読者のみなさまへ。この度8月まで続くオンライン授業の膨大な課題により編集作業が遅れていますことをお詫び申し上げます。執筆活動を本格化させることができるのは夏期休暇が取れる8月中旬ころになります。

 ラストフレンズ
第11週 - ミチルのいない日々 -

宗佑はナイフで手首を切り、遺書を残して自殺した。出欠多量、リストカットだった。

さよなら ミチル
君を自由にしてあげるよ
生きている限り 僕は君を縛ってしまう
だから 君に自由をあげるには 
この心臓を止めるしかない
僕は 君の見る世界の全て 君を照らす光の全て
君の感じる喜びの全てでありたかったんだ
どこまでも いつまでも 僕は君と一つでいたかった
でも 君は僕のいない世界に幸せを見つけてしまった
だから 僕は逝くよ
せめて まだ君の温もりが この手に残っているうちに
ごめんね 君の笑顔が大好きだったのに
笑わせてやれなくて さよならミチル 幸せにね

ミチルは宗佑の頬を撫でて、彼の名前を何度も呼びかけて抱きしめても彼の体は冷たくなっていた。宗佑は用意していたウエディングドレスを抱きしめていた。

彼女は涙に濡れた顔で立ち上がり、リビングの戸を開け、彼の死に顔を見つめた。そして警察に電話を入れ、マンションを出た。

「これよりモトクロス全日本選手権関東大会優勝記者会見を始めさせて頂きます。岸本選手、優勝おめでとうございます!」
この日も優勝したルカは記者会見に追われていた。
「ありがとうございます」
「週刊誌で取り沙汰されて精神的に厳しい面もあったと思いますが、どうでしたか?」
記者の質問にルカは黙ってしまう。
「真偽のほどを聞きたいと思っている方も多いと思うんですがね」
ルカは深呼吸して両親を見た。二人は穏やかに微笑んでいる。彼女はゆっくりと話はじめた。
「モトクロスは実力さえあれば、女子であろうと男子と同じ条件で同じフィールドに立って勝負できる数少ないスポーツです。私は選手としてこのレースに参加し、優勝出来たことに誇りを持っています。人に陰で何か言われても、詮索されても、くじけない誇りです。今日まで私は家族や友人に支えられてきました。彼らは女男関係なく、ひとりの人間として私を愛し、応援してくれました。そのことを今日、最高に嬉しく誇りに思っています。他に申し上げるべきことは何もありません!」
ルカがマイクを置くと、一斉にフラッシュが焚かれた。彼女は清清しい顔で前を向いていた。

会見場を出ると、エリが待っていた。
「おめでとう、格好良かったよ。記者会見」
エリが缶コーヒーを差し出した。
「もっと早く言ってくれりゃいいのに。私は驚かないよ。驚かないしビクともしないよ。だってルカはルカだからね」
ルカはエリを見つめる。
「ごめんね。私、無神経で気づかなくて。ルカに余計な気遣わせてた気がしてね...つらかったよね、今まで」
エリは涙ぐんでいた。それにルカももらい泣きしそうになるがエリは涙を拭い、ルカの肩を優しく抱き寄せた。

タケルがシェアハウスに帰宅すると、ルカがベランダのデッキチェアでくつろいでいた。
「ミチルちゃん、どうしてるかな?連絡してみようか」
「別にいいよ」
「何で?」
「ミチルは私のこと受け入れられなかったんだ。だから試合に来なかった。このまま二度と会えないとしても、それはそれで仕方ない」
その時、電話が鳴った。タケルが受話器を取る。
「藍田です。ミチルに代わってくれない?」
相手はミチルの母だった。
「え、そっちにいるんじゃないんですか?」
「もしかして何も聞いてないの?」
「何をです?」
そこでタケルは宗佑の自殺を告げられた。

タケルはルカに、そして帰宅してきたエリとオグリンに宗佑が自殺したことを話した。
「部屋に遺書もあるし、自殺だって警察が」
「ミチルちゃん大丈夫かな?どこにいるんだろう」
「きっと大丈夫だよ。今は一人にさせてあげたほうがいいんじゃないかな」
オグリンの言葉にみんな黙りこんでしまう。

数日後、シェアハウスにミチルからの手紙が届いた。

レースへ行けなくてごめんなさい
私は大丈夫です 探さないでください

ルカが消印を確認すると東京だったので遠くにいないことが分かった。しかし彼女は立ち尽くしてしまう。

その日の晩、エリがオグリンの部屋の前を通ると、オグリンは部屋の中のものを全て段ボールに詰めて荷造りをしていた。
「内示が下ったんだ。来月、ミラノに転勤だって」
「ミラノ...?でも、だからって今
「その前に家に帰って整理しなきゃいけないことが沢山あるからな」
「奥さんどうすんの?」
オグリンはうつむいてしまう。
「ついてくんだ?」
彼は何も言わない。
「...そっか!良かったじゃん。なんだかんだ言っても夫婦なんだね」
エリは無理やり作り笑いをした。
「エリちゃん、ごめんね」
「ごめんねなんて言わないで。そのごめんねっていうセリフは失礼だよ」
エリは右手を差し出した。彼はポカンとしている。
「言ってよ、ありがとうって」
「...ありがとう」彼はギュッと手を握ってきた。
「それでよし!」エリはニコリとうなずいた。

翌朝、タケルがオグリンがいないことに気づく。
「出てったよ、ミラノに転勤だって。奥さんも一緒」
エリがコーヒーを飲んでいる。
「いいの、エリ?」
ルカの呼びかけにエリは「うん」と気丈に振る舞う。
「しょうもないなアイツ」
「そんなことないよ。イイ男だったよ、私にとっちゃ...うん」
エリは部屋に戻り、遊園地で撮ったオグリンとの写真を見つめた。あの日の笑顔を見つめながら、涙を浮かべて微笑みながら写真を破いた。

この頃、ミチルはかつて母と一緒に夜逃げしてきた銚子に来ていた。防波堤に立ち、荒れる海を見ていた。ここに飛び込めば宗佑のところに行ける...、足を一歩ずつ端の方へと進めた時だった... 
「ミチルちゃん?ミチルちゃんじゃないの」
突然の声に振り返ると70歳くらいのおばあさんがじっとミチルを見ていた。

「ごめんね、不恰好なおにぎりだけど」
おばあさんは以前にお世話になった長谷シズエさんという人だった。自身が勤める旅館に連れていき、おにぎりを出した。
「...おいしい」
何日もろくに食べていないため、素朴な味なのに美味しく感じた。
「何年ぶりかね、東京に帰ったって聞いてたけど」
「はい、母は今も東京です」
「お母さん、元気にしてる?」
ミチルは答えられない。
「知ってるの?あんたがここにいること。何があったか知らないけど、駄目よ変なこと考えちゃ」

シズエは旅館の女将に掛け合い、ミチルをここで働かせるように話をつけてくれた。
「ここ、空き部屋だから使って」
ミチルを社員寮へ連れていく。
「ありがとうございます」
「旅館でも丁度人を探してたから手伝ってもらえると助かるわ。何かあったらいつでも呼びなさい」
ミチルは机と布団だけが置かれた部屋に肩の荷を下ろすように座り込んだ。

手伝い始めて数週間後、ミチルはご飯の匂いで吐き気を催した。厨房でうずくまってしまう。
「...大丈夫です」
「もしかして、あんた...」
その「もしかして」が的中していたらと思うと、顔が青ざめた。

産婦人科に行くと妊娠5週目だと告げられた。
「ただ、血圧が異常に高い。高血圧合併妊娠かもしれません」
「あの...それって」
「難しい出産になるかもしれない。藍田さんの体にもお子さんにもリスクが...、とにかく妊娠を継続する意志があるかどうか今すぐでなくてもいいから、一度ご家族と相談してください」
ミチルは呆然とするしかなかった。


帰り道でミチルは宗佑と出会った頃を思い出した。
「藍田さん?藍田ミチルさん」
区役所の窓口で宗佑がミチルを呼んで、記入漏れがあるから再提出してほしいと書類を返した。
「わかりました。また提出します」
ミチルは携帯を窓口に置き忘れたまま区役所を出ていってしまった。その時、宗佑が追いかけきた。
「藍田さん、忘れ物です!」
「あっ!ごめんなさい、うっかりして」
「僕もごめんなさい。待受の画面、見ちゃいました。子犬と一緒の」
ミチルの携帯の待受は前の家で飼っていたチャーリーに頬ずりしている写真だった。

そんなきっかけで知り合った二人は、急速に距離を縮めていった。
「宗佑くんのお母さんはどんな人だったの?」
ある日、デートで話になり...
「優しかったよ。恋人が出来るまでは」
宗佑は薄ら笑いを浮かべてタバコをふかした。
「僕が10歳の時、勤めてたスーパーの客とそういう仲になって、家を出ていった。それっきり会ってない」
「ごめん、変なこと聞いちゃって」
「いいんだ。だから僕は早く結婚してミチルちゃんと子供のいる幸せな家庭を作りたいんだ」
そんなことを思い出しながら膨らんだお腹をさすって小さくため息をついた。


翌日、部屋に母が訪ねてきた。
「シズエさんから電話もらったの。お腹に子供がいるんですって」
ミチルは答えられない。
「あの人の子なんだろ?亡くなった及川さんの」
ミチルは小さくうなずいた。
「やめときな」
「一人で産んで一人で育てるから」
「あのね、子供っていうのは厄介なもんなんだよ。産んだら捨てられないんだから。泣くしわめくし金はかかるし、何かにつけて生きていくのに足手まといになるんだから」
母の言葉を聞いて、ミチルから逆に問いかけてみる。
「お母さん、私のこともそう思ってたの?あのね、いつも感じてたの。そんな風にお母さんに思われてるんじゃないかって。だから早く大人になって、迷惑にならないように独り立ちしたかった」
「何言ってるの?」
母はとぼけてタバコに火をつけた。
「私はお母さんみたいにならないよ!この子のことはありったけの愛情かけて大事に育てますから!」
ミチルは感情的になり怒鳴りつけた。その時、吐き気がして洗面台に走った。

洗面台でうつむいていると母が背中をさすった。
「腹ん中にいるだけでこんな大変なのに、なんでそんなに産みたいのかね」
「二人なら頑張れるから。赤ちゃんと二人なら」
「そういえば私も同じこと思ったな。あんたのお父さんが借金作って蒸発したときに「あんたと二人でなら頑張れる」って」
「お母さん?」ミチルは顔を上げた。
「ま、いいわ。好きになさい」
母は母親らしい顔でミチルを見つめていた。

ミチルはそれから幾度となくルカに手紙を書こうと試みたが、結局文面が詰まってしまい便箋はぐしゃぐしゃに丸められた。

エリは仕事の帰り道で見たことのある男が立っていた。
「オグリン...?」
「小倉友彦、一世一代の決断をして参りました!」
オグリンの手には薔薇の花束が。
「あなたが忘れられませんでした!」
離婚届を出して奥さんをミラノに置いてきたらしい。

数週間後にエリとオグリンはなんと結婚した。
「おめでとう!綺麗だよ」ルカが祝福。
「でもビックリですね。いきなり結婚するって、しかも相手が小倉さんって!」
タケルはそう言いながらもウエディングドレスに身を包んだエリたちを笑顔で祝福する。
「エリにプロポーズするために単身ミラノから帰ってきたんだろ?」
「まあ、そういうことだね」オグリンが答える。
「奥さんにフラれて可哀想だったから優しい私が拾ってあげたの」
「永遠の愛なんか信じないみたいなこと言ってたじゃん。オグリンで良かったの?」
「あんたの言う「しょうもない」やつでも私のほうからずっと愛してあげればいいかなと思って」
「そっか!」ルカが微笑む。
「俺のこと「しょうもない」とか言ってたのか!」
「何でもないよ。気にすんなって、おめでと!」
「とにかく今日は結婚式だからッ!乾杯!」
エリ、ルカ、タケル、オグリンが微笑む。4人が顔を揃えて笑うのは数ヶ月ぶりだった。

ルカとタケルは結婚式の帰り道で話をした。
「これでシェアハウスも二人きりですか...」
「そんなつまんなそうに言うなよ」
「単純に寂しいよね」
「メンバー募集します?」
「そうだな、エリみたいにサバサバした男前の女子はそうそういないしね」
「オグリンみたいな気持ちいい男子もね」
歩いているうちに井の頭公園に来た。タケルをステージに連れていく。
「ここでミチルに会ったんだよな。雨なのに傘も差さないでビショ濡れで座ってて」
タケルは何かを思いながらステージを見つめた。

翌朝、ルカがいつものようにゴミを出しに行くと、ルカの前に一台のバイクが止まった。
「おはよう!」
タケルがヘルメットを取った。
「朝っぱらからどうしたの」
「このバイクは林田さんから借りた。高いから傷つけるなよって。乗れよ、これでミチルちゃん迎えに行こう」
タケルの突然の提案にルカは動揺してしまう。
「ミチルちゃんがいなくなって半年、俺はずっとルカを見てきた。気づいたんだ、ルカは朝も昼も夜も起きてても眠っててもずっとミチルちゃんのことを考えてる。ルカと暮らすのは楽しいけど、ルカの心に開いた穴を見るのはつらい。一緒にその穴を埋めに行こう」
タケルはヘルメットをルカに投げ、ルカはそれをぼんやりとした心のまま受け取ってバイクに乗った。

ミチルのアパートを訪ねたが既に引っ越していた。大家によると母は恋人と九州に引っ越したらしいが、ミチルは一緒じゃないらしい。
「どっか心当たりある?ミチルちゃんのいそうな場所」
「銚子かな」
「銚子、千葉の?」
「昔、お母さんと住んでたことがあるんだよ。高校卒業してすぐ」
ルカは記憶を振り絞って場所を答えた。
「行ってみよう」
タケルはルカを後ろに乗せ、高速を飛ばして千葉の銚子に向かった。地元の案内所や交番、食堂などで聞き込みをしたがミチルのことを知る人に出会えない。
「なかなか見つからないね」
海沿いの食堂で昼食を取りながら話をした。
「そう簡単にいかないよ。手がかり薄いし、ミチルが幸せならそれでいいよ」
ルカは笑って、あきらめたようにつぶやいた。
「新しい彼氏でも出来て、私やタケルのこと忘れて楽しんでるならそれでいいんだ」
「でも、違ったらどうする?どこかで独りで寂しいの我慢して俺たちが来るの待ってるかもしれない」
タケルの言葉がルカに刺さった。ひょっとしたらそうかもしれないと思ったからだ。

その晩、二人は海辺にテントを張って一夜を過ごした。
「どっちの毛布使う?こっちがいいか」
「なんかいいな、こういうのも」
ルカは微笑む。タケルも海辺でタバコを吸って微笑む。
「タケルと二人で旅して、美味しいもの食べて、一緒に泊まって。夫婦って案外こんな感じなのかもね」
「ドキッとするようなこと言うなよ。友達だからってバリア張ってたくせにいきなり夫婦って」
「赤くなってんの!」
「赤くなんかなってねーよ」
「でもさ、長年連れ添った夫婦って男女どうこうじゃなくて結局友達に戻るって言うじゃん。それはそれでいいのかもね」
「何が言いたいの?」
「しかし、狭いテントだよな。これでどうやって二人で寝るの!」
「じゃあ俺、外で寝袋使うから。ルカは中で寝ろよ」
「何で?一緒に寝ようよ。外寒いし、大丈夫だよ」
ルカが笑ってタケルの腕を引っ張ると、タケルは腕を払った。
「ごめん。俺、ダメなんだ」
「ダメって?」
「怖いんだ、女の体が。もちろん、ルカはそうじゃないって分かってるけど」
ルカが黙ってしまう。
「姉貴がいるって話、ルカにしたっけ?」
「してない。そうなの?」
「10歳離れた姉がいるんだ。血は繋がってないんだ。親が再婚同士で」
「そうなんだ」
「俺の親父が暴力的でDVっていうやつで」
「それで?」
「姉貴も色々ストレスたまってたんだと思う。母ちゃんが大人しい人で親父に何言われても楯突くなって姉のことを押さえつけてた。だから姉貴は俺を味方にしようとしたんだ。絶対に裏切らない小さな味方」
タケルは涙を浮かべて話を続けた。
「つまり姉貴は俺を...」
「言わなくていいよ。ひどい女だな」
「姉貴を裏切れないって最初は思った。それから親父と母ちゃんを悲しませたくないって。悪いのは全部俺だと思い込んで、誰にも言えずに。だから、そういう場面になると何かに絡め取られるみたいで怖くなるんだ」
タケルはタバコを缶に押し付けた。
「最低だよな、こんな男。一生マトモに恋愛出来ない。女なんか幸せになんか」
「出来るよタケルは。タケルは女を幸せに出来る男だよ。それは私がよく知ってる。おいで」
ルカはまっすぐタケルを見つめた。
「タケル、来てよ」
恐る恐る近づいてきたタケルを優しく抱きしめた。
「怖い?今夜、こうしていよう。何もしないでこのまま」
翌朝、目を覚ますとルカがタケルの顔を見つめていた。昨晩、二人は一つの毛布にくるまって眠った。
「...おはよう」
「おはよう!
照れくさそうなタケルにルカは飛びきりの笑顔を返してあげた。

その日の午前中、一軒のさびれた旅館で有力な情報をつかんだ。以前にミチルの母親と同じ旅館で働いていた仲居がおり、隣町の旅館に勤めていたという。
「タケル!急ごう!ミチルがいる!」
ルカはヘルメットを手に走り出した。
「待っている気がするんだ!」
タケルはルカを後ろに乗せてバイクを走らせた。

バイクでアクセルを全開にバイパスを走った。ルカを早くミチルに会わせてあげたいとスピードを加速させる。海沿いの見通しの悪いカーブに差し掛かり、対向車線からトラックが曲がってきた。向こうも減速しないどころかセンターラインをはみ出している。
「あっ!」
ルカが声をあげた。タケルはとっさにハンドルを切ったが、正面衝突は免れたもののバイクは転倒し、タケルは全身に激しい衝撃を受けた。痛みをこらえながら起き上がると、ルカはぐったりして頭から流血して気絶していた。
「ルカ!大丈夫か!しっかり!」
タケルはトラックの運転手とルカを総合病院に運んだ...。