1リットルの涙
第6週 - 心ない視線 -
そろそろ寒い季節になる
私も思いっきり走って 体をあたためたい
でも また少し歩きにくくなった
亜矢は母と歩行訓練も兼ねてガンモちゃんの散歩に出かけた。彼女の歩き方を見て、近所の人たちがヒソヒソと噂をしたり、子供連れの親が「近寄っちゃダメ」と言ったりするのが聞こえた。
高架下の空き地で、ひとりでサッカーの練習をしている弟のヒロを見かけた。地元のサッカーチームに入って2年経つが、一度もスタメン入りしたことがなかった。ヒロは「才能ないから」と自虐していたが、コートを走って、家族にカッコいいところを見せてやりたいと思っていた。
姉と二人きりの会話になる。
「今度こそ絶対にメンバー入りしたいんだよね...」
切実な気持ちを姉に打ち明けた。
「...そうだ!」
亜矢はぎこちない手つきで石ころでコンクリート壁に線を引き始めた。長方形になるように線を引き、それがサッカーゴールだということが分かる。
「これ、サッカーゴール?」
「うん。いい?闇雲にシュート打つんじゃなくて、ちゃんとこの枠の中を狙うの。頭の中でイメージして一本一本ていねいに大切にシュートするんだよ」
姉の助言を参考に、黙々と練習を再開。姉は弟を温かい目で見守ってやる。
帰り道。
「姉ちゃんがサッカーも詳しいとか知らなかったよ」
「サッカーもバスケもイメージトレーニングが大事なのは同じだから」
「俺、絶対試合に出るからね!そしたら姉ちゃん、絶対応援に来てよ。約束だからね!」
亜矢は笑顔でうなずいた。その時、すれ違った奥さま連中の話が耳に入ってきた。
「今の池内さんとこの?」
「そう、いちばん上のお姉ちゃん」
「賢い名門に通ってるんでしょ?」
「そうよ、頭もいいしスポーツ万能なのに、でもね詳しく知らないけど病気らしいわよ」
「そうなの?気の毒ねぇ」
噂話にヒロは顔が曇ったが、姉がいることに気づき、笑顔を作った。
思いっきり走ることは出来なくなったけど
ゆっくりとしか歩けないけど
それでも 私にやれることがきっとあるはずだ
次の日、亜矢は母と一緒に水野医師の診察を受けた。母は娘が自宅でリハビリをしたり、欠かさず日記を書いていることを伝えた。
「最近は日を追うごとに前向きになっているみたいで」
「そうですか...、文字の乱れはそれほど進行していないみたいですね」
「今度の薬は娘に合ってたようで、以前より調子が良いように思えます。もしかしたら、このまま治るんじゃないかな...なんて思えたりするくらいで」
日記を見ると「昼食時に弁当を食べて飲み物を飲んだら少しむせた」とあった。その件がひっかかる。
「...あの薬は劇的に症状を改善するというものではなく、長期にわたって症状の進行を抑制するというものですので」
「...そうですよね」
夕食も母は娘が食べやすいようにとハンバーグは一口サイズに切った。父も長期的にかさむ治療費を少しでも払うために新規の取引先を探していた。この日、店番を子供たちに頼もうとするが、アコは委員会、ヒロはサッカーの練習があるため店番が出来ないという。
「亜矢...明日だけお願いできるかな?」
父は心配そうに「俺がやるよ」と言ったが、母は「大丈夫だよ」と笑顔で返答した。
9月暮れ、亜矢はひとりで登校した。マリたちが部活の新人戦に備えて朝から練習しているからである。理科室前を通ると、室内に徹朗がいたので話をすることに。
「あれ、いつもの友達は?」
「新人戦控えてるから練習してんの。いつも二人に甘えてられないでしょ」
「そっか。...そこのビーカー取って」
「人使い荒いよね。私、体が不自由なんですけど」
「威張んじゃねーよ」
「別に威張ってないよ」
徹朗は研究レポートを亜矢に記入させた。
「ねえ、私のこと生物研究会だと思ってない?」
「いいじゃん、どうせ暇なんだろ?」
「...そうだね」
ノートには「多摩川水質調査」と書いてある。
「市役所の環境保存課と合同で何年も研究してるんだって。気が向いたら手伝ってよ」
「うん。考えとくね」
二人の会話をこっそりと冨田と大橋という生徒が聞いていた。二人は徹朗と同じ中学の同級生だった。
「なんか最近、あの二人急接近って感じだよね。いいの?のんびりしてたら池内に取られちゃうかもよ」
「取られるわけないじゃん。あんな子に」
父は治療費捻出のため、市内の商店を回って取引先を増やそうとしていた。自分の店の豆腐を置いてほしいと頼み込んだが、ほとんどが門前払いであった。この日も個人経営の商店に出向き、店長に何度も頭を下げたが、あっさりと断られた。
そこに店長の息子が帰ってきた。その息子は亜矢と同じ高校に通っていて、亜矢の事情を知っていた。そのことを父に説明すると「お宅も大変なんだな」と言い、豆腐を店で扱うことにしてくれた。父は複雑な表情で一礼した。
次の日、亜矢が店番をしていると常連のおばちゃんが突然...
「あなたが店番してるの?私やるから亜矢ちゃんは座ってなさい。まったく何考えてんのかしらね」
店の中に入ってきた。そこでアコが帰ってきたのでアコと交代。亜矢はうつむいて奥の部屋に入ってしまった。
水野医師も病気を少しでも改善するべく神戸の大学病院の教授を紹介してほしいと院長に頼んでいた。亜矢は15歳で進行が通例より早いのだ。
「今焦ったところで、すぐにどうこうなる病気ではないだろう」
「とにかく頼みます。力を貸してください」
学校では、徹朗と恩田と冨田のあいだでこんな話になっていた。
「なんか手伝おうか?」
「別にいいよ」
「池内さんには手伝えって言ってたじゃん」
「アイツは暇そうだったからな」
「私も暇だよ」
「じゃあアンケート集計手伝ってよ」
恩田は学級委員のため仕事を押し付けられている。
「それは恩田の仕事でしょ!?」
冨田はキレて理科室を出ていった。先輩部員は「冨田さんは麻生くんに片思いしているから優しくしてやれ」と伝えたが、徹朗は何も言わずに作業を続けた。
亜矢はバス通学の際に障害者手帳を提示するようになった。運賃が半額になる。乗客たちの視線が自分に注目しているのが分かった。シルバーシートに座っていたおばあちゃんが席を譲ってきた。
「...すいません」
この日、ヒロは練習の甲斐があったのか、次の試合でレギュラーになった。
「アイツ最近うまくなったからな」
部員たちに姉に練習を教わったと言い、気を良くして...
「姉ちゃんは美人だし頭も良いしスポーツも出来るし何でも知ってるんだぜ!」
笑顔のヒロを横目に、レギュラーに選ばれなかった同級生の中山という子が彼を悔しそうに見つめていた。
もちろん家に帰ると家族は大喜び。
「絶対応援行くからね!」亜矢も大喜び。
「お...おう」
「弁当作ってみんなで応援行くぞ!」
父の言葉にヒロの顔が一変。
「あのさ姉ちゃん...試合の応援、無理して来なくてもいいよ?場所遠いから」
「大丈夫。絶対行くから」
「...うん」
その日の夜、亜矢はユニフォームに「ヒロ」と名前を縫い付けた。ヒロの様子が少しおかしいということに気づいた人がいる。アコである。
子供が寝た後、夫婦だけの会話になる。
「良かったね、取引先増えて」
「...ああ」
タバコを吸って浮かない顔をしている。
「お父さんの豆腐美味しいから、きっとこれから忙しくなるよ」
「このあいだ取引するって言ってた店の店長さんなんだが、亜矢の学校の親御さんなんだよ」
「そうなの?」
「最初は渋ってたんだがな...亜矢のこと聞くなり置いてやるって」
「じゃあ、亜矢に感謝しなくちゃね」
「お前、何とも思わんのか?」
「どういうこと?」
「純粋な気持ちでうちの豆腐置いてやるってことじゃないだろう?」
「同情ってこと?もし、そうだとしてもそんなに悪いことなのかな。同情って人の悲しみ、苦しさを自分のことみたいに思うことでしょ?」
母は続ける。
「きっと、亜矢は病気になって色んな人の視線を感じてると思うの。でも偏見とか差別の視線に負けないでほしいんだ。乗り越えてほしい。中には本当の思いやりを持った視線だってあるはずなの。それは、ちゃんと分かる子であってほしい。難しいことかもしれないけどね」
「...大丈夫だ、俺とお前の娘だぞ。きっと乗り越えてくれる。人の気持ちだって汲み取れる。俺って、ちっさい男だよな。お前と亜矢に比べりゃちっさいもんだよ。俺も亜矢に負けないように頑張らないと」
「そういうこと!」
次の日、亜矢はアコと一緒にスポーツ店に試合で使うスポーツタオルを買いに行った。
「ねえ、なんでそんな歩き方してるの?」
幼稚園くらいの子供が無邪気に聞いてくる。保護者が慌てて亜矢に謝って店の外へ連れていく。
「そんなこと言わないの。あのお姉ちゃんは足が不自由なんだからね」
その声がアコに聞こえた。その店にヒロのチームの同級生も来ていた。その中には中山もいた。
「あれかよ、池内の姉ちゃん」
「なんだあの歩き方...」
ヒロが河川敷で自主練をしていると、さっきの同級生たちが来た。
「池内、お前うそつきだな」
「何がスポーツ得意な美人の姉ちゃんだよ」
同級生のひとりが亜矢の歩き方を真似して笑っている。ヒロはついに姉の病気が同級生にバレたと思った。
「ちゃんと歩けない姉ちゃんがサッカー教えるなんか無理だろ」
「でも、ホントに教えてもらったんだよ」
「信じられないよな」
同級生たちは「うそつき」の一点張りでヒロの話を聞く耳を持たない。中山がサッカーボールを奪い取って、思いっきり川へ蹴り飛ばした。
「拾ってもらえよ、スポーツ万能の姉ちゃんに!」
同級生は笑いながら帰っていく。その光景を川の水質調査に来ていた徹朗が目撃していた。
ヒロは、家に帰ると母に「ボールは?」と聞かれたので、とりあえず「なくした」と嘘をついた。
「もう一回探したらどう?私も手伝うよ」
亜矢が玄関へ向かおうとするとヒロは「いいから」と声を荒げて、通せんぼする。
「俺、もう試合に出れないかもしれないから」
「なんで?」
「なんでもいいだろ!!」
返ってきたのは怒鳴り声だった。ヒロが姉に対して反抗的な態度を見せたのはこれが初めてだった。
「だから...姉ちゃんは試合に来なくてもいいから」
ヒロはうつむいて部屋にこもってしまった。
しばらくして、徹朗がサッカーボールを持って家を訪ねてきた。網を使って取ってきてくれたのだ。のそのそとヒロが部屋から出てきた。
徹朗はヒロを連れ、二人だけで玄関先で話をした。
「もうすぐ試合なんだろう?」
「うん」
「頑張れよ」
「...うん」
「それから、大事にするんだな」
「え?」
「ボールも...姉貴も」
そこで亜矢がお礼を言いに玄関にきた。
「麻生くん、ありがとね。じゃあまた学校で」
「おう、じゃあ」
徹朗は自転車に乗って去っていった。亜矢は手を振って見送っていたが、ヒロは嫌悪感を隠せず、無言で部屋に戻っていった。亜矢もヒロの異変に気づいていた。
翌日はサッカーの練習日だった。アコは、ヒロが忘れていった月謝を渡しに練習場へ向かった。月謝を監督に渡しているとクスクスと笑っている部員がいた。それが目につく。
「あれ?こっちの姉ちゃんはちゃんと歩けるんだ」
亜矢の病気を知らない部員たちが、アコのまわりに「練習教えてください」「池内くんのお姉ちゃんですよね」と群がってきた。
「こっちの姉ちゃんじゃねえよ」
ヒロを昨日からかった部員たちが...
「もうひとりの姉ちゃん、サッカー教えるなんか無理なんだよ。だってマトモに歩けないんだから。な、池内」
アコが弟を見ると下を向いてうつむいていた。部員は続ける。
「だから紹介なんか出来ないんだろ?お前、サッカー教えてもらうより歩き方教えてもらったほうがいいんじゃないの?」
姉弟を侮辱されたアコはとっさに部員を突き飛ばした。
「アンタなんかスポーツする資格ないよ。...ヒロ、帰るよ!」
アコは勢いよくヒロの腕を引っ張って、練習場を後にした。
しばらくして怒りの矛先が、姉と弟を侮辱されたことから、弟が持っている姉に対する気持ちへと変わっていった。
「...何で黙ってたの?姉ちゃんのことあんな風に言われてムカつかないの?何で言い返さないわけ?」
ヒロは何も言わない。
「アイツに「何だよ悪いのかよ」って「姉ちゃんのことバカにすんなよ」って何で言い返さないの?」
「だってしょうがないじゃん!」
アコには、その言葉の意味が分からなかった。
「しょうがない?何がしょうがないわけ?」
ヒロは答えられない。
「じゃあ、アンタは姉ちゃんのこと「カッコ悪い」とか「恥ずかしい」って思ってんの?何とか言いなさいよ!!」
怒鳴り声に周りの人が注目する。
アコがヒロを家に連れて帰ってきた。
「どいて、邪魔!!」
父と母に怒鳴りつけて、ヒロを居間に突き飛ばした。
「アイツも最低だけど、アンタはアイツより最低だから」
父は「親に向かって邪魔とは何だ」と怒鳴ったが、アコの様子がいつもと違うことに気づき...
「おい、何かあったのか?」冷静に聞いてみる。
「姉ちゃんの何が恥ずかしいの?姉ちゃんはスゴいじゃん」
部屋にいた亜矢は、気づかれないようにトイレへ移動して話を聞いた。
「姉ちゃんは、毎日頑張ってリハビリして...あんなに明るくて。もし、私が姉ちゃんの病気になったら、あんな風に外に出る勇気はないよ。ジロジロ見られたり、変なこと言われて、あんなに笑えないよ。私、はじめて姉ちゃんってスゴいって思ったの」
アコは部屋からユニフォームを持ってきた。「ヒロ」と名前が縫い付けられている。
「...これ、姉ちゃんが付けたんだよ」
「....えっ?」
決して綺麗とは言えないが、不慣れな指を使って一生懸命縫い付けたということが分かる。
「この作業が姉ちゃんにとってどんなに大変か分かる?寝る間惜しんで何時間もかけて付けてたの。アンタ、ここまで出来る?姉ちゃんのためにこんな一生懸命になれる?何で恥ずかしいとか思うわけ?」
アコは涙を浮かべてヒロを何度も叩いた。
「アコ....もういいから」
母が止めに入るが、怒りが収まるわけもなく...
「そんな風に思ってるアンタのほうが恥ずかしい!!」
ヒロの胸ぐらを掴んで思いっきりひっぱたいた。
「もういいから...、ヒロも、もう充分...」
母はアコを抱きしめた。アコは声をあげて泣いた。
父はヒロの横に行き、頭をなでた。
「弘樹、姉ちゃんの言ってること分かるな?」
ヒロは大きくうなづいた。
「今...お前のここ痛いよな?」
ヒロの胸に手を当てた。
「...ごめんなさい、本当にごめんなさい」
ヒロは涙を浮かべて父をしっかりと見つめた。
「よし。それでこそ俺の息子だ」
父は息子を強く抱きしめた。母はアコから話を聞くために縁側へ移動した。亜矢はトイレの中でひとり号泣し、静かに家を出た。
亜矢は公園のブランコに座り、ひとりで何かを考える。溢れ出る涙を上を見ながらこぼれないように...
夕方、亜矢は笑顔で家に帰った。
「おかえり、遅かったじゃないか心配したぞ」
「じゃあ、ご飯にしましょうか。早く着替えてらっしゃいな」
家族は笑顔で彼女を迎え入れた。その時、ヒロとすれ違った。彼は何かを伝えようとしたが言葉に出来なかった。
夕食の時間...
「ヒロ、ごめんね。私、試合に行けなくなったの」
亜矢の唐突な発言に家族が黙ってしまう。
「今度の日曜に急な用事が入って、ホントごめんね」
「急な用事って何よ」
アコが聞いてきた。
「え...、えっとねマリたちと映画見に行くって」
「そんなの断っちゃえばいいじゃん」
「断れないよ。マリと早希には色々と借りがあるんだから」
亜矢は、ポケットから妹と買いに行ったスポーツタオルを渡した。
「...ありがとう」
ヒロはとりあえず受け取ったが、亜矢の「行けなくなった」にアコと両親は引っ掛かってしまう。
土曜日に亜矢は学校へ行き、理科室で徹朗と話をしている。
「明日も手伝うよ」
「明日って弟のサッカーの試合なんだろ?」
「うん。でも、行かないことにした」
「何で?」
亜矢は外の景色を見ながら...
「私は周りの人からどんな目で見られても平気。でも、ヒロの気持ちまで考えたことなかったんだ。ヒロ、つらかっただろうな。優しい子だから。最低な姉貴だよね」
「なら、行けば?」
徹朗の言葉に少し驚いた顔をした。徹朗が続ける。
「お前の弟、まずいことしたなって後悔してんじゃないの?本当は来てほしいって思ってても言えないだろうし。男って案外繊細な生き物だから」
亜矢は少し考える。
試合当日、ヒロはカバンに持ち物を詰め、姉の刺繍つきのユニフォームを見つめて微笑んだ。母は息子の様子に気づき、いつもと同じように水筒と弁当を渡した。
「今日はお肉多めに入れておいたからね」
「ありがとう母ちゃん!」
「忘れ物ないね?」
「うん!行ってくるね!」
「行ってらっしゃい!あとで見に行くから!」
亜矢は二人の会話をベッドで聞いていた。
「...朝からヒロも母さんもホントにパワフルだわ」
アコが起きてきた。亜矢は寝たフリをした。気まずいからである。
「姉ちゃん、起きて。映画行くのがホントなら断ったほうがいいって...」
歯を磨いてきたアコは姉を起こしに行く。
「...本当だよ」
姉は背を向けて細い声でつぶやいた。
「...そう」
アコはそれ以上何も言わなかった。
アコは、試合が見える良い席を取るために父とリカと一緒に先に出かけて行った。亜矢はアコが出ていった後に起き上がると自分の机に何かあることに気づいた。それを見ると...
池内弘樹デビュー戦 ご招侍券
朝比奈グラウンド 11月6日 (日) 10時 KICK OFF!!
お姉ちゃんへ 絶対に来てね 待ってるよ
最後に亜矢の似顔絵が描いてあった。
「...ヒロ」
母が部屋に入ってきた。
「亜矢、行こうよ」
「母さん...」
「こんなにヒロが頼んでるじゃない」
「いいのかな...私なんかが行ったら」
「何言ってるの、ちゃんと読みなさい。書いてるでしょ?「絶対来てね」「待ってるよ」って」
亜矢は笑顔でうなずき、支度をはじめた。
弟の晴れ舞台を見るためにグラウンドへ行き、家族みんなで声援を送った。それにヒロも気づき、笑顔で手を振った。
「あれが亜矢姉ちゃんだよ!すげえ美人だろ!うらやましいだろ!」
ヒロはとびきりの笑顔で部員たちを逆にからかってやった。
「アコのおかげだね」
母はアコの頭をなでた。
「うん!それでこそ俺の愛娘だ!」
父が抱きつこうとしたので...
「うざっ、人に見られたらどうすんの」
笑顔で手を払った。その時、亜矢が持っていた招待券に目が行く。よく見ると...
「こういう時、間違えないでほしいよね」
「何が?」
「ご招待の「待」が間違ってるんだよ」
「ご招侍...ごしょうさむらい、になってやがる」
父が呆れてしまう。リカも「あーあ」と言ってお菓子を食べている。
「亜矢、ヒロの漢字特訓のコーチよろしくね」
母が笑顔で伝えると、亜矢も「了解」と笑った。
試合中にヒロは相手選手から倒されてPKになった。蹴るのはヒロ。いつか「頭の中でイメージして一本一本ていねいにシュートするんだ」と姉に教わったことを思い浮かべながら...
「ヒロ、決めて!!」
シュートは見事ゴールが決まり、点が入った。
「やったーー!!」
家族も部員も大喜び。
「やったよ、姉ちゃんのおかげだよ!!サンキューな、姉ちゃん!!」
ヒロが亜矢に向けてグッドサイン。亜矢も笑顔でグッドサイン。
心ない視線に 傷つくこともあった
でも同じくらい あたたかい視線も
あることに気づいた