1リットルの涙
第9週 - 養護学校での日々 - 
 
 
亜矢は1987年春から町田市の養護学校に転入することになった。母は娘の助けになるように電動車椅子をプレゼントした。何軒も施設を回り、通常よりも安い値段で譲ってもらったのだ。
 
「歩けるところはなるべく自分で歩くって言ってたけど、一人で自由に動ける喜びは大きいみたい。新しい学校に持っていけば行動範囲も広がると思ってね」
「...あいつ、寂しがりやだろ?」
養護学校は都内から通学が困難なため、亜矢は寮生活をすることになった。父は娘が心配で仕方がない。
「大丈夫よ。だって、あの子が自分で決めたことなんだから。私たちが笑って送り出してやらないと!」
父は笑顔でうなずき、作業場に戻った。作業場では徹朗が手袋をして豆腐の下ごしらえを手伝っていた。
「なんで俺が...」
「新作のおぼろ豆腐食わしてやろうと思ってな」
その時、亜矢が散歩から帰ってきた。
「...久しぶり」
二人は照れくさそうにして何も言わない。父があの日、徹朗が娘を呼び止めて歌を贈ったことを冷やかしてきた。
「歌で告白ってか?粋なことしやがってコノヤロー」
父は、笑顔で徹朗を居間に連れていった。
 
この日は4月2日。末っ子のリカが小学校に入学するということ、そして亜矢の寮生活が明日から始まる大事な節目の日であった。
「父ちゃんのことが恋しくなったら、すぐに言えよ。30秒で迎えに行ってやるからな」
「大丈夫。30秒?スーパーマンじゃん」
「いい加減子離れしなよ、ベタベタしてイヤらしい」
「子供はいくつになっても可愛いの!」
父とアコの会話を徹朗も微笑んで聞いている。
「...お母さんね、亜矢に入学祝い用意したんだ」
母はエプロンから何か取り出した。それは300度数のテレホンカードだった。
「テレホンカードなんてまだ亜矢には早いだろう」
「亜矢はこれから離れた場所で生活するのよ?何かあったら公衆電話から電話してこれるじゃない。亜矢が、父さんと話したくなったらいつでも電話できる!」
母は養護学校を訪問した際に、寮に公衆電話が設置されていることに気づいた。それを知ってのプレゼントであった。
「大事に使いなさい」
父がコロッと態度を変えたため、アコとヒロから「私たちにもちょうだい」と猛抗議を受けたが...
「黒電話で充分だ。テレホンカードなんて300万年早い!」
二人にデコピン。
「死んでるじゃん」
徹朗は電話番号をメモ書きしたものを亜矢に渡した。
「色気づいてんじゃねェよ!亜矢のこと口説こうとしてんだろ。とんでもねェ野郎だ」
父と徹朗の顔を見て亜矢は笑ってしまう。徹朗もどこか楽しそうで...
 
縁側で亜矢と徹朗の二人だけの話に。
「ごめんね、父さん相変わらずで」
「もう慣れたよ」
「高校も明日始業式だよね?」
「ああ」
「じゃあ、明日から本当に学校別々になっちゃうんだ」
「なに、寂しいの?」
「そういうわけじゃないけど...」
「学校のみんなにお前がテレカ持ったって自慢しといてやるよ」
亜矢は微笑みながら徹朗を見つめた。
 
春が来た 誰もが心を弾ませる季節なのに 私の前には
養護学校の大きな壁が目の前に立ちふさがっている
それでも季節は何も知らないような顔をして
私の前を通り過ぎていくのだ
 
1987年4月3日、養護学校転入日。母と一緒に入寮し、不安でしかなかったが表に出さないように努力した。二人を担任が出迎えた。月島恭子、26歳でまだ若い。校内を案内しながら養護学校のルールを説明している。ざっくりまとめると...
 
・自分で出来ることはなるべく自分ですること
・規則正しい生活をし自分で体調管理をすること
・卒業までに何か生き甲斐を見つけて努力すること
・公衆電話の使用は1日1回で私用利用は最大5分まで
 
校内は職員の他にもボランティア団体の人もいる。恭子は二人に高野哲を紹介した。彼もボランティアのひとりだった。亜矢は壁に絵や習字の作品が貼られていることに気づいた。
「これはみんな、この学校の生徒の作品です。何か出来ることを見つけて、それぞれ自分なりに頑張ってるんですよ」
周りを見ると、囲碁を打つ人、絵を描いている人、歩行訓練をしている人、いっぱいいる。
 
「家を長く離れるのが初めてなもので、慣れないこともあるかと思いますが何卒よろしくお願いいたします」
母は恭子先生に深く頭を下げた。
「じゃあね!」
亜矢は笑顔を見せた。
「...大丈夫?」
「うん、大丈夫!」
「そう...じゃ、頑張るのよ」
亜矢は笑顔で手を振っている。しかし母は娘の方を向くことなく、すすり泣きをして学校を出た。母の方が不安だったのかもしれない。
 
亜矢の寮室は二人部屋。ルームメートは、母が水野医師から紹介された及川明日美さんという1つ年上の女性だった。
「待ってたよ、池内亜矢さんだよね?私も同じ病気。そっちでも私が先輩だから何でも相談してね」
明日美さんは電動車椅子に乗って亜矢の方へ。
「綺麗でしょ?私、水とお日さまの光を浴びてキラキラしてる花がいちばん好き!」
「そうなんですか」
彼女の机にはガーベラが挿してある瓶がある。亜矢は彼女の明るさに少し戸惑ってしまう。
 
夜、父は電話台の前でソワソワして落ち着かない。タバコを吸ったり、水を飲んだりして気を紛らそうとするが..
「ソワソワし過ぎだよ。ドラフト指名みたい」
アコに冷やかされてしまう。
「うるせえ、自分の子供心配してんだよ。寄宿だぞ?亜矢が!」
「気持ちは分かるけどさァ...」
「俺に似て寂しがりやだからな...」
 
亜矢は公衆電話の前にいた。誰にかけたのか...
「もしもーし、聞こえてますか?」
「聞こえてるよ。どうしたの?」
「テレカ本当に使えるのかと思って。試しに麻生くんにかけてみたの」
「ふぅーん、第一号ってわけか。お父さんにはかけてないの?」
 
夜10時になっても池内家の電話は鳴らなかった。
「もう寝てるよ多分。まあ、気長に待つことだね」
「娘の声が聞きたいなァ、亜矢の声が聞きたいな」
「近いうちかかってくるって。親バカなんだから」
父は分かりやすく落ち込んで寝室へ。母とアコが顔を見合わせて微笑んだ。
 
公衆電話ではギリギリまで二人の会話が続いていた。
「耕平?相変わらず。杉浦と耕平って付き合ってるみたいだけどさ、アイツのどこがいいんだか...さっぱり分かんない。もう池内の話なんか誰もしてないって感じ」
電話口での息子の楽しそうな声を父が複雑な表情を浮かべて聞いていた。
「やべ、親父だ。切るわ」
「じゃあ、またかけるから。またね」
通話を終えた亜矢は部屋に戻ると、明日美さんがベッドメイキングをしていた。その光景をしばらく見つめた。まだ養護学校の生徒という実感はない。でも、今日から生徒なのだからここで頑張ってみようと思った。
 
6月、母は水野医師から亜矢の定期検診のことで病院に呼び出された。
「寄宿舎の生活にも慣れたようで安心しました」
亜矢と母は週に1回、手紙のやり取りをしていた。そこで近況報告をするようにしていた。
「亜矢さんなんですが...」
水野は検査結果が芳しくないことを告げた。
「病状としては次の段階に進んでいます。これから飲み込む能力が低下して食事も固形物は難しくなってむせることが多くなります。滑らかな発声が出来なくなって言葉が聞き取りにくくなっていきます。四肢の機能が低下し、転倒が骨折などの大ケガに繋がったり、風邪を引くと肺炎などの合併症を引き起こす可能性があります。養護学校の先生方も注意しているでしょうが、大事に至らぬよう、ご家族で見守ってやってください」
母は一瞬顔が曇ったが、しっかりと話を受け止めた。
 
亜矢は明日美さんのことが気になってしまう。自分の未来予想図を見ているような気がして、なんだか怖かった。ハーモニカを用いて発声練習をする姿、芋を食べてむせてしまう姿...
 
休み時間に明日美さんが話しかけてきた。
「恭子先生と高野さんって付き合ってるんだって!いいなぁ、彼氏といつも一緒で」
亜矢は日記にこう綴っている。
 
及川明日美さん 笑顔が可愛い素敵な人
なのに私は どうしても彼女の姿に
病状が進んだ自分を照らし合わせてしまう
 
亜矢は車椅子を使わずになるべく自分の足で歩く努力をした。しかし、学校のペースと合わずに始業に遅れたり、移動途中にバテたりと支障をきたすようになった。見かねた恭子先生が...
「昨日も遅れたわね。移動は車椅子使った方がいいんじゃない?」
「でも、なるべく自分の足で歩きたくて」
「池内さん、もっと生活のペース配分を考えなさい。どこまでは自分でやって、どの程度の補助をしてもらうか。線引きも大事なのよ」
「...でも」
「周りのペースにどうやって合わせていくか考えることも必要だと思わない?」
先生の言うことに納得できたが、車椅子に頼ってしまうと、自分の足で二度と歩けなくなるのではないかという不安があった。
 
10月、徹朗は文化祭の出し物の資料探しのため市立図書館を訪れた。その時にアコと会った。
「受験勉強?...もうそんな時期か」
机に赤本が置いてある。志望校は明和台東高校。
「姉ちゃんと約束しちゃったし、折角だから東高校受けてやろうと思って。ダメ元なんだけど」
「...ここ、間違ってるぞ」
数式に誤りがあることを指摘。
「あー、もう。奇跡でも起こらない限り合格なんか無理だよ」
「お前、ホントに池内の妹?」
「そういうこと言わないでよ。姉ちゃんの真面目さが少しでも私にあれば...、たまに姉ちゃん、休みの日に帰ってくるんだけど最近あんま元気ないの。養護学校でも頑張り過ぎてんじゃないかな」
 
「今日、妹と図書館で会ったぞ。最近、調子どう?」
亜矢は定期的に徹朗と公衆電話で話していた。
「元気だよ、麻生くんは?」
「まあ、そこそこ」
「学校どうですか?」
「今は毎日毎日文化祭の発表の準備」
「そんな時期か...何発表すんの?」
「海の七不思議。海ガメの涙とか、マンボウの昼寝とか、イルカの声とか」
「なんか面白そうだね」
「今度の休み、暇?」
「え?...うん」
「水族館行くんだけど、池内も行くか?」
「...お母さんに聞いてみるね」
「あんま無理すんなよ」
 
部屋に戻ってくると明日美さんが冷やかしてきた。
「デートの約束だ!彼氏?」
「違いますよ。高校のクラスメイト」
「違う?いつもこの時間になると公衆電話で笑顔で喋ってるのに?彼氏ってどんな人?」
「うん...最初に会った時は変な奴って思ってて、口は悪いわ態度はでかいわ嘘はつくわ。でも、私がすごくつらい時は何故かいつもそばにいてくれて。それに、不思議なんだけど...麻生くんと一緒にいる時だけは自分が病気なんだってこと忘れてるんだ」
「ふーん。なんかノロケちゃったな」
明日美さんが笑顔で亜矢の話を聞いている。
 
徹朗は父と二人だけの話をしている。
「もう進路は決めたのか?」
「いや、まだ」
「親や親戚に合わせることはない。しっかり考えて自分の好きな道へ進めばいい。しかし、池内さんのことは別だ。あの子がこれから先、どうなっていくのかお前も分かっているだろう?」
「寝たきりになる女と関わるなって言いたいのかよ」
「違う。どれだけの覚悟があって、あの子と関わっているんだと聞いてるんだ。お前はあの子のことが好きなのか、これから先も何年もあの子のそばについてやると約束でもしとるのか」
「約束なんか...俺たち」
「ただの友達なのか?でも、病状が進んだ彼女がお前を必要としたらどうする?肉親さえも介護に疲れきってしまうことがある。並大抵のことじゃない。今が楽しいからそれでいい、そんな自分勝手な考えじゃ済まん。よく考えるんだな」
父は穏やかな口調で息子を諭した。
 
次の日曜日、亜矢は徹朗と水族館に行くことになった。徹朗が迎えに行くと、亜矢は明日美さんといた。
「麻生くん!」
「久しぶりだな。髪伸びたんじゃない?」
二人が談笑していると...
「こんにちは、及川明日美です。はじめまして。麻生くんがどんな人か会いたくて」
明日美が話しかけてきた。
「亜矢ちゃん、いつも麻生くんの話ばっかりするから!」
「変なこと言わないでくださいよ!...あ、紹介してなかった。及川明日美さん。同じ部屋の人」
「...そう」
「同じ病気なの。でも明るい人でしょ?」
「そうだな」
徹朗は笑顔を作った。
 
水族館では色んな生き物を見た。ハリセンボンは膨れてトゲを立てて身を守る、クマノミはイソギンチャクに家族で住んでいる。二人はそれなりに楽しんだ後に、最後にイルカショーを見た。
「なんで水槽にぶつからないでこんなに上手く泳げるのかな」
「声だよ」
「どういうこと?」
「人間の耳には聞こえない超音波の音を出して、跳ね返ってきた音で周りにある障害物の位置を確かめてるんだ。その声を使って遠くにいる仲間たちと会話をしている」
「私たちには聞こえない秘密のおしゃべり...か。人間も遠くにいる人とそんな風に喋れたらいいのにね」
「...ちょっと待ってろ」
徹朗がどこかへ走り出した。
 
「...イルカほど便利じゃないけど。これ」
ポケットからイルカをかたどったペアのネックレスを差し出した。さっき買ってきたのだ。
「ありがとう!」
「いいよ。...お茶、買ってくる。待ってて」
 
待っている間に親子連れにお土産売り場の場所を聞かれた。
「...か、ん広場の...むこ...うに」
「ん?」
親子連れが首をかしげている。
「...かん、ひろ...。あっち
何故か言葉が出なくなり、とっさに指をさして場所を伝えた。ショックだった。徹朗にそのことを伝えることは出来なかった。亜矢は異変を感じた。
 
帰りはバスで帰る予定だったが、亜矢のペースに合わせる余り、時間配分が分からなくなり、その日の終バスが出てしまった。
「...タクシー呼ぼう。すまん、俺がちゃんと時間調べなかったから」
タクシーを止めようと手を挙げるが、無情にも車椅子を見るなりタクシーは通り過ぎていく。
 
雨が降ってきた。雨宿り出来そうな場所を探すが、車椅子の車輪が側溝にはまってしまう。徹朗は自分の上着を彼女に掛けて、必死に屋根のある場所を探した。
 
タバコ店を見つけ、公衆電話から家に電話を入れた。父が車で迎えに行き、そのまま家に帰った。
「亜矢!」
母が勢いよく玄関から飛び出してきた。
「私、全然大丈夫だから」
父におぶってもらった。
「...あの、俺」
「何してんの!風邪引いたらどうすんのよ!」
母が徹朗を怒鳴り付けた。
「...とにかく着替えさせよう」
「そうね。麻生くんも早く上がって!」
徹朗は呆然としてしまい動けなくなった。アコとヒロが心配そうに見つめていた。
 
「...亜矢は?」
「大丈夫。眠っちゃった。電気毛布入れておいたから」
「僕の責任です。本当にすいませんでした」
深く頭を下げた。
「さっきはごめんね。怒鳴ったりして」
「ほら、もういいから。足でも崩しなさい」
「麻生くん、顔上げてちょうだい」
母は徹朗を見つめ...
「麻生くんには本当に感謝してるの。亜矢のこと気にかけてくれて、こんな風に誘ってくれて。亜矢もすごく喜んでると思う。でも、今の亜矢は色々気をつけなきゃいけないことが多くて...、元気そうに見えるかもしれないけど、身体の調子もそんなにいいわけじゃなくて。軽い風邪引いただけでも合併症起こして肺炎になるかもしれないの。普通の人には小さなことでも亜矢にとっては命取りになることがあるの。楽しいだけじゃいられない、もう昔のようにはいかないこともあって...」
「今日のところは無事だったんだし、亜矢のことを任せたのは俺たちなんだから。あんまり気にするな」
「すいません...すいませんでした...」
「また、どこか連れてってやってくれよ」
父の優しい声が聞こえる。亜矢は会話を寝室から聞いていた。
 
家に帰ると亜矢から電話が鳴った。
「今日はごめんね、いろいろ迷惑かけちゃって。さっきお母さんが言ってたこと...あのね」
「いいよ...気にするな」
「...うん、もう前みたいにはいかないんだね。車椅子押してもらうことはあっても一緒には歩けないし、雨に濡れたくらいで大騒ぎさせちゃうし、きっとそのうち話せなくなって電話も出来なくなるんだろうね。もう全然違うね、高校にいたころとは。麻生くんとはもう住む世界が違うのかも...」
電話はすすり泣きの声でポツリと切れた。徹朗はしばらく電話口で考え込む。
 
亜矢は養護学校転入後も通院でリハビリを続けていた。その時に水野にあることを言われている。
「発声練習は寄宿舎でも根気よく続けてね。実生活で不便は感じる?」
「声が出しにくくなった気がします」
「...そう。でも、今だって俺とこうやって話してるだろう?大切なのは伝えたいという気持ちと受け取りたいと思う相手側の気持ちだ。伝えることをあきらめちゃいけない。聞く気持ちのある人には必ず伝わるから」
亜矢は水野の言葉を受け止め...
 
徹朗はまたアコと会った。
「頑張るね。そんな必死になるほど良い高校でもないぞ」
「ねえ、麻生さん?」
アコはここで本心をこぼしている。
 
...私ね ずっと思ってたことがあって
なんで姉ちゃんなのって 
病気になったのは なんで私じゃなくて
誰にでも優しい姉ちゃんなのって
神様は意地悪だから 姉ちゃんみたいな人を病気に...
なら 私が健康であることにも理由があるのかなって
...私 姉ちゃんの代わりに高校を卒業したい
姉ちゃんの叶わなかった夢だから
私なんかが姉ちゃんのために出来ることは
これぐらいのことだから
出来ることあるのに ボーッとしてるとか
そんなの 私は嫌だから
 
「お前、さすがだな。さすが池内の妹だな」
「さすがってほどでもないけどね」
「自分で言うか!」二人は微笑んだ。
 
後日、徹朗は養護学校を訪ねている。
「...どうしたの?」
「電話出来なくて...直接来た」
亜矢は切実な思いを徹朗に伝えている。
「今日、夢見たんだ」
 
いつも見ている夢の世界では
歩いたり 走ったり 自由に動けるんだ
初めて 麻生くんと出会ったころみたいに
でも 今日の夢は違った
私... 夢の世界でも車椅子に乗ってた
私は夢の世界の中でも身体が不自由だった
自分のこと 認めてるつもりでいたけど
心底では 認めてなかったのかもしれない
これが... 私なのにね
 
徹朗が優しい口調で亜矢に答える。
 
俺の今の気持ち 伝えてもいいか?
ずっと先のことなんか わからない
けど 今の気持ちなら100%潔白で自信持って言える
俺達はイルカじゃないから テレパシーは使えない
でも 池内が話すなら どれだけゆっくりでも聞く
歩く時は どれだけゆっくりでも歩幅を合わせるし
電話出来ないなら こうして会いに行く
今は頼りないかもしれない
でも いつか 池内の役に立てるようになりたい
昔みたいにいかないって池内は言うけど
そういう気持ちでつながっているんだ
住む世界が違うとは思わない
 
亜矢は徹朗を見つめている。
「俺...たぶん池内のこと、好きかも。たぶんな」
「...ありがとう」
 
高2の進路希望に徹朗は「城南大学医学部」と書いた。
 
1988年3月、アコと母が養護学校を訪ねてきた。
「...どうしたの?」
「いの一番知らせたいことがあってね!」
「なんか嬉しそうだね」
「奇跡が起こったのよ!」
母の合図で、アコが笑顔で明和台東高校のブレザーを着て姿を現した。なんと合格したのだ。自力で姉の果たせなかった夢の実現のために受験し努力が実ったのだ。
「姉ちゃんの制服で代わりに高校卒業するからね。安心して。姉ちゃんの夢は私が引き受けました!」
アコは亜矢に抱きついた。亜矢も笑顔で妹を強く抱きしめた。
 
母は、部屋に行く途中の廊下で亜矢の詩が貼ってあることに気づいた。恭子先生が紹介する。
「こういう感性を持ってる子なんですよ」
 
『朝の光』
この学校の玄関前に 大きな壁が立っている
その壁の上に朝の光が白んで見える
いつかは見上げて そっとため息をついた壁だ
この壁は 私自身の障害
泣こうがわめこうが なくなることはない
けれど この陽のあたる瞬間が
この壁にもあったじゃないか
だったら 私にだって....
見つけだそう 見つけにいこう
 
亜矢は日記にこう綴っている。
 
足を止めて 今を生きよう
いつか失ったとしても なくなった夢は
誰かに委ねてもいいじゃないか
 
人は過去を生きるものにあらず
今できることをやればいいのです
 
(参考・どらまのーとドラマレビュー)