半年ぶりにドラマを書き起こすことにしました。初見の方は「道徳の時間」欄を参照ください。「1リットルの涙」が閲覧できます。「ラストフレンズ」はその書き起こしシリーズの二作目です。
ラストフレンズ
第1週 - 六年越しの再会 -
吉祥寺の美容院でアシスタントとして働く一人の女性がいる。藍田ミチル。二十五歳のまだまだ駆け出しの新人で先輩たちから叱責される毎日を過ごしている。
「藍田さん、カラー剤まだ?」
先輩美容師にせかされて洗面台で慌ただしくカラー剤を混ぜる。
「もうすぐ出来ますから」
要領が悪いのか作るのに時間がかかる。
「もういい!いい加減にして!もう私がやるから」
先輩に怒られて、ひたすら頭を下げていると店長からブローのサポートにつくように言われた。
「これ終わったら507のヘアカラーね。それと...」
店長は次から次へと指示してくる。
「あの...私、今日はあの、五時までで」
恐る恐る切り出してみると店長に怒られた。
「店の中見なさい!上がれる状態じゃないじゃない!」
店内は満席で待っている客もいてごったがえしている。洗面台で汚れのついた道具を洗っている時に時計を見ると七時半だった。二時間半の残業。
洗い終えた道具やシャンプーを持って店の奥まで歩いていき、ふと窓ガラスから外を見ると、店の下で及川宗佑が立っているのが見えた。そうこの男はミチルの彼氏だった。付き合ってもう二年になる。宗佑も二階から見下ろすミチルに気づき、笑顔で手を振って「隣で待ってる」とカフェを指差した。ミチルは笑顔でOKサインを出した。
「ごめんね、こんな時間まで待たせて」
喫茶店に駆け込んだ頃には八時を過ぎていた。
「いいよ。気にしてないから。店なかなか抜けられなかったんだろ?でもよく働くよな。こんな時間まで」
宗佑はいつもの優しい笑みを浮かべた。ミチルはこの笑顔を見るのが何よりの幸せだった。
「しょうがないよ。アシスタントにシワ寄せくるの当たり前だし。それに私、仕上げが終わった後、お客さんが鏡の中で嬉しそうな顔するの見るの好きなの。カッティングとか任された時は特にね」
二人はとりあえずコーヒーを頼んだ。宗佑はタバコに火をつけた。
「先輩にいじめられたりとかないの?よく聞くから、そういう話」
「なくはないけど大丈夫」
怒鳴られたり足を踏まれるのは日常茶飯事。
「...そっか。あ、そうだ。誕生日プレゼント」
宗佑が向かいの席から紙袋をくれた。
「ありがとう!何かな」
包みを開けるとマグカップが入っていた。
「可愛い!ありがとう!」
「うちにお揃いのがもう一個あるんだ。どうせなら一緒に使おうと思って」
「そうだね。宗佑んち遊びに行った時、一緒に使おう」
カードも同封されていて...
『誕生日おめでとう!これからも末永くよろしくね』
と書いてあった。
「ミチル?」
「うん?」
「一緒に暮らさないか?」
ドキッとした。嬉しかったがすぐに答えを出せない。
「ダメかな?お母さん反対するかな」
「...聞いてみる。でも私は宗佑と一緒に暮らせたら嬉しい!」
ミチルは微笑み、宗佑も微笑んでコーヒーを飲んだ。
この日は宗佑の家に泊まった。朝帰りして自宅アパートのドアを開けると、中は物が散乱していた。テーブルには食べかけの店屋物にお菓子、酒の空き瓶、床には脱ぎ散らかった服が放置してある。
家に帰ると母の千夏がテーブルに突っ伏して眠っていた。
「ああ。また飲んじゃったんだ」
母に毛布を掛けてやる。
「なんだ。娘いたのか。一杯どうだ?」
トイレから酒臭い中年男が出てきた。
「いや、いいです」
「いいじゃないかちょっとぐらい。いい胸だな母ちゃんに似て」
「やめてください」
「なんだ、ミチル。いたの」
母が目を覚ました。
「でかい娘がいるんだな。いくつだよ」
「この子ね、ミチルって言うの。いくつだっけ?」
母がミチルの顔を見た。
「二十五」
「二十四じゃなかった?」
「二十五だよ。昨日で」
「そっか。昨日誕生日か」
ミチルはため息をついた。
「祝ってやんなきゃな、誕生日なら」
「いいって、そんなことしなくても。ほら自分の部屋行ってな」
母に無理やり部屋に追いやられてしまう。
翌朝、台所でミチルは皿を洗っていた。
「あれ?ケンちゃんは?」
母親が目を覚ました。
「あの人なら帰ったみたいよ」
「冷たいね、起きるの待っててくれたらいいのに。あんたが朝早くからガチャガチャするから居づらくなったんじゃないの?」
「...お母さん。相談したいことがあるの」
ミチルは相談があると切り出してきた。
「私...ここを出て、一人で暮らしちゃダメかな」
「一人で?うそ、男とじゃないの?」
母に勘ぐられ、ミチルは正直に説明した。
「及川宗佑さんっていうの。今度、お母さんにも会わせるね。区役所の児童福祉課ってとこに勤めててすごくちゃんとした人だから。世田谷の松原にマンションがあって」
「世田谷?金持ちなのねえ」
「ここの家賃は、今まで通り入れるから心配しないで」
母は少し黙った。
「いい?」
「いいよ。家賃入れてくれるなら」
「ありがとう!」
母はあっさりと同棲を認めてくれた。
世田谷区役所に勤める宗佑は仕事で育児放棄が疑われる家庭に抜き打ち訪問することがあった。インターホンを押すといつもNHKの集金のように嫌な顔をされて突き返される。母親と粘っていると部屋が散乱していて子供が戸棚からスナック菓子を食べて飢えをしのいでいる姿が見えた。
公園でタバコを吸って休憩していると、訪問したことのある家庭の子供が砂場で一人で遊んでいた。
「一緒に遊んでもいいかな?」
「いいよ」
「シャベル貸してくれる?」
子供がシャベルを渡そうとすると腕にあざがあることが分かった。虐待が疑われる。彼はそのあざをじっと見つめた。
「...お母さんのこと、ここで待ってような」
「うん!」
ミチルは母が風呂に入ったのを確認して宗佑に電話。
「宗佑!一緒に住めるよ!お母さんがいいって言ってくれたから。今度の土曜日に荷物持っていくね」
「そっか、わかった。待ってる」
「大きめのお鍋とか食器とか買っていくね!」
ミチルは美容室の定休日に雑貨屋でペアのクッション、グラス、箸、茶碗。そして一目惚れしたワインレッドのガラスの照明スタンド。家具のコーナーでラブチェアに腰かけて幸せをかみしめた。
岸本ルカはマグカップを買うために雑貨屋へ入った。彼女は後々話を進めていくうえで重要な人物。ショートカットにジーパンにスニーカーという出で立ち。
「1280円です」
会計を済ませていると店から出て笑顔で歩き出した女性を見た。彼女は目を疑った。でも確かにそうだった。中高の同級生のミチルだった。ミチルはバスに乗ってどこかへ向かっていく。差し出された袋を受け取り、全速力で彼女を自転車に乗って追いかけた。
ルカはこの時、買い物に来ていた水島タケルという男にぶつかっている。この男はヘアメイクアーティストをやっている若い男で、実は後々話を進めていくうえで大事なキーマンになる。ルカは買ったばかりのマグカップを落としたことも気に留めず、バスに乗ったミチルの後を自転車で追いかけた。
バスは吉祥寺駅に到着し、それに続いてルカも滑り込んだ。いちばん最後に降りてきたミチルは歩き出したと同時に紙袋の紐が切れて買ったものが地面に散らばってしまう。しゃがみこんで慌てて拾い集めているミチルに...
「ミチル?」
ルカは声をかけた。
「...ルカ?」
顔を上げたミチルはゆっくりと笑顔を見せ、優しい目をしてこちらを見ている。学生時代と面影がまったく変わっていない。
「ミチル!」
ルカだ、ルカがいる。ミチルは走ってきた。
「ルカ!」
ミチルは思わずルカに抱きついた。ルカは片手で自転車のハンドルを握りながら、もう一方の手をミチルの肩にまわしてトントン叩いた。素っ気ないけど実は優しいルカ、ミチルはそのことをよく知っている。
再会を喜んだ二人は井の頭公園を歩いた。そこは二人が学生時代に遊んだ思い出の場所だった。
「やっぱ東京に戻ってきてたんだね」
「うん。落ち着いたらルカにも連絡しようと思ってたんだけど余裕なくて。お母さんにも誰にも言うなって言われてたし」
「...どこで何してたの?」
「銚子に遠い親戚がいて、そこ頼ってお母さんはお水の仕事して、私はバイトしながら美容学校出て、今は美容師」
「へー、美容師になったんだ!そっか、似合ってるよ。ミチルに」
「ルカは?今何してるの?」
ミチルの問いにルカは一瞬間を空けて「モトクロス」と短く答えた。
「えっ、すごいね!バイクの選手ってことだよね」
「すごくないよ全然。選手としてはまだまだだし、バイク屋でバイトもしてるから」
「大変だね」
二人は歩きながら公園の野外ステージまで来た。
「このへん、いつも来てたよね二人で。ルカの自転車の後ろに乗って」
「よく追っかけられたよな守衛に。コラ!そこの違反自転車!って」
「懐かしいよね」
思い出に浸ってみる。
「あれからもう六年経ったんだね」
「私が家庭のことで悩んでた時に、ここで朝まで話聞いてくれたよね」
「だってあんなに泣いてたらほっとけないじゃん」
ミチルはルカの顔を見つめ...
「変わってないね。他の子がクラスの男子の話とか、美味しいケーキ屋さんの話で盛り上がってる時、ルカはいつもみんなから離れて、ひとりで超然としてたでしょ?」
「何それ。浮いてるってことじゃん」
「ううん。我が道を行くって感じだったよ。私は流されるほうだから」
「別に。人に合わせるのが面倒なだけだよ」
二人の会話は続く。
「とか言いつつ、いま人と住んでるんだけどね。シェアハウスって知ってる?」
「何人かで住むとかいうやつ?」
「うん。食堂とリビングと風呂が共有で、それぞれ個室があって」
「へえ、面白そうだね」
「友達四人とシェアしてたんだけど、この春にどっと出てっちゃって。今OLの子が一人残っているだけなんだ。よかったらミチルも来ない?」
「え?」ミチルが一瞬戸惑いの表情を見せた。
「家賃安いよ。武蔵野で月四万円」
「私ね、こんど人と一緒に暮らすんだ」
ミチルは照れながら恋人と同棲することを報告した。
「そっか恋人いるんだ。良かったじゃん!ミチルはちょっとオクテだから心配してたんだ」
「そういう自分はどうなの?」
「今は夢に向かってまっしぐらだから、そんなこと考えてる余裕ない」
「ルカらしいなあ」
「また会える?」
無邪気に笑うミチルを見つめながら、ルカはためらいがちに問う。
「もちろん!携帯の番号とメアド教えるね」
二人は連絡先を交換。
「ありがとう。じゃあ、これからバイトだから」
「うん。じゃあまたね!」
「また!」
ルカは自転車をこぎ出した。ミチルも手を振った後、駅に向かって歩き出した。
数日後、ルカは自転車でバイト先に向かう途中にとある出会いをしている。これが全ての始まりだった。
ヘアメイクの仕事を終えて自転車でスタジオを出てきたタケルは途中、信号に引っかかった。しばらくして横で一緒に信号待ちしている女の子に気づいて思わず声を上げた。
「あ!」
このあいだ雑貨屋でぶつかった女の子だ。その声に振り向いたルカはニヤリと笑い...
「見んな、バーカ!」
信号が青に変わり、ルカは自転車で走り去っていく。
「あ!待ってこれ!落し物!」
タケルはリュックから修理したマグカップを出して、ルカに追い付こうとしたがルカはギアチェンジして加速して風のように去っていってしまう。
「待ってよ...」
タケルはため息をついて追跡をあきらめた。
タケルは昼はヘアメイク、でもそれだけでは食っていけないので夜は中野のバーでアルバイトしていた。
「タケル!飲みに来たよ!」
ドアが開いて入ってきたのは滝沢エリという女性。実はルカとシェアハウスに一緒に住んでいるOLである。
「おおエリ!久しぶり」
「とりあえずビールで。今日は友達連れてきた。私のルームメート」
エリに友達を紹介され、顔を見ると...
「あ!」タケルとルカは同時に声を上げた。
「何?知り合い?」
エリが二人の顔を見比べた。
「こいつ知ってるよ。馬力ゼロのヘタレ男!走るの遅すぎてナンパも出来ないんだよね!」
「いきなり何だよ。あのね、ナンパじゃないですから。忘れてるだろうけど、その前にいっぺんすれ違ってるんだ。ていうかおたくが荷物引っかけて、その時に自分のカップ落としたの覚えてません?」
タケルは自分の荷物からマグカップの箱を取り出した。
「思い出しました?」
「ああ思い出した。ぼんやり...あの時はちょっと取り込み中で。それにあんたの顔薄いし」
カップは綺麗に修理されていた。ルカはカップを手にとってながめている。
「とにかくそれ持って帰ってくださいよ」
「あげる。これヒビ入っちゃってるんでしょ?もういらない」
ルカはタケルにカップを返した。
「ごめんね、こいつこういうヤツで。それに今日荒れてんの。先輩にセクハラされたとかで」
エリの言う通り機嫌が悪かった。ルカは練習中にチームの監督に尻を触られた。セクハラである。
「エリ、その話はもういいよ」
「あんたね、そのくらい我慢しなさい。女の戦いの方がずっとシビアだよ。私なんて毎日会社で地獄見てっからね。女ってやることが陰湿なんだから。ターゲットの子の生理の日にその子の持ち物隠したりしてオタオタすんの見て楽しんでんの。もうチマチマして小学生のガキかよってまったく...」
ルカは黙って話を聞いている。
「でもルカの気持ちもわかる。エロい先輩とかは厄介だよね」
「...ていうか、男とか女とか関係なく人としてちゃんと尊重して距離守って付き合ってほしいんだよね。そういうヤツとなら一生付き合っていけるのに」
「わかるなあ」
タケルはルカに同意した。
「わかるんだ、タケル?」
エリがタケルを意外そうに見ている。
「俺もそういう友だち欲しいから」
「二人気が合うじゃん。付き合ってみたら?」
エリが二人を冷やかす。
「そういうんじゃなくってさ」ルカが否定する。
「タケル、暇だったらうち遊びに来なよ。部屋余ってるから」
エリの誘いにタケルは「考えとくわ」と答えている。
ミチル あなたは言ったよね
ルカはひとり 超然として我が道を行く人だと
違う 私はただ 人が怖いだけなんだ
今も 自分の心の中にある いちばん大事なことは
人に話せていない 誰にも ミチル あなたにさえも
きっと あなたには 想像できないね
六年ぶりに あなたの姿を見かけて
私が どんなに驚いたか
何年も 私があなたをどんなに想い続けて
どんなに会いたいと 願ってきたか
そして それと同じくらい 再会を恐れてきたか
帰宅したルカは引き出しの中から高校時代のミチルとのツーショット写真を取り出して見つめた。そして携帯を取り出しミチル宛にメールを打ち始めた。
『TELしていいかな。私ね』
だが、その続きを打てずにルカは携帯を閉じた。
ミチルはシンクで客に出す蒸しタオルを用意していた。先輩が来て湯の出る蛇口の方の温度を目一杯上げてくる。
「熱ッ!」思わず手を引っ込める。
「私の客、取ったら承知しないからね」
先輩は、ミチルがさっき先輩が切った客の髪をアレンジしたら気に入られて「今度から藍田さんに頼もうかな」と言われたことが気に食わなかったらしい。
火傷しそうになった手を冷やしているとメールが来た。
『まだ仕事中?この前は会えて嬉しかった。ルカ』
「ルカ...」ミチルは思わず笑みをこぼした。
土曜日、ミチルは宗佑と同棲を始めた。
「お邪魔します...はおかしいか。ずっと一緒に住むのに。これからは「ただいま」だね」
ミチルが微笑むと宗佑は「おかえり」と微笑んだ。
「ただいま」
ミチルは強い幸福感を感じた。夜、二人でソファで晩酌している時に彼が彼女の荒れた手に気づく。
「仕事大変?」
「手、荒れてるでしょ」
「痛くない?」
「うん平気」
ミチルは宗佑の肩にもたれた。
「今日からここが私の家なんだよね」
「うん」
「ここにいれば大丈夫。外でどんなにつらいことや悲しいことがあっても、ここに帰ってくれば宗佑がいる」
「僕は絶対にミチルのそばを離れない。何があっても」
宗佑はミチルを見つめて優しくキスをした。
翌日、ミチルが目を覚ますと宗佑は先に起きていた。リビングに行くと彼が自分の携帯をいじっている。動揺を隠して彼に問いかけた。
「何見てるの?なんか変なメール来てた?」
「これ誰?」
宗佑はルカからのメールを見ていた。
「ああ、友達だよ。高校のときの。この間すっごい久し振りに偶然街で会って!」
明るく振る舞ってみるも不自然になる。
「男だろ」彼は疑いの目を向けてくる。
「違うよ。女の子だよ。でもルカってちょっと変わった名前だよね。見た目もちょっと男の子っぽくて。でも正真正銘の女の子」
「証拠はあるのか?」
彼女は彼の冷酷な目つきに凍りついてしまう。
「電話かけるね。声聞けばわかるから」
彼女は震える指で電話をかけたがルカは出ない。
「留守電になっちゃった」
「隠れて男と会ってたんだろう」
「そんなこと...」
言いかけた時に彼がいきなりテーブルを蹴飛ばした。
「言えば言うほど怪しいんだよ!男と会ってたんだろ?なあ」
立ち上がって彼女の肩をつかんで激しく揺さぶった。
「違うよ、絶対違う!わかったから。証拠見せるから。
そうだ、アルバム...うちに帰って高校の卒業アルバム持ってくるから。だから許して」
「本当に持ってくるんだな?」
「...持ってくる」
迫る彼に彼女は必死にうなずくしかなかった。
バスに乗って実家に戻り、必死に探したがアルバムは見つからない。そこに宗佑から電話がかかってきた。見ると不在着信が27件。恐ろしくなる。
「...はい」思わず声が震えてしまう。
「何してた?」
「何って、アルバム探してたんだよ」
「何ですぐに電話に出ないんだ?」
「携帯がキッチンにあって気づかなくて」
「男と会ってるんだな」
「そんなわけないでしょ?宗佑に言われたからアルバム探してただけだよ。でもなかなか見つからなくて。ほら、うち、お父さんが借金作って夜逃げするみたいに出てきたじゃない?多分あると思うんだよ。でも...」
「言い訳はいいからすぐに戻れ!」
怒鳴り声で電話が切れた。
バスを降りると雨が降ってきた。駆け足でマンションに戻った。彼がすぐにドアを開けた。
「アルバムは?」
「ないよ。だって宗佑が...」
言い終わる前に彼女は腕をつかまれ、リビングに連れていかれて突き飛ばされた。その衝撃でガラススタンドが粉々に音をたてて割れた。彼女は彼の顔を恐る恐る見ると、あまりの形相で声が出なかった。
「何で言う通りにしないんだ」
いきなりグーで頬を殴られた。そして力任せに腹を蹴られた。咳き込みながら顔をかばうと腕を思い切り蹴られた。
「やめて!」
泣き叫んだが彼は興奮して聞いていない。
「やめて!」
もう一度声を振り絞って叫ぶと、彼は我に返った。
「...ごめんミチル」
宗佑はゆっくりとミチルの前にひざまずき、彼女の両腕を抱えるようにして起こして慈愛に満ちた目で彼女を見つめた。そして強く抱きしめた。
「苦しい。苦しいよ宗佑...」
ミチルにキスしようとする。
「...ごめん、私」
ミチルは宗佑を押し戻した。それには応えられない。
「もう一回、アルバム探してくるね。ごめんね」
ミチルは逃げるように部屋を出た。
外はどしゃ降り。傘も差さずにミチルは涙を浮かべてとぼとぼ歩いた。ずぶ濡れで実家へ帰ると、明るい窓の中に台所の流しの前に立つ母の顔が見えた。その明かりに吸い込まれるように歩いていくと、母の後ろから男がやってきて二人はイチャイチャし始める。ミチルは孤独感にさいなまれ、そっと実家を後にした。
気がつくと井の頭公園のステージに来ていた。携帯を出して思わずルカの番号を呼び出してダイアルした。ルカが出るのを待っていたが留守電になった。
コンビニで買い物をしていたルカは携帯にミチルから着信が入っていたことに気づいて確認すると...
『また電話します』
深刻な声でメッセージが残っている。すぐにかけ直したが携帯の電源が切れていて繋がらない。嫌な予感がしたルカは雨の中飛び出した。
ルカは井の頭公園まで来た。そこでステージの前に座っているびしょ濡れのミチルを見かけた。後ろからビニール傘を差しかける。
「...何で」ミチルが顔を上げた。
「もしかしたら、ここにいるかなと思って。でも...まさか本当にいるとは思わなかった」
「昔もここで雨宿りしたことあったよね。昔は売店があってパラソルがあって。よくアイス買って食べたよね」
恥ずかしそうにミチルは薄ら笑いを浮かべた。
「うち、すぐ近くだけど...来る?」優しく声をかけた。
「ナマステ!悪徳の館へようこそ」
シェアハウスでエリが元気に二人を迎えてくれた。タケルは食事を作って待っていた。エリはサリーを着ている。部屋にはアジアンチックな小物を何個か置いて、お香をたいている。
「待ってよ!何この衣装とセッティング!」
「せっかくのお客さん喜ばせたいじゃん!」
ルカが突っ込むとエリはケラケラ笑っている。
「びしょ濡れだね。エリ、着替え持ってきてやって」
タケルはタオルとドライヤーを持ってきてミチルの髪を乾かしてやる。エリが奥から着替えを持ってきた。
「...ありがとうございます」
「何飲む?今夜はここにバーテンがいるから、お酒はよりどりみどりだからね!マティーニとかいっちゃう?」
エリは少し酔っている。
「無理に勧めんなよ」
「人をやらしい中年みたいに言うんじゃないよ。でもこういう可愛い子は嫌いじゃないけどね」
「俺さ、この人レズっ気ありそうで怖いんだよな」
「レズだって?乙女に何てこと言うんだよこの男は」
ルカたちが談笑している。ミチルはついていけない。
「あの...みんな、ここに住んでる人なんですか?」
ルカたちが振り向く。
「シェアハウスっていうから」
「ああ...!ごめんごめん自己紹介遅れました。私は滝川エリ。んで、こいつは飛び入りで」
「初めまして水島タケルです」
「藍田ミチルです。...はじめまして」
「彼氏と同棲してるんなら今のうち電話しときな。遅くなるって」
ルカがエリの酒を飲んでいる。
「...うん。今夜、私もここ泊まっていいかな?実は彼氏とちょっとケンカしちゃって」
「そういうことね。いいよ、お姉ちゃんが聞いたげる。原因は何?浮気?ギャンブル?マザコン?」
エリが駆け寄ってくる。
「全然!もっと全然ささいなことです。私が悪いんだ」
「とりあえず、乾杯しとこうか」
タケルがミチルのグラスにお酒を注いであげる。
「そうだね、乾杯!新しいお友達!」
エリの掛け声でみんなで乾杯してお酒を飲んだ。
エリが自分の恋愛失敗談を面白おかしく話して、みんなを笑わせてくれた。ルカは調子を合わせていたが、ミチルが気になって仕方ない。隣に座っていたミチルが急に顔を上げて、ルカと目が合った。
「大丈夫?」
ルカが問いかけると、ミチルは笑顔を作った。
散々騒いでいるうちにすっかり朝になってしまった。エリとミチルはソファで眠ってしまったが、タケルは仕事に出かけるために家を出た。目を覚ましたルカが玄関まで見送る。
「あの..俺、ここに住んでいいかな?」
「どうして?」
「なんかなじめそうな気がする」
「...エリに聞いて。私わかんない」
ルカは微笑んで、じゃあねと部屋へ戻っていった。
部屋ではエリがいびきをかいていた。ルカは笑いながら毛布をかけて、ミチルが寝ているソファを見た。ルカはしばらくミチルの寝顔を見つめていたが、その時に彼女の頬を一筋の涙がつたった。ルカは悲痛な顔を浮かべ、そっと顔を近づけて唇にキスをした...。
(参考・どらまのーとドラマレビュー)
お知らせ
新型コロナウイルスで新ドラマが延期になり、再放送処置がなされました。といっても平日の昼間は暇を持て余している人も多いかも。
ということで当ブログでドラマ作品を小説化してスマホで閲覧できるようにする試みを行うことにしました。第1弾として2008年に放送されたラストフレンズを小説化いたします。これは他のページでもお知らせします。
ドラマ版でのキャスト (カッコ内は年齢)
藍田美知留 (23) ... 長澤まさみ
岸本瑠可 (23) ... 上野樹里
水島タケル (24) ... 瑛太
滝川エリ (24) ... 水川あさみ
小倉友彦 (30) ... 山崎樹範 (2話から登場)
及川宗佑 (24) ... 錦戸亮
藍田千夏 (50) ... 倍賞美津子
平塚令奈 (25) ... 西原亜希 ※美容院の先輩
林田監督 (45) ... 田中哲司
白幡優子 (35) ... 伊藤裕子 ※タケルの腹違いの姉
岸本修治 (50) ... 平田満
岸本陽子 (48) ... 朝加真由美