最終回 「命ってなんだろう?(後編)」
そんなある日のこと、一ノ瀬家の前に一台のタクシーが止まった。中からは静香と智志が出てきた。それを近所の主婦たちは好奇の目で見つめている。
「何ですか?」
静香が不機嫌そうに主婦たちに言うと、主婦たちは愛想笑いをしながらその場を去った。
静香が家のベルを鳴らすと、未希が出た。軽く会釈をしたあと、リビングへ2人を迎え入れた。
「挨拶はいいから、用件を話してくれます?」
「一緒に聞いてほしいことがあるんです」
智志は未希の横に座り....。未希と智志が家族の前で、
「私たち、結婚したいんです」
「僕が2年経って、18になったら結婚させてください」
あまりにも突然のことで、家族はどうしていいかわからない。忠彦が未希にこう言った。
「突然、何言ってるんだよ。子供を産むことは許したが、交際は認めたわけじゃない。2人がこの子の親ってことは事実だ。でも、君のお母さんは、子供に会う気もないんだぞ?」
「はい。だから2人で話そうと思いました」と智志。
「みんな反対するのはわかってる。でも、やっぱり2人でそらちゃんを育てたいの!」と未希。
「子供を育てるってのは、ままごとじゃないんだぞ?法律的には結婚できても、未成年でどうやって子供を養っていくんだ!」
「僕、明日から働くんです!」と智志。
「私も、中学出て、そらちゃんを保育園に預けられるようになったら、働くつもり。それでお金....貯める」
「勘違いしないの。早くから働くからって偉いってことじゃないの。そらちゃんのためにも、勉強できるときに勉強しなきゃ後悔するよ?それでもいいの?」と加奈子。
「今は、働いて結婚することよりも、それぞれが高校や大学に行くことを考えなさい。こういうことになったから、余計に学校を出るべきなんだ!」
「子供が大きくなって、落ち着いたら、学校へ行くことも考えたいと思う」と未希。
「そんな悠長なこと言ってたら、5年6年なんてあっという間に過ぎていく。考え直せ」
「5年経ったって、私まだ19だよ?キリちゃんもまだ20歳なの。充分やり直せると思う」
「人と順番が違うけど、違うのは順番だけです。どうか、お願いします!」
未希と智志が深々と頭を下げた。それを見て、大人たちは黙りこんでしまった。すると静香が....。
「帰るわよ智志、ばかばかしい。続くわけないわよ。2年もありゃ考えも変わるって」
「変わりません!」
未希がまっすぐ静香を見つめながら反論した。
「最初から変わるって思う人なんていないわよ」
未希が首を横に振る。すると静香が声を荒げて....。
「アンタ、偉そうに子供を育てるって言ってるけど、実際に赤ん坊抱えて外を歩いてみな。近所の人が「可愛いね」とか言ってくれると思ってんの?なんだかんだでハッピーエンドになると思ってんの?バカじゃないの?私は、散々味わってきたの、世間の冷たい視線とか。アンタもそんなのにさらされてる内にね、結婚どころじゃなくなるの。ふざけんじゃないわよ!」
「そらは誰にも望まれなかった子です。私も、キリちゃんも、家族も、学校も。でも、娘は小さいけど必死に生きようとしてます!そらは教えてくれました、両親がどれだけ私を大事に思ってくれるのかを、学校や友達がどんなに大事か、それからキリちゃんのことをどれだけ好きか!お願いします!」
再度、未希は頭を下げた。智志もそれを見て、一緒に頭を下げた。
「....勝手にしな。でも、私は認めないからね。だから、子供にも会わない。悔しかったら、本気で私におめでとうって言わせるくらい立派な娘に育てることね!」
「はい、いつかあなたに抱っこしてもらえるように頑張ります!」
「フン、懲りない女ね」
静香は薄ら笑いを浮かべながら、家を出ていった。
1か月後、そらちゃんが退院するということで、未希は準備を整えていた。それを近所の主婦たちは冷ややかな目で見ていたが、未希は目をそらそうとはしなかった。
すると、一人の女の子が訪ねてきた。
「あっ、柳沢さん!」
「久しぶりね。なんでコイツが来たんだって思ってるでしょ?」
「え....、いや....あの....う、うん」
「学校は決まったの?」
「うん。まだ....」
「相変わらずバカなのね」
「....かもね」未希が笑いを浮かべた。
「そんなに子供、可愛いんだ?」
「可愛いなんて思う余裕なんて、まだないよ。でも、すごく大事。それはホント」
「ふぅん。じゃあまだ死ねないね」
「うん?」
「私、1回死んだんだ。アンタたちがウワサしてた通り、大学生と付き合って、親に別れさせられて、もうナシにしようと思った。学校には戻ったけど、いつも親の言いなりで、公立に転校させてくれって言ってたの。でも、もうそんなこと言うのやめたよ。アンタを見てるとさ、私って何もかも親のせいにして生きてんだって思ったんだ」
「....そうなんだ」
「でも、誤解しないでね。アンタが頑張ったのは認めるけど、出産したのはバカだと思ってるから」
そう言い、柳沢さんは立ち去ろうとする。未希が、
「え?もう行くの?」と聞くと、
「うん。だってアンタのことが嫌いなのは変わらないからね。じゃ」
柳沢さんは笑顔でそう答えて、帰っていった。
そして、未希は加奈子と車で病院へ。そらちゃんがいよいよ退院する。
「退院、おめでとうございます!」
土田が未希にそらちゃんを抱かせてあげた。
「うわ....壊れそう」
「今日から練習じゃないから、しっかり抱っこしてあげてよ」
「はい」
「今の体重は2580グラム。一般的な赤ちゃんより、ちょっと小さいけど、普通の赤ちゃんと同じような生活をさせてあげてもいいからね」
「2580グラム....」
「大きくなったね。でも、今は軽々と抱っこできるけど、そのうち手が折れそうなくらい重くなるからな」
「今でも....充分重いですよ....」
「なら大丈夫だ。みんなの愛情が詰まってる証拠だ」
「はい、それと....」
「うん?」
「きっと、未来の希望も詰まってる。ね、お母さん?」
未希は加奈子を見つめた。加奈子は感情を抑えきれず号泣してしまった。
「やだ、お母さんが泣いちゃダメだよ」
「今日ぐらいは、泣かせてあげて。な?」
未希はそらちゃんを加奈子に見せるように抱いた。
その頃、智志は運送業者で、上司に厳しい口調で「早くしろ」「日が暮れるだろ!」などと怒鳴られながらも必死に働いており、静香は保険のセールスとして、飛び込み営業を懸命にこなしていた。それを見かけた秘書は、
「ご苦労様です」と頭を下げた。
病院からの帰り道、そらちゃんが泣き出した。未希があやしてもなかなか泣き止まない。とりあえずベンチに座り、加奈子と2人であやしてみるもやはり泣き止まない。
「赤ん坊は泣くのも仕事だからな」
そんな2人の背後から、波多野がやってきた。
「あっ、あの時はありがとうございました!」と未希。
「取材の謝礼。受け取ってくれ」
波多野はカバンからガラガラを出し、未希に渡した。
未希がそらちゃんにガラガラを振ってあげると、そらちゃんが泣き止み、眠りだした。
「君とあいつと、この子の話を書き続けるから、だから何があっても絶対に終わらせちゃダメだぞ。なるべく、面白い話にしてくれよ。な?」
波多野は笑みを浮かべながら、去っていった。
-未希、母になって見る、空の色はどうですか?-
-綺麗だよ、お母さん。空のせいかもしれないけど、今日は特別綺麗。明日はどうかわかんないけど-
-明日はあなたの15歳の誕生日。長かったような、短かったような嵐のような1年間だったわね。去年の誕生日には、こんな日が来るなんて思いもしなかった-
-ごめんね、お母さん。でも、私にとっては、大事な14歳だったよ。つらいことも苦しいこともいっぱいあったし、何もかも失くしたって思ったけど、今、ここに、そらちゃんがいるんだもん-
-未希、いつか、そらちゃんに言えるといいわね。何も失ってなんかいない。あなたは、むしろたくさんのものをくれましたって-
-奇跡なんだね、お母さん。そらちゃんが生まれたことも、私がお母さんのもとに生まれたことも。何万分、ううん、70億分の1の奇跡。命って、奇跡なんだね-
-明日からは戦争よ。だから1日早いけど、今言っておくわね。15歳の誕生日、おめでとう-
-ありがとう。ありがとね、お母さん-
(参考・どらまのーと)