印が付けられていた。

「どう、見つかった?」

キッチンから彼の声がする。

「うん。今から行くから」

慌ててアルバムをしまい、救急箱を持ってキッチンへ戻った。


リビングで彼の指に絆創膏を貼りながらアルバムのことを聞いてみる。
「ねえ、私の卒業アルバム...宗佑が持ってきたの?」
「え?うん」
「お母さんに会ったの?」
「いや、留守だったよ」
彼女の背筋に冷たいものが走った。
「あそこ、この前仕事で通ったんだ。住民の生活の様子を調べてるって言ったら、大家さんが鍵開けてくれた」
「...そんなに見たかったんだ。私のアルバム」
「ミチルのアルバムなら見たいよ」

彼は立ち上がり、またカレーを作り始めた。

ある日、エリは会社の先輩の小倉友彦の様子がおかしいことに気づいた。彼は後々のストーリーに関係する人物である。彼は携帯をしきりに確認して落ち着かない。

「そんなに携帯...何してるんです?」

「嫁が家に男連れ込んでるみたいで...不倫してるんだ」

「え?」

「どうしようかな...家に帰れないよ」

煮え切らない小倉に対して、

「とりあえずホテルなりネットカフェなりで時間を潰したほうがいいと思いますよ。そこでどうするか決めて...」

エリは仕事に戻ろうとする。
「ちょっと待って!」小倉が呼び止めた。

数日後、ルカは自分の部屋のパソコンである医科大学病院のホームページを検索していた。履歴には性別適合手術の方法や費用などについて調べた形跡がある。
「ルカ!手伝って!」
エリの声がして、慌ててパソコンを閉じた。

ルカがリビングに行くと、エリがスーツ姿の男と一緒に玄関から液晶テレビを運び入れていた。
「何これ?どういうこと?」

ルカは全く状況が飲み込めない。エリが説明する。

「職場の先輩の小倉友彦さん。今日からうちに泊まるから」
「当分、お邪魔させていただくことになるかもしれません」

小倉はペコペコ頭を下げた。柔和な顔立ちのいかにも人の良さそうな男だった。
「部屋あ
いてるからいいよね。もちろん家賃は歩合で払ってもらうから」

「やだよ、男なんてめんどくさいよ」

ルカはエリを部屋の隅に呼び出して小声でささやく。
「大丈夫だよ。オグリンは人畜無害だから。それに事情が事情で可哀想なんだよ。奥さんが家に男連れ込んで、出てこうとしないんだって!」

「それで?」

「だからうちに来なよ!って誘ってやったの」

「でも突然お邪魔して手ぶらじゃ申し訳ないと思って、これ、家から持って来ました」
「40インチの4Kだよ!いいでしょ?こんなのなかなか買えないよ。ボーナスもらってる人じゃなきゃ!」

「大げさな。ねえ、家って...奥さんと男がいる?」

ルカが呆れ顔でたずねる。
「さっきのぞいてみたら、二人とも出かけてて留守だったんです。その隙にエリちゃんと運び出しました」
「奥さん帰るの待っててさ、怒鳴りつけるんじゃないの?普通」

ルカは首をかしげる。
「そういうキャラじゃないのよ。恐妻家!」
「これ盗み出したときは快感でした!」
「DVD三本も借りてきちゃった。これセッティングしたらタケルも呼んで一緒に見ようよ。大画面で映画!」

エリははしゃいでいる。

「映画上映会やるから来なよ」

タケルはエリに半ば強引に呼び出され、シェアハウスに来た。借りてきたのは恋愛ものの洋画。エリはソファでオグリンと一緒に映画に夢中になっている。

「そう来たか。「全てを分かち合いたかった」だって!言われてみたいよ私もこういうセリフ」

「日本人じゃなかなかいないだろ?外人なら言うかもしれないな」

「外人さんとはお付き合いしたことなかったなあ。思い切って次は日本人以外と付き合ってみるか」

意外と二人は話がはずむ。

「エリちゃんって芸能人だと誰が好きなの?」

「うーん、坂口憲二とか...竹野内とか」

「男前って感じだよな。瑛太とか爽やか系ってどう?」

「なんか「ザ・女受けする男」って感じですよね。でもアリっちゃアリかな」

「結局エリちゃんって誰でも良かったりして...」

「爆弾発言!私だってちゃんと男選びますから。ちょっと、いま映画いいところだから黙って!シーッ!

エリとオグリンが盛り上がっているうちにラブシーンになった。ベッドで男が上半身裸で、女が下着姿でキスしている。タケルはその画面を正視できなくなっていく。耐えようとしたが体が小刻みに震えて、ついに耐えられなくなって中庭に出ていった


タケルは自分の体を抱きしめるようにベンチに座って深呼吸した。するとドアが開いた。
「ああいうのダメ?」

ルカが出てきた。
「え?」
「ラブストーリーって退屈だよね。人の恋愛見てどーすんだって!時間の無駄だろ!って」
「あ...ああ、そうだな」

作り笑いを浮かべた。
「...どうなの?次のレースに向けての調子は」

無理やり話題を変えてみる。
「何でレース?あー、この前聞いてたんだ」
「すごいなと思ってさ。何でその道、目指そうと思ったの?」
「...何でかな?もともと走るのが好きだったし、それに、バイクでジャンプ決めたときって、空中にいるのはほんの一秒ぐらいなのに、時間が止まるんだ。あの瞬間、音が消えるんだ。観客も、ライバルも、コースも、自分も消える。もう男でも女でもなくなって、ただの宙に浮いたモノになる。それが気持ちいい」
「...そっか」

タケルが微笑む。
「見に行くよ、レース」

「別にいいよ。無駄に緊張したくないもん」
「お父さんも来るんだろ?」
「家族は来るだろうな。来るなって言っても旗とか持ってきちゃうんだよ」
「誰かに見に来て欲しいとかないんだ」
「...ミチル」

ルカは少しの沈黙の後、つぶやいた。
「ミチルって、この間ここに来た女の子?」
「うん。あの子には見に来てほしい。中学の時からの親友で何年間も離れてたから。その間、頑張ってきたこと見てほしいけど」
ルカは遠い目をしていた。タケルがじっと見つめる。

ミチルは家路を急いだ。夕方に何時に帰れるのかと宗佑から電話があって、そろそろ帰れると言ったのに結局閉店まで上がれなかったからだ。
「ごめんねー、最後の最後でカラーのお客さんが入っちゃって断れなくて...」
宗佑は部屋に入ってきたミチルをひっぱたいた。
「何で早く帰ってこない?どれだけ心配したと思ってるんだ」
高圧的な彼を見つめ、彼女は頬を押さえていた。言い返したいのに言葉が出ない。黙ったまま見つめていると携帯が鳴った。ルカからだった。アルバムの件を思い出してミチルは電話を切る。
「何で切るんだ。切らずにちゃんと話せよ。僕の前で。さあ早く」
彼は彼女の携帯を奪い、着信番号に返信した。彼女は震える手で携帯を受け取る。

「やっと通じた!今大丈夫?」

ルカは弾んだ声で電話に出た。
「...うん」
「今さ、タケルがうちに来てみんなでまた騒いでるんだ。ちょっと出てこない?渡したい物もあるし」
「...ごめん。私、行けない」
「...そっか。夜遅いしね」

落胆している気持ちを悟られないように伝える。
「...ルカ、なるべく電話してこないでくれるかな。必要なときはこっちからかけるから。...あ、携帯切り忘れてたけど、今、仕事中なんだ。ごめんね」
「...わかった」
ルカは釈然としない思いだったが電話を切った。
「どうした?」
うなだれているルカにタケルが声をかけたが、ルカはううんと首を振って自分の部屋に戻った。そして、ミチルに渡そうとしていた封筒を見つめた。中には、日曜日のレースのチケットが入っていた。


ミチル なんで こんなに寂しいのかな

こんな気持ち いらない 

この苦しさ 胸の痛みなんて

ぜんぶ 風に吹かれて なくなってしまえばいい

宗佑に殴られて数日後、タケルが店に来た。女性美容師たちが「かっこいい」と注目する。先輩がさっとタケルの後ろについたが...
「藍田さんにお願いしたいんですけど」

タケルはミチルを指名した。

「...どうも」
ミチルがタケルのそばに行こうとした時に先輩から足を踏まれそうになったので慌ててよけた。先輩は悔しそうな顔を浮かべて奥へ消えていった。
「ルカにこの店の名刺渡されて、たまには行ってやってくれって言われたんで」
「あ、はい!今日はどうなさいますか?」
「うーん、ネープの長さ変えないで、グラでお願いします」
専門用語が出たので驚いていると、タケルが本職がヘアメイクであることを話してくれた。
「いいんですか?私なんかが髪の毛いじっちゃって」
「もちろん。練習だと思ってリラックスして」
「はい!」
ミチルは笑顔でうなずき、カットを始めた。
「ルカがね、今度の日曜日に関東選手権に出るんですよ。あなたには、ぜひ見に来て欲しいって言ってました」
「...そうですか」

ルカからの頼みと言われて、ミチルは上手く答えられない。
「忙しいの分かるけど、見に行ってあげられないかな?ルカにとって、君は特別みたいだから」

カットを終え、ミチルは急いでロッカーのカバンの中からお守りを取り出した。
「これ、ルカに渡してください。私、レースには行けそうにないから」
会計を済ませたタケルにお守りを渡して何気なく外を見ると、宗佑が立っていた。ミチルは思わず凍りついたが、慌てて笑顔で手を振った。しかし彼は無表情のまま死んだ目で彼女を外から見つめている。
「彼氏?もしかして帰り、待ってるとか?」
ミチルはうなずいた。
「そうなんだ。優しいんですね」
今度はうなずくことが出来なかった。

宗佑は店から出てきたタケルを睨みつけた。タケルが気づくと視線を外した。

閉店後に急いで階段を下りると、まだ宗佑がいた。
「宗佑?私、何時にあがれるかわかんないのに、ずっと待ってなくていいよ」

役所勤めで定時で終わる宗佑は早くからミチルを店の外で待っている。
「いいんだ。ここで君のこと見ながら待っているのは苦痛じゃない」
甘い言葉を言って手を差し出す宗佑にやはり愛しさを感じた。ミチルは彼の手を握り、並んで歩いた。
「男の客もいるの?」
「え?」
「男の客も担当するんだな」
「...たまにはね。数は少ないけど」

彼女は彼がいつ怒り出すかと警戒しながら答えた。
「今日のあの男は知り合いか?すごく楽しそうに話してたから」
「ルカの友だち。ルカの家でこの前会ったの。別にそんなによく知らない人だよ」
「帰ったら僕の髪も切ってくれる?」
彼の明るい口調が、彼女には恐ろしく感じた。

家に帰り、リビングに新聞紙を敷いてカットを始めた。
「なんで震えてるの?」

彼がやけに慎重にカットしようとするミチルをじっと見つめた。
「...なんでだろう。ちゃんと切らなきゃって思うと緊張して」
手も声も震えていた。そんな彼女のハサミを持ったままの手を彼が強く握ってきた。
「ちょっと...やめて。何すんの?」
強い力でハサミの向きを彼は自分の耳の方へ近づけた。

「やめて。...やめて!」

彼はハサミごと手を押さえつけて耳に近づけていく。か弱い彼女の力では止められない。

「...男の人の髪は切らないから!」

ミチルの言葉に彼は突然手を離した。ハサミが床に落ちる。
「わかったから!宗佑!」
ミチルが叫ぶと、彼は無言で立ち上がって首に巻かれたタオルを投げ捨ててバスルームへ消えた。彼が消えても彼女の震えは消えなかった。

タケルは自転車に乗り、ルカと待ち合わせた井の頭公園へ向かった。
「これ、ミチルちゃんから預かったんだ。レースには多分行けないけど、頑張ってって」

ポケットからお守りを取り出してルカに渡した。

「そっか...わかった。ありがとう」
ルカはお守りをしまい、タケルと自転車を押して歩き始めた。
「あ、それと、ミチルちゃんの彼氏に会ったよ」
「ミチルの彼氏に?どんなヤツだった?」
「すごく優しそうだったよ。でも...」
「でも?」

美容院から出てきた時に宗佑に見つめられ、タケルが見つめ返すと目をそらしてきた。その表情は孤独に満ちていた。
「...いや。すごく優しそうだった」
タケルは否定的な考えを打ち消した。
「そう...ならよかった。ミチルってあの年ですごい苦労してるんだよ。親父さんは酒飲みで借金は作って暴れるし。今は別れたからいいみたいだけど、お母さんの方もだらしない人でさ。でも彼氏がちゃんとした人なら安心だ」
タケルにはルカが無理しているように見えた。
「そういやタケル、うちに引っ越してきたいとか言ってたけど、どうしたの?」
「あ、それね。どうしようかなと思ってさ」
「来ていいよ。正直、男が来たら面倒だなって思ってたんだけどエリがひとり男連れ込んじゃったから関係ないし。ていうか、あんたがいてくれた方が男臭さが中和されていいよ」
「何それ?俺のこと脱臭剤か何かだと思ってんの?」「いいねそのネーミング!明日から「脱臭剤」って呼んでいい?」

「ダーメ」

口をとがらせるタケルをルカが笑顔でからかった。


一緒に住もうと 君に言われて

それだけで 俺はうれしかった

エスパーでも なんでもない俺に

それから起こる いろんな出来事なんて

予想できるわけがなかった


そしてレース当日。ルカがバイクの調子を整えていると監督の林田さんが「頑張れよ」と声をかけてきた。ルカは緊張気味にうなずいたがミチルへの寂しさがよぎる。だがすぐに気を取り直して立ち上がった。バイクにミチルからのお守りをしっかりと結んだ。

「フレー!フレー!岸本!ぶっ飛ばせ!」
コースに出てくるとエリの甲高い声が聞こえた。両親が「優勝狙え!岸本ルカ」と大きく書いた旗を振っている。

「頑張れよ!」「姉ちゃんしっかり!」

タケルと弟の省吾も声援を送っていた。ルカは緊張していたがお守りを握りしめてコースに目を戻した。

「ミチルちゃん!早く早く!こっち来て!

エリの声がした。振り向くとコートを着たミチルがエリたちの方へと走ってくるのが見えた。実はタケルたちがルカに内緒でミチルへ試合のチケットを渡していたのだ。ルカは思わず笑みをこぼした。

「ルカ!頑張って!

目が合うとミチルは大声で叫んだ。

「うん!任しといて!」

ルカも叫んでミチルに意思表示した。


レースが始まり、急勾配のコースを駆け抜けジャンプを決めたルカは先頭集団につけていた。得意の二段超えジャンプで次々に追い抜き首位に立った。快調に飛ばしていると後ろからバイクが来た。コーナーでインコースを取られて接触しそうになり慌ててブレーキをかけたがコーナーを回りきれなかった。


バイクはコースを外れ、ルカは地面に叩きつけられた。その時にお守りの紐が切れ、お守りは飛んでいった。目に飛び込んできたのは駆けつける救命スタッフと走ってくるタケルとエリとミチルだった、ミチルは警備員に止められ前に進めない。

「ルカ!」

ミチルの悲鳴を聞いたのを最後に意識を失った。

目が覚めると病室にいた。最初どこにいるのか分からなかったがミチルの顔がハッキリと見えた。ミチルはルカの手を握りしめていた。

「あれ...私」
「ルカ、カッコよかったよ」

ミチルが微笑んだ。
「カッコよくないよ、負けたんだから。...私、今どうなってるの?」

タケルにたずねる。
「脳しんとう。足首はねんざに軽い打撲でなんともないってさ。エリと小倉さんは仕事行った。お父さんたちは今、下で入院の手続きしてる」
「そっか。みんなに心配かけたね」
「いいや」ミチルは首を振った。
「本当によかった。大事に至らなくて」
タケルは慈愛に満ちた表情で微笑んでいる。机にはミチルのお守りが置いてある。
「ミチルがくれたお守りのおかげだね。サンキュ」
「ううん。それじゃルカ。私行くね」
「忙しいのに、引き止めちゃってごめんね」

現実に戻されたような気がして少しつらかった。

その時、ドアがノックされた。
「お父さんかな?どうぞ」
タケルがドアを開くと現れたのはスーツ姿のきちんとした身なりの若い男だった。穏やかな佇まいとは裏腹に緊張感漂う空気をかもし出している。タケルは固まってしまい、ミチルもひどく動揺している。
「こんばんは」
「こんばんは。この前は俺...」
「ミチル?ルカさんに紹介してもらえるかな」

入ってきた男にタケルは挨拶したが、男はタケルの前を通り過ぎてミチルの前に立った。
「ルカ...及川宗佑さん。今一緒に暮らしているの」
「はじめまして。ミチルからよくお話は聞いています」

ルカは出来るだけ普通に挨拶した。
「僕もミチルからよくお話は」

宗佑は感じよく微笑んでいる。
「今日はごめんなさい。こんなところまでお付き合いいただいちゃって」
「いえ。怪我のほうは大丈夫なんですか?」
「はい。どうってことないです」
「それはよかった。バイクで転倒したと聞いたので」

ルカも宗佑も穏やかに微笑み合っていた。でもルカはどうしても宗佑に好感を抱くことが出来なかった。

ミチルが帰ってしまうのは寂しかったが、宗佑が病室から出ていったことには心からホッとした。

 

入れ替りで父の修治がメロンを持ってやって来たので、タケルが切り分けてやる。

「こんなにメロン食いきれないよ。腹がタプンタプンいってる。トイレ行ってくるわ」

「大丈夫、肩貸そうか?」

ルカが立とうとするとタケルがたずねてきた。
「トイレまでお願いしまーす。...なんて言うかバーカ!」
ルカはタケルの肩を叩いた。

「ルカ...親切で言ってくださってるのに」

「わかってますよ。でも一人で行けるからご心配なく。メロン残しておいてね」
ルカは松葉杖をつきながら一人病室を出ていった。

松葉杖でトイレに行き、帰ってくる途中で男女がひそひそと話す声が聞こえた。
「何で約束を守れなかったのか言いなさい」
「ごめんなさい」

謝っているのはミチルだった。ルカは死角に入り耳をすませた。
「ごめんなさいじゃわからないよ」
「ごめんなさい」彼女は謝るしかなかった。
「レースだけ見てすぐ帰ってくる。二時に終わるから三時には帰る。そういう約束だったな?」

宗佑の声が病棟に響き渡る。
「ごめんなさい。でも...」
突然バンと衝撃音がした。ルカは思わず松葉杖を捨てて、音をしたほうへ走り出した。


待合室で彼は仁王立ちで彼女を睨んでいた。

「何で約束を守れないんだ?」
彼は足元に倒れている椅子を手にして、彼女へ振りかざした。
「やめろ!」
ルカはとっさにミチルの前に飛び込んだ。
「私のミチルに触るな!」

ミチルをかばい、彼を睨みつけた。
「私の...ミチル?」

彼は顔を歪めて憎悪に満ちた表情で二人を見下ろしていた...。


(参考・どらまのーとドラマレビュー)